《【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜》300 - 「黃金のガチョウのダンジョン14―菫の守護者」

「また新しいのが出てきたな」

の空に突如現れた一のモンスター。

悠々と広げられた一対の大翼に、水晶を全に生やしたかのようなごつごつとした鱗。

鋭い牙と角をもつ外見は、空の支配者であるドラゴンのようにも見える。

遠方ゆえ、その大きさを正確に測ることはできないが、なくとも、眠りの森のダンジョンで遭遇したドラゴン――闇を育むものデザストルに匹敵するくらいには大きい。

空のと同じく全的に菫だが、太く長い尾は、先端にいくにつれてドズ黒く変しており、その尾の先端には鋭利な刃のような突起が無數にびていた。

人のように腕を組みつつ、ゆっくりと下降しながら冷靜に地上を見下ろしている姿は、どこか気品すらじられる。

「あれが何か分かるか?」

マサトがアシダカに尋ねると、アシダカは首を橫に振った。

「いえ……初めて見るモンスターです」

「チョウジは?」

「あんな奴見たことないッスね。なくとも、報告されている階層守護者には存在しない新顔スよ、あれ」

アシダカとチョウジが知らないとなれば、他のメンバーも知らないだろう。

となれば、答えは絞られる。

「狀況的に、あれが親玉ってところか」

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マサトが空に浮かぶモンスターを観察していると、頭の中に直接聲が響いた。

悲壯はあるものの、すらじられる優しい聲だ。

『……もうしだけ、私たち・・・に時間をください』

(なんだ……? の聲……?)

マサトは一瞬混した。

頭に響いた聲が、上空にいるモンスターとの見た目と大きくギャップがあったからだ。

マサトだけでなく、他の者たちも同様に混している様子だった。

チョウジがマサトに聞く。

「これ、頭の中に直接の聲が響いてるんスけど、自分だけじゃないッスよね?」

「ああ、俺にも聞こえてる」

「ふぅー、自分だけ幻聴が聞こえたのかと思って焦ったッスよ。けど、一どこから……」

顔をしかめたチョウジが周囲を見回す。

腐敗の運び手ロット・ライダーの荒くれ者たちも聲の主を探している様子だったが、ヴィリングハウゼン組合の軍人たちは空に現れたモンスターに集中していた。

チョウジが再び口を開く。

「まさかあのモンスターッスか? 見た目はゴツいのに、えらくかわいい聲してるんスね……」

そう話したものの、顔はどこか納得していない様子だ。

そしてそれはマサトも同じだった。

(……本當にあのモンスターが発したのか?)

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マサトが違和の原因を探っていると、突然タコスが大聲を発した。

「時間は十分過ぎるほどあったであろう! これ以上、何を待てと言うのか!!」

先程の腰のらかいタコスが発したとは思えないような怒聲に、突然のの聲によって緩みかけていた場のが元に戻る。

すると、再び頭の中にの聲が響いた。

『……このグリムの話世界グリム・ワールドから出ていくために、もうしだけ時間が必要なんです』

「ほぅ? ここから出ていく準備ですと?」

『はい』

「では、その條件をのむ代わりに、こちらの條件ものんでもらいますぞ!」

『……條件?』

空に向かって大聲で話すタコスと、頭の中に直接響いてくるの聲。

恐らく、この場にいる全員が聞いているであろう會話に、マサト自も聞きらさないように耳を傾ける。

この後、タコスが重要な発言をする気がしたからだ。

「お主が持っている多元宇宙マルチバース級の魔導アーティファクト、幸運の四ツ葉ラッキー・クローバーシリーズの1つ――菫の四ツ葉ヴァイオレット・クローバーを渡しなさい」

(幸運の四ツ葉ラッキー・クローバーッ!?)

タコスの言葉に、そのの価値を知っていたマサトが驚愕する。

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幸運の四ツ葉ラッキー・クローバーとは、MEにおける多元宇宙マルチバースにおいて唯一無二の存在で、あらゆる魔導アーティファクトの中で最高峰の力を持つとされる幸運の四ツ葉ラッキー・クローバーシリーズの総稱だ。

ME黎明期に登場した計7の幸運の四ツ葉ラッキー・クローバーは、その圧倒的な強さから通稱ラッキー7と呼ばれ、1枚で數千萬の値がつくほど貴重なカードでもある。

手した者にとっては、まさしく幸運を運ぶクローバーになるというわけだ。

今回話にあがった菫の四ツ葉ヴァイオレット・クローバーは、ラッキー7カードのうちの1――菫に屬するカードのことだろう。

(確か、MEの世界観設定では、幸運の四ツ葉ラッキー・クローバーは、數々の次元戦爭を引き起こす元兇になった究極の寶であり、神出鬼沒の魔導アーティファクトだったはずだが……本當にそんなものがここにあるのか……?)

