《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第七十八話 決戦、エノシアスタ⑥
そして。
バルト・イルファは空を眺めていた。彼自空を飛ぶことが出來ないため、翼が生えているメタモルフォーズの背中に乗っている形になるのだが。
そこに見えたのは、エノシアスタの中心部にある要塞のような建だった。そこはかつてスノーフォグ國軍の所有だったが、國の財政悪化に伴い民営団に売卻。しかしながらその広大な敷地のうち、塔のような建になっている部分は老朽化が進み、結果として改修する資金もなくそのまま廃墟のような形で殘されていた。
「それがまさか、テロリストの本拠地になるとはね……」
「お兄様、これからいったいどうなさるおつもりですか?」
そう言ったのは、バルト・イルファにしっかりしがみついて離れない、白いワンピースのだった。髪はパステルブルー、背中まで屆く艶やかで長いものであった。
バルト・イルファは彼の言葉を聞いて、彼のほうに目線を向けた。
「そうだね……。リュージュ様から言われた言葉の通り実行するならば、メタモルフォーズの侵攻と偽ってこの町もろとも灰燼に帰す、かな」
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「それでは、この町を壊す、ということなのですね? なんと恐ろしい……」
そう言って彼は目を細める。
しかし、バルト・イルファは表を変えることなく、そのまま彼に語り掛けた。
「何を言っているんだい、ロマ。そんなこと一回も思ったことが無いくせに」
それを聞いて、彼――ロマは表をもとに戻し、さらに笑みを浮かべた。
「さすがはお兄様。私のことを解っていましたのね?」
「そりゃあ、ロマは僕の妹だ。それくらい造作でもない」
「きゃーっ! さすがはお兄様!」
そう言ってロマはさらにバルト・イルファへと抱き著いていく。
バルト・イルファはそれについて気にすることなく、再び空を見上げた。
そしてぽつりと、一言呟いた。
「――時は、満ちた」
◇◇◇
対して、建のアドハムは冷や汗をかいていた。
「メタモルフォーズがこのタイミングで大量にやってくる……。それはつまり、我々のことをこの町もろとも殲滅するという算段なのだろう。リュージュらしいといえばらしいが」
「大佐! どうなさいますか!」
「我々はすぐにでも戦う準備は出來ております。大佐、ご決斷を!」
アドハムの前には、すでに武を裝備している兵士たちが立っていた。
見る限り、アドハムの命令さえあればいつにでも戦う態勢を整えることは可能ということだった。
しかし、アドハムは長考していた。
いかにしてあのメタモルフォーズを捌き切ることが出來るのか、ということについて。
いや、正確に言えばメタモルフォーズだけならば人間の手のみで倒すことは可能だった。
しかし問題は一緒に來ているであろうイルファ兄妹だった。
バルト・イルファについては言わずもがな、問題は妹であるロマ・イルファ。
名前についてはそれしか知らない。アドハムほどの地位があっても、彼の力については一切知らないのだ。
理由としては、『調整中だったから』の一言で解決してしまうらしいのだが、しかしそれがずっと続いていたため、彼が戦力として數えられることは殆ど無かった。
だからこそ、アドハムにとってそこがネックだった。
もしバルト・イルファ以上の戦力となっているのだったら?
以上ではなかったとしても、それに比肩する戦力だったら?
メタモルフォーズ戦で疲弊したのちのイルファ兄妹との戦闘のことを考えると、そう簡単に出撃を命令することが出來なかった。
しかし、そう彼が考える間にも、メタモルフォーズの攻撃はこの拠點に向けられている。
つまりもう、手詰まりだった。
バッドエンド。
チェックメイト。
あるいは王手。
どう解釈を変えたとしても、その結論が変わることは無い。
「……だからといって、逃げるわけにはいかない、か」
仮にここで撤退したとしても。
リュージュがそれを許してくれるとは到底思えなかった。
だから、彼は。
漸く決意する。
立ち上がり、彼は兵士に告げた。
「……諸君。我々は今、窮地に立たされている。外を見てもらえれば解るように、空のバケモノが我々の城を破壊しようとしているのだ。だが、だからといって、それを許すわけにはいかない。あの空のバケモノに我々の城を破壊されるわけにはいかない。彼らに彼らの矜持があるというのなら、我々にも我々の矜持がある、ということだ。そして、それがどういう意味を為すか? この戦いは、我々の矜持と彼らの矜持、そのぶつかり合いだ。どちらが強くて、どちらが弱いか。それを簡単に決めることが出來る」
そこで。
一旦言葉を區切り、全員を見遣った。
再び、話を続ける。
「かつて人間は二千年以上も昔からあのバケモノに悩まされ続けてきた。しかしながら、それよりも昔は人間だけの楽園だった。なぜだ? 人間のほうがずっと昔から住み続けてきた。にもかかわらず人間はなぜあのバケモノにげられなくてはならない? 圧倒的な力を持っているからか? 圧倒的なを持っているからか?」
首を橫に振り、アドハムは目を見開いた。
「いいや、違う。あのに畏怖を抱いているからだ。明らかに『異形』としか言いようがないあの。あれを見るだけで悍ましいと思う気持ちがあるからだ。そうして人々は逃げるしかなかった。倒せる手段は充分に存在するのに!」
剣を抜き、それを高く掲げる。
自然、兵士の目線も上に上がる。
「諸君、この戦いに勝つぞ。そして、我々が、この世界のトップに立っているのだということを、もう一度あのバケモノに思い知らせてやるのだ!」
それを聞いた兵士も雄びを上げ、アドハムの言葉に同意した。
そうして、一つの小さな戦爭が、幕を開けた。
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