《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第五十四話 シュラス錬金研究所⑦
「酷い言い様だね。……バルト・イルファ、君はいつも科學者のことを考えない。研究している人間にとってみればそれが一杯の果だということを、君も彼も考えないのだ」
その聲を聴いて、バルト・イルファは踵を返した。
そこにいたのは白髪頭の男だった。白を著て眼鏡をかけていたが、その様子はどこか落ち著いている様子に見える。しかしながら、その男の様子はどこか不思議と落ち著きのないようにも見えた。
「ドクター……。相変わらずあなたはまたこのような場所に居るのですか」
「別にいいではないのかい? ……きひひ、私としてはいつまでも研究の場に立っていられることはとても素晴らしいことだといえるけれどねえ」
そう言ってドクターとよばれた男は私に近づく。一歩、さらに一歩。最終的に小走りになった形で私の目の前に立った。
目の前にいる様子では、ドクターは小奇麗な男だった。こんなところにいなければそれなりに活躍できるのではないか――とは思ったけれど、それも彼の思って進んだ道の結果なのだろうか。
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ドクターは私の表を確認するように見つめると、頷いて笑みを浮かべる。
「……いつまで長々と見つめているつもりだ、ドクター。何か思うことでもあったか?」
「いひひ。いいや、何でもないよ。あのお方の子供を目の當たりにできるとは思いもしなかったからねえ。研究は続けていくものだ」
「當たり前だろう。……彼はピースだ。それでいてスペアでもある。王のをけ継ぐには必要な存在だ……。お前たち科學者は常々そう言っていただろう?」
「まあ、間違いではないさ」
ドクターはくい、と眼鏡を上げる仕草をして、
「けれどその認識のままでいくといつかダメージをけることになると思うよ? 殘念ながら、まだ當分王はあのままでいくだろう。結果はどうなるか解らないけれど、過程としては素晴らしいくらい順調に進んでいる。計畫はあとしで終わりを迎える。いや、正確には今から始まり……ということになるのかな。いずれにせよ楽しみであることには間違いない」
「別にそこまで言わなくてもいいだろう? ……さてと、話が過ぎた。これから僕は彼をある場所に連れて行かないといけないからね。これで失禮するよ」
バルト・イルファはそうして強引にドクターとの會話を打ち切って、私の手を取った。
ドクターは小さく舌打ちをして、
「強引に連れていくのは、の子に嫌われるよ? そう、例えば君の妹のような子にも……」
「妹のことは関係ないだろう? 君こそ、そんな適當なことを言って、僕に何かされる可能は考慮していなかったのか」
バルト・イルファとドクターは仲が悪いのだろうか。いや、こういう文句を言い合える仲は意外と悪いものではない、と聞いたことがあるし、そんなことはないのかも知れない。
ドクターはこれ以上何も言えないと思ったのか、諦めて手を振った。
けれど、その様子はまだ諦めていないようにも見える。どちらかといえば、そっちのほうが大きいかもしれない。……ドクター、要注意人にれておこう。
「それじゃ、向かうことにしようか」
踵を返し、バルト・イルファはそう言った。
いったい私をどこへ連れていくつもりなのだろう。
バルト・イルファに問いかけたかったが、そうすることもできなかった。
バルト・イルファと私の戦力差は圧倒的なものであるとすでに理解している。バイタスの街を彼一人で焼き盡くしたことからもはっきりしている。ならば、無礙に戦いを挑むようなことはしない。
おそらくフルとルーシー、それにレイナが私を探しているはずだ。しかし出來ることなら、彼らが來る前にここから出しておきたい。彼らがどういうルートを辿るのか、そもそもここはどこなのかすらはっきりとしていないけれど、できる限り報を盜んでおいてから出しておきたい。
そんなことを考えながら、私とバルト・イルファはまたひたすらと長い通路を歩いていた。
長い通路を抜けた向こうに広がっていたのは、いろいろな機械がある空間だった。機械はたくさんのガラスがついていて、その小さな箱には一つ一つ今まで通った場所がけて見えるようになっている。
「……その反応だと見たことがないようだね、これはモニターというものだ。そして、私たちが今捜査しているものはコンピュータ。これを使ってあれの維持とこの場所の管理をしている。まあ、実際のところこれほどの技は外部に流出なんてさせないから、別にこれを知ったところで何の意味も無いのだけれどね」
「あなたは……?」
「はじめまして、メアリー……で良かったかな? 私の名前はシュラス・アルモア。シュラス錬金研究所の所長であり、現在もこの『リバイバル・プロジェクト』の主任を務めている人間だ。これからきっと長い付き合いになるだろうから、よろしく頼むよ」
そう言ってシュラスは私に手を差しべた。
しかし私はそれに応えることなく――シュラスを睨み付ける。
シュラスはそれを見て舌打ちをするなり、私の脛を蹴り上げた。
「痛っ……!」
「お前は黙って話を聞いていればいい。いうことさえ聞いていればいいんだよ」
先ほどの丁寧な口調とは違うシュラスの言葉。きっとこちらのほうが普段の口調なのだろう。シュラスは私を蔑むように見下ろした。
バルト・イルファは私を見つめることなく、シュラスのほうをただ見つめていた。仲介することも話をすることもなく、ただ傍観していた。
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