誰もがしがる魅的な寶は、それだけで災いの種になる。

ラッキー7とは名ばかりで、その世界に生きる者たちにとっては厄介極まりない代だろう。

だが、それを手中に収めることができれば、今後の戦いに大いに役立つのは間違いない。

(ラッキー7、菫の四ツ葉ヴァイオレット・クローバーか……どんな能力かまでは覚えてないが、幸運の四ツ葉ラッキー・クローバーは、そのに纏わる固有の能力をもっていたはず。菫は赤と青の混だから、火力と作系あたりだと思うが……)

正確には、赤と青、それに更に四ツ葉の設定である緑を加えた3だ。

(どちらにせよ、そんなものを持ってる相手に無策で挑むところだったのか……)

相手がラッキー7持ちであれば、それは守護獣だとかボスモンスターという枠組みから大きく外れてくる。

例えるなら、相手の裏をかいた方が勝ちを摑むような戦い――対プレイヤー戦に近くなるだろう。

強力なカードは、それだけで盤面をひっくり返す力をもつからだ。

(せめて、どんな能力かだけでも分かれば……)

タコスの提案に対するの返答は、やや時間がかかった。

だけに、本當に所持しているのであれば、素直に提案をのむとは考えにくい。

であれば、しらを切るか、拒絶するかだろうが、どちらにせよ相手の言葉を鵜呑みにできるような狀況でもないため、開戦は時間の問題だろう。

そうマサトが考えを巡らせていると、再びの聲が響いた。

『……それは、できません』

それは、落膽したような、何かを諦めたじのする聲だった。

(だろうな……)

マサトもその回答に納得し、これから激しい戦闘になるだろうと警戒を強める。

「では、渉決裂ということですかな?」

タコスのその発言を合図に、軍人たちがき始める。

だが、意外にもの聲は別の方法を探ろうとしていた。

『それ以外のことであれば……』

その提案は立しないだろうとマサトは思った。

ラッキー7の代わりになるとなれば、それこそ別のラッキー7しか釣り合わないからだ。

當然のように、タコスがその提案を突っぱねる。

「その幸運の四ツ葉ラッキー・クローバーは、このグリムの話世界グリム・ワールドで生まれたもの。それは即ち、グリムの話世界グリム・ワールドの世界主ワールド・ロードである方々の所有ということですぞ? この世界を間借りするだけなら、溫で見逃されることもあったでしょう。ですが、多元宇宙マルチバース級の寶を持ち逃げされたと悪評が広がれば、この世界が他の世界主ワールド・ロードたちから狙われることもあり得るのですぞ?」

場に沈黙が流れる。

の返事はすぐには返ってこなかったが、上空に浮かぶモンスターにはきがあった。

のあたりで組んでいた腕を下ろしたのだ。

「あれは……」

マサトが目を凝らす。

腕を下ろしたことで顕になったモンスターの部に、の上半のようなものが見えたからだ。

白で、菫の長い髪のは、モンスターの腹部のあたりから上半だけ生えていた。

には何もにつけていない。

ただ、祈るように両手を結び、その先に菫に輝く何かを握っているのが見えた。

モンスターの部は空で、通常時は部の中にっているのだろうか。

今は、部からを乗り出した狀態になっているが、の両脇には、モンスターの肋骨のような突起が、を守るように複數突き出ていた。

(あのが聲の主か……?)

先程まで眼を瞑っていたの瞳が僅かに開く。

の瞳が覗き、マサトはその瞳が何故か自分のことを見ているような覚になった。

(こっちを見ている……? 勘違いか?)

の聲が響く。

『それでも、この四ツ葉を渡すことはできません』

の消えたの聲を聞いた瞬間、マサトは鳥が立つほどの悪寒をじ、皆に警戒を促そうとする。

だが、口を開こうとした剎那、まるで畫面が切り替わったように、目の前の景が変貌した。

いつの間にか、一面が轟々と燃え盛る赤い炎で埋め盡くされていたのだ。

「なっ!?」

(皆は!?)

焦ったマサトが周囲に目を向けるも、こちらは全員無事だった。

(良かった……だが……)

視線を前に戻す。

炎の渦に包まれているのは、腐敗の運び手ロット・ライダーとヴィリングハウゼン組合の者たちがいた場所だ。

「な、なんで目の前が火の海になってんスか……」

「と、父ちゃん、なにが起きたの!?」

チョウジとヴァートが揺する中、アシダカが炎の中を指さしてんだ。

「マサト様! あれを!」

それは、円形ののドームに守られたタコスたちだった。

(あの一瞬で防魔法を……? いや、魔導アーティファクトか?)

