《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第二十二話 妖の村⑦
「ですが……」
カーラは何処か嫌悪を抱いているような、そんな表をしていた。正確に言えばそれはただ困っていただけに見える。まあ、普通に考えれば致し方ないことかもしれない。
自分の妹が旅に出ると言うのだから。普通の神経を持っていれば、心配するのは當然のことだと言えるだろう。
しかし、それを制したのは町長だった。
「カーラ、言いたいことは解るが、し彼のことも考えてみてはどうかね?」
「しかし、町長!」
町長は首を橫に振った。
それを見て、彼は今ここに自分の味方がいないことを思い知ったのか、口を噤んだ。
「……君が心配することも解る。だが、それまでにしないか。君がずっと心配だと、ミシェラはずっと一人になりたくてもなることはできない。いや、言い方を変えよう。ミシェラは獨り立ちすることが出來ないよ」
「……そんな、いや、まさか……。町長、あなたまでいったい何を……」
「君の言う言葉と、私の言う言葉では相容れないこともあるかもしれない。はっきり言って、それは當然のことだ。人間は一人一人違った生き方をしていて、一人一人違った考えを持っているのだから」
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どうやら、町長は未だきちんとした考えを筋として持っているようだった。そしてそれは僕たちの考えにとっても、とても有難いことだった。
カーラは深い溜息を吐いて、ミシェラに問いかける。
「ミシェラ、あなたがどういう道を歩むかは解らないけれど……、そのことについて、何も後悔していないのよね?」
「なくとも、今は。そしてこの選択を永遠に後悔しないようにするのは、今からの努力次第になると思うよ」
「そう……」
ミシェラの決意はとても強いものだということ、それを彼は再認識して、大きく頷いた。
「うん。だったら、お姉ちゃん止めないよ。あなたの行きたい道に進みなさい。けれど、あなたの家族は、ここでいつまでも待っているから。そのことだけは忘れないでいて」
「……解った。ありがとう、姉さん」
「さて、話はまとまったようだな」
町長の話を聞いて、ミシェラとカーラは頷いた。
「カーラ、場所は知っているね? 家の前に馬車を置いているから、それを使ってエルフの住む里へと向かうのだ。場所は者に伝えてあるから、その通りに行けばいい」
「解りました」
カーラは頷き、頭を下げると、僕たちに向かいなおして、言った。
「それでは、向かいましょう。エルフたちの住む、隠れ里へ」
◇◇◇
どこかの場所。
暗い部屋に、一人の科學者が跪いていた。
その先に居るのは、一人の人間――いや、それを人間と言っていいのだろうか? 解らないが、どちらにせよそれが正しいかどうかも、もう科學者は解らなかった。
「して、報告をけようか」
聲を聴いて、科學者は首を垂れたまま話を続ける。
「はい。トライヤムチェン族の集落に向かったルイス・ディスコードですが、失敗に終わったようです。現に、予言の勇者はエルファスに辿り著いたものかと……」
「エルファス、ねえ……。あそこは確か妖の木があった場所よね?」
「ええ。ですが現狀エルフは住んでいません。エルフが住んでいない妖の村など、ただの村と変わりありませんよ」
「……ふうん。そう、あの子たち、あの場所に居るの。ということは、あの武も手にれられる可能があるわけね」
「いかがなさいますか?」
次に、違った男の聲が聞こえた。
その聲は科學者のそれと比べると明らかにい。まだ學生かそれに近い年齢の聲に聞こえた。
「……まだあなたが出る幕では無いでしょう。今は私にお任せください」
また別の聲が聞こえた。
「あなたもいいけれど……あなたは村のほうに向かってもらいましょうか。あそこには確か『手にれるべき』モノがあったと記憶しているし……。まあ、ほんとうは必要ないのだけれど、私以外の誰かが持っていると厄介なのよねー。あの苗木は」
つまらなそうに。
手にれた玩が自分の好みに合わなかったかのような、そんな子供のような表を浮かべているようにじられた。
しかし、科學者には顔が見えないから、それがほんとうにそういう表をしているのかどうかというのは解らないのだが。
しかし再び、明らかにつまらなそうな溜息を吐いて、それは言った。
「苗木の回収と、目撃者の抹消。その二つを目的として、出撃して頂戴。目標はエルファス。座標は……まあ、言わないでも解るわよね? 大きな木を目印にしていけば、そう長い距離では無いから」
「了解いたしました」
頭を下げて、聲が一つ消えた。
「それじゃ、僕は今回要らないってことか。あー、暇になるなあ。ねえねえ、もっと遣り甲斐のある仕事はくれないかなあ? さすがにここで演習ばかりやっていくのも飽き飽きするよ。ロマもそう言っているしさー」
「ならば、あなたにはもう一つの任務を授けましょうか。……うふふ、私に付いてきなさい」
「付いていって、どうするつもりさ? 護衛でもするつもり?」
科學者にとって高尚な地位に立っているそれと話すときは、敬語を外すことなどできやしない。
しかしながら、彼の前に立っている二人は対等な地位――というよりも、男がそれに対してフランクすぎる態度で話していた。それは男が敬語を嫌っている以上に、神的に未だ子供だと言えるところが多いからだった。
(だが、それが問題だ……)
神的に子供と言える――それは即ち、扱いづらいということを意味していた。
子供は大人以上に、に忠実に生きる。それは即ち、自分がやりたくなければたとえ上司からの命令でもやらないことが殆どだということだ。さすがに、彼の目の前に立っている男はそんな我儘を通すほどではないが、問題は、もう一つのほうだった。
「私はこれから暫し外出する。あれの研究を進めておくように。私が戻ってくるまでに、何らかの良い結果が得られることを、期待しているぞ」
そう言って、それは立ち上がると、気配を消した。
そして男もそれを追うように、姿を消した。
一人取り殘された科學者はようやく顔をあげると、自らの額にれた。額には汗がじんわりと滲んでいた。
それほどに、その存在は科學者にとって恐ろしい存在だった。何か間違った発言をしてしまえば、自分の命を消される。そういう存在だった。
「……早く、『あれ』を完させねば。あのお方の機嫌が、悪くなる前に」
そう言って踵を返すと、科學者は部屋を後にした。
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