私を庇うように、ゴブリン達が獰猛な大牙獣達と対峙している。

エルフ族にとって、いや他のどの種族にとっても、害悪でしかない野蠻で低脳な種族――ゴブリン。

この種族が “他種族を助ける” という話は、一度も聞いたことがない。

ましてや命を賭けて救おうとするなど……

私は目の前の景をけ止められず、ただただその行く末を見つめることしかできなかった。

――――奴等を初めて見たのは、丁度今から2日前。

里の近くに、莫大な魔力マナの放流をじたことがきっかけだった。

里での話し合いの結果、里の中でも隠行に秀でた私が、原因の調査へと向かうことになった。

私はダークエルフだ。

ダークエルフは、基本的に隠能力に長けている。

私が選ばれたのも當然の結果だろう。

不満はない。

あの里には、まともな戦闘を行える者の方がないのだから。

私の住むこの隠れ里の住民は、逃亡奴隷が大半を占める。

人間やエルフ、ダークエルフや貓耳族等の亜人種が、種族関係なく協力して暮らす小さな集落だ。

普段であれば考えられない狀況だが、同じ寄りのない、ましてや帰る場所もない逃亡奴隷という立場が、私達の繋がりを強くしていた。

協力しなければ生きていけないのだ。

だが、そんな境遇の私ですら、目の前の景を直ぐにけれることはできなかった。

（ゴブリンと人間が…… 共存？）

初めは、ゴブリンに人間が連れられているのかと思った。

だが、鎖にも繋がれていないし、第一人間の方が格も良く、強そうに見える。

戦士職ファイター、いや、武道家モンクか何かだろうか？

防を一切付けていない。

薄手の服裝で森の中を歩いている。

いや、武道家モンクだとしても、この危険な森に、一切の防を付けずに立ちるバカはいない。

いたとすれば、それは私達のような逃亡奴隷か何かだろう。

そうでなければ、こんな猛獣の蔓延る危険な森の中で、防どころか武すら持たずに、更に言えば全くの無警戒で森深くまで立ちるとは考えられない。

しかし、それにしてはおかしい點がいくつかある。

著ている服が綺麗過ぎるのだ。

いや、鍛えているであろう丸太のような二の腕も、傷一つなくとても綺麗だ。

どんな凄腕の戦士でも武道家モンクでも、に傷一つなく鍛え上げた男を、私は未だかつて見たことがない。

それだけ目の前を歩く男が異質で、違和があった。

（なんなんだあいつは……）

尾行を続けて間も無く、私の不安は現実となった。

その男は、巖に擬態していた兇暴な巖陸亀に噛み付かれたのだ。

男が巖陸亀に噛み付かれた瞬間、私は男の死を確信した。

男のが亀の顎に砕かれ、くの字に折れ曲がり、皮は千切れて、が飛び散る景を瞬時に想像した。

異質な男は死んだと。

しかし、現実はそうはならなかった。

男は亀に噛み付かれて驚いたようだったが、次の瞬間には、亀に噛み付かれながらも、亀の口を両手でこじ開けようとしていた。

無理だと思った。

格が倍以上ある巖陸亀の顎の力に、人が対抗できる訳がないと。

しかし、意外にも亀の方が焦っているように見えた。

亀の口が男のを嚙み砕くことはなく、私には男の力と亀の顎の力が拮抗しているようにも思えた。

（あ、ありえない……）

次の瞬間、亀は男のを咥えたまま左右に振り回し、勢いをつけてそのまま地面へと叩きつけた。

「うがぁっ！？ い、痛ってぇえ！」

男が悲鳴をあげた。

それを聞いて私は唖然とした。

（痛い？ それだけなのか？）

普通の人間なら首の骨が折れてもよい勢いと、頭部だけとはいえ巖陸亀の重がのった叩きつけをけていたのに、痛いって…… 本當にそれだけなのか？

（そんなバカなことがあるのか？）

男は怒ったのか、何やら右手を亀の眼へと差し向け――

「ショックボルト！」

と、んだ。

男が何か唱えた瞬間、男の右手に一瞬桜の閃が走り、バリバリバリィイッッ！！という轟音とともに、紫電が亀の眼に向けて走ったのが見えた。

紫電は亀全に広がり、亀は全を直させた。

私は一瞬夢を見ているのかと錯覚した。

しかし、次の瞬間、更なる現実逃避を余儀無くされる。

「ショックボルトォオオ！！」

男が再度呪文を唱え、巖陸亀はその巨を地面へと沈めたのだ。

今度ははっきりと聞き取れた。

男が何と唱えたのかを。

そんな馬鹿なと…… 私はそう思った。

目の前で見た景を否定した。

奴が唱えた呪文は、今は伝記でしか殘っていない古えの呪文の一つ「ショックボルト」だったからだ。

大昔、まだマジックイーターと呼ばれる伝説上の大魔法使い達がこの世を支配していた頃、その魔法使い達が、好んで使っていたとされる攻撃魔法の一つであると何かの伝記で読んだことがある。

しかし、マジックイーターが存在したのは數百年前の話だ。

では、目の前にいるこの男はなんだ？

私が混していると、この男がマジックイーターだと決定付けるような出來事が起こった。

亀から魔力マナの粒子が舞い上がり、男のへと吸い込まれたのだ。

そしてはっきりとこの眼で確認した。

男のに、伝記で見たものと同じ、マジックイーターの紋章が刻まれていることを。

私はそれを見るや否や、逃げるようにその場から立ち去った。

――恐怖、不安、焦り。

々なが蠢いたが、とにかくとんでもないものが現れたということしか分からなかった。

いや、理解の範囲を超えていたあまり、思考が混して整理できなかった。

暗殺者として殺しの日々を過ごしてきたが、今回生まれて初めて得の知れない恐怖をじた。

（は、早くこのことをネルに伝えなければ……）

その一心で、私はその場から逃げ出したのだった。