だが、守るだけであればジリ貧だ。

すると、目が眩むほどの強いが放たれ、周囲の炎を一瞬でかき消した。

「ヒュー、やるッスね。あのおっさんたち。自分なら確実に一回丸焼きだったッスよ。やっぱヴィリングハウゼンは伊達じゃないってことッスかね」

チョウジが軽いじで稱賛を口にしながら聞いてくる。

「旦那どうスか? ぶっちゃけ、あのクラス相手でも余裕ッスか?」

「そういうお前はどうなんだ? 余裕そうだが」

「え? 自分スか? さすがにあれが相手だと無理ッスね。知覚できない攻撃を仕掛けてくる時點で抵抗できねッス」

軽いじで白旗をあげる。

それが本心かどうかまでは読めない。

「で、旦那はどうなんスか? それによっては、この戦のうちらのスタンスが変わるんスよね?」

勝てなさそうな相手なら撤退を選択肢にれろと言いたいのだろう。

このフロアに撤退の選択肢が存在するのであれば、だが。

(目の前が一瞬で炎で焼かれたのは驚いたが、まだ相手の力量を図るには報がないな……)

チョウジの質問は適當に流すだけでも良かったが、マサトは真面目に現狀を分析して答えた。

なくとも、あの炎程度なら不意打ちされたところで、何の問題もない」

「マジスか。一瞬の出來事だったッスけど、結構な火力で燃え盛ってたッスよ? それをあの程度って」

「ただ、それは俺に限った話だ。ヴィリングハウゼン組合がやってみせたように、あの一瞬で、仲間全員を守ることはできなかった」

「そ、そッスか」

マサトは、火の加護と炎の翼ウィングス・オブ・フレイムのおで、炎に対する強い耐を得ているため、強力な火系の攻撃であっても即死することはほぼないだろう。

そうでなくても、マサトには魔力喰らいマジックイーターとしての圧倒的な生命力の高さがある。

その生命力の高さにより、を斬らせて骨を斷つ戦も可能になるのだ。

だが、その強さに頼った結果、今のマサトには、仲間全員を守るがないに等しいくらいに手段が乏しかった。

(今回ばかりは、タコスに先陣を譲って正解だった……)

マサトが頭を軽く橫に振る。

息子であるヴァートが炎で焼かれるシーンを想像したのだ。

(もっと臨機応変に対処するための、いや、常に安定して勝ち続けるための事前準備か……)

マサトの脳裏に『勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む』という孫子の言葉が過ぎる。

優れて強い兵は、まずは勝てる狀況を作ってから戦いに挑み、戦いに敗ける兵は戦い始めてからどうするか考えているという意味だ。

(タコスらヴィリングハウゼン組合は、ラッキー7所持者がいると分かってここに來た。戦闘の準備も十分にしてきたはずだ)

場には、ロンサム・ジョージの悲鳴にも似た咆哮が轟いている。

耳障りなそれは、補助魔法バフ解除や詠唱妨害効果のある咆哮だ。

その中での攻防となれば、當然、優秀な魔導アーティファクトを所持していた方が有利となるのは間違いない。

(あれも魔導アーティファクトか……)

マサトが目の前の景に唸る。

のドームと炎の渦が消えたその場所には、黃に青の裝飾が施された全甲冑にを包んだ者たちが陣形を組んでいた。

いつの間に裝備したのか、タコスや隊長格のメンバーも全員甲冑姿になっている。

タコスの怒聲が響く。

「不意打ちとは卑怯千萬ッ! その決斷、高くつきますぞッ! 総員、攻撃ぃいいいいッ!!」

次の瞬間、場に黃の殘像だけを殘し、全甲冑にを包んだ者たちが一斉に跳躍していた。

――――

▼おまけ

【SR】 ルードヴィッヒのの鎧、(6)、「アーティファクト ― 裝備品」、[裝備補正+1/+5] [時魔法干渉] [ダメージ軽減Lv2] [青魔法耐Lv2] [(青):一時高速飛行] [裝備條件:の紋章持ち、またはその眷屬、ヴィリングハウゼン組合員] [裝備コスト(0)] [耐久Lv5]

「最高蕓卿であるルードヴィッヒが、時の魔師ラーセンの介を阻止するために作ったとされる鎧。グリムの話世界グリム・ワールドを守るために作り出された守護騎士のでもある――グリム恩恵品大全、第二百十一」

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2022年もよろしくお願いいたします。

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