黃金のガチョウのダンジョン６階に、突如出現した上級悪魔ハイ・デーモンと中級悪魔ミドル・デーモンに、下級悪魔ロワー・デーモンの群れ。

討伐ランクＡを超える大型モンスターの出現に、６階で狩りをしていた低ランク冒険者たちは慌てふためき、５階にある城壁の中へと一目散に逃げ込んだ。

「た、大変だ！！」

必死の形相で駆け込んできた冒険者たちに、門番をしていた警備兵らは何事かと構える。

「どうした？　問題か？」

「し、下の階に突然悪魔デーモンの群れがっ！！」

「ほ、本當だ！　噓だと思うなら偵察を送ってくれ！！」

「門を閉めて！　早く！！」

「あれがもし上まで上がってきたらここもやばいって！　あたしたちだけでもここを出ようよ！！」

平時であれば、酔っ払った冒険者たちの戯言だと真にけない警備兵も、今回ばかりは狀況が違った。

予兆と思えるような異変が起きていたからだ。

「灑落にならねぇぞおい……ただでさえ、外が天変地異だのと騒がしいってのに、今度は悪魔デーモンだと？」

「まさか、さっきのあの地震と関係があるんじゃ……お、俺、警備長に伝えてくる」

「ああ、頼んだ」

警備兵のひとりが詰所へと向かう。

すると、冒険者たちも我先にと逃げるように街の中へ走っていった。

城門に殘された警備兵が、ため息を吐きながら６階へと続く口に視線を向け、不安を口にする。

「ダンジョンの中ならしばらく安全かと思った矢先かよ……この先、イーディスはどうなっちまうんだ？」

◇◇◇

黃金のガチョウのダンジョン地下４階にある娼館『未亡人の娘』。

その娼館において、ごく一部の上客しかることを許されていない特別な一室にて、チョウジやマーティンらを除くマサト一行は、この娼館の將であり、黒崖クロガケの実姉でもある背赤セアカから、衝撃的な報告をけていた。

「……以上が、大旦那様が不在だった間に起きた外の出來事です」

背赤セアカからもたらされた報に、その場にいた全員が言葉を失う。

菫の小世界ヴァイオレット・ガーデンでは、時の進みが早くなると言われていた黃金のガチョウのダンジョンとは違い、逆に時の進みが遅くなっていたという事実。

それも數分の誤差ではなく、１時間が１日になるほどの差が存在していた。

ダンジョンの外の世界では既に數日が経過しており、その數日の間に、外の戦況が一変。

黒崖クロガケ率いる飛空艇スカイシップ部隊が敵と戦した結果、港都市コーカスは巨大な氷像へと姿を変え、コーカスを含むイーディス領から南の地域一帯が極寒の地と化してしまったという。

戦闘の余波は、港都市コーカスだけにおさまらず、その周辺の気候まで大きく影響を及ぼし、イーディス領では吹雪や嵐などの異常気象が続いているとのことだった。

（たった數日でそれだけのことが……いや、それよりも本當に黒崖クロガケたちは負けたのか？）

背赤セアカの報告を今一飲み込めずにいるマサト。

黒崖クロガケは飛空艇スカイシップの軍団だけでなく、過去にマサトが召喚したファージの大群も従えており、一國の軍隊相手でも対抗し得る力を保有していたはずで、それが負けるとは考えられなかった。

「これも黒崖クロガケの策のひとつじゃないのか……？」

マサトの問いに、背赤セアカがうつむきながらゆっくりと頭を振る。

「殘念ながら……」

「それなら黒崖クロガケたちはどうなった？　全員無事か？」

「はい、無事なのは確かです。こちらが大旦那様宛の手紙になります」

背赤セアカが一通の手紙を差し出す。

手紙には、こう書かれていた。

『帝都に寄生する厄介な大魔導師アークメイジのひとりに思わぬ痛手をけたが、計畫に変更はない。私たちのことは気にせず、お前はそのまま北上し、この混に乗じて帝都へ攻め込め。そして、お前がすべきことを先にし遂げろ』、と。

「まさか……相手はたったひとり？　大魔導師アークメイジということは、話に聞いていたアリスではない？」

「はい。恐らくは別の強者かと」

その事実に、マサトがなからず衝撃をける。

「それでも、たったひとり相手に、あの飛空艇スカイシップの軍隊が押し負けたのか……」

すると、手紙の容が気になったのか、パークスがマサトへ問いかけた。

「どういうことですか？　私たちにも詳しく教えてください」

マサトは手紙の容をパークスにも