《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第十五話 予言の勇者⑤

僕が教室の扉を開けたのは、それから三十分後のことになる。

扉を開けたその中には、ルーシーとメアリーが大きな荷を持って席に座っていた。

「おはよう」

僕はただ、その一言だけを告げて、いつも通り席に腰かける。

「おはよう、フル」

「フル、おはよう」

二人はそれぞれ僕に挨拶をかける。三十分も待ったことについて何も言わなかった。

「……」

そして、沈黙が教室を包み込んだ。

誰も話したがらないし、どことなく暗い雰囲気だ。やはりみんな、怖いのだ。誰もかれも、怖い。この先どうなってしまうのか、ということについて――考えるのは當然のことだろう。

「おはようございます」

サリー先生が教室にってきたのはそれから五分後のことだった。

僕たちはいつものように挨拶を先生にする。

サリー先生もまたいつものように教壇に立つと、僕たちを見渡して頷く。

「どうやら全員集まっているようね。それじゃあ、今後の予定を話すわね」

そう言って、紙を広げるサリー先生。

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その紙を見ながらサリー先生は話を続ける。

「リーガル城があるハイダルク本土へ向かうには、やはり船となります。本來であれば転送魔法を使ってもよかったのですが、正直なところ私の力では港までが限界です。ヤタクミは知らないかもしれませんが、港からは本土への定期船が出ています。本土まではそれを利用し、そのあとは陸路となります。まあ、そう遠くは無いでしょう。校長先生曰く、途中の町までは使いを出すと言っていましたので」

「使い、ですか」

それにしてもそんなことをできる、校長先生の古い友人とはいったい誰なのか。まさか、國王とかそれくらい高い地位の人間じゃないだろうね?

「解りましたか?」

サリー先生は一人一人の表を見つめながら、そう言った。

「はい」

やはりどこか表が暗い。仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。

「転送の魔法陣はすでに完してあります。まずはそこまでみなさんを案しますね」

そう言って、サリー先生は教室を出ていく。

僕たちは名殘惜しく、教室を後にした。

魔法陣は校庭に描かれていた。

が淡く滲み出ているそれは、どうやらもう魔法が発しかけているのだという。

「それでは、これに乗れば自的に――。あとは私の『鍵』によって発しますが」

そう聞いて、僕たちは魔法陣に乗る。

「サリー先生……」

僕はサリー先生に問いかける。

ほんとうに幸せになるのか、と。

ほんとうにこの先、平和な世界がやってくるのか、と。

言おうとしても、その質問が、その言葉が出てこない。

それを理解してくれたのか、サリー先生は頷く。

「大丈夫ですよ、フル・ヤタクミ。これが今生の別れになるわけではないのですから。すぐあなたたちが戻ることのできるようにしてあげます。ですから、そんな悲しそうな表をしないでください。いいですね?」

「は、はい!」

その言葉に、僕はとても勇気づけられた。

サリー先生の言葉は、そういう言葉の常套句を並べただけかもしれないけれど、それを聞いてなぜかとても安心した。

そしてそれを見て――サリー先生も察したのか、その最後の『鍵』を口にした。

目を瞑り、両手を合わせる。

そのポーズはどこか、神への祈りを捧げているような――そんなじにも見えた。

「我、命ずる。かの者が、無事に辿り著くことを――!」

そして、僕たちの視界は淡い緑に包まれた。

◇◇◇

船の上から見る海は、とても穏やかだった。

ゆっくりと小さくなっていく學院、そしてレキギ島を見て僕は小さく溜息を吐いた。

レキギ島とハイダルク本土を結ぶ定期船。僕たちはそれに乗って、ハイダルク本土の港町アリューシャへと向かっていた。

「船、乗ったこと無いんだよな。フルはあるかい?」

甲板に立って海を眺めていた僕に、ルーシーは問いかける。

「そうだね。僕がもともと居た世界では、船は世界中にあって、そしていろいろな航路があるからね。あとは空を飛ぶ船もあるよ」

「空を飛ぶ船、だって? そんなものがあるのか?」

ルーシーはを乗り出して僕に訊ねる。余程空を飛ぶ船のことが衝撃だったらしい。

「まあ、その名前は飛行機というのだけれど、あれは快適だよ。けれど、船よりも大きくて船よりも早く進む。だからとても素晴らしいものなんだよ」

「へえ、それは一度ぜひ乗ってみたいものだな」

そんな二人の會話が流れていく、ちょうどそんな時だった。

――唐突に、船が二つに割れた。

「……は?」

瞬間、僕は何が起きたのか理解できなかった。

そしてそれを部分的に理解できるようになったのはそれからしして――正確に言えば、海に落ちたタイミングでのことだった。

「がはっ!! ……な、何で急に船が!」

「解らないよ! ええと、メアリー! メアリーは無事か!」

「ここにいるわ!」

メアリーはルーシーの後ろに居た。ほかの乗客も船員も何とか泳いでいる。どうやら無事らしい。

「けれど、ここからどうすれば……!」

まさに絶絶命。

どうすればいいのか、すぐに冷靜な判斷が出來なかった。

逆にそれが命取りとなった。

目の前に出現したのは――その船を二つに割った元兇だった。

巨大な海の獣。

しかしその表は、人間に近い――人間そのものと言ってもよかった。

牙を出して、目を走らせ、僕たちを睨みつけている。

こんな獣が、この世界に居るのか。

そんな説明は、歴史の授業では無かったはずだぞ!

そうびたくても、今は無駄だし、もう遅い。

「……フル、ルーシー、潛って!!」

メアリーの言葉を聞いて、僕は言葉通りに潛る。

剎那、海を切り裂くエネルギー弾が撃ち放たれた。

その衝撃をモロに食らった僕は――気づけば視界が黒に染まっていた。

目を覚ますと、そこは砂浜だった。

白い砂浜、青い海。僕の居た世界だったら、素晴らしい風景の一つだろう。

けれど、今は絶的なそれとなっている。

僕はぎらつく太で目を覚ました。

がとても暑い。どうやらこの世界は、寒暖の差がとても激しいようだった。

「う、うーん……フル?」

メアリーが目を覚ました。どうやらメアリーも無事のようだった。ルーシーはまだ目を覚まさないので、待機することにした。

メアリーは起き上がると、砂だらけになっている服から砂を払った。……そもそも、水に濡れているうえで砂がついているので、その程度でとれるわけがないのだが。それを言ったとしても、きっと彼はそれをやめることは無いだろう。の子というのは、そういうものと案外相場が決まっているのだから。

ルーシーもそのあと目を覚まして、僕は二人の無事を確認した。無事、と言えば々仰々しい話になるけれど、まあ、それは表現の問題ということで。

そして、僕は、二人に問いかけるように――こう言った。

「――ここは、どこだ?」

その疑問は、なくとも今の狀況では最大といえるものに違いなかった。

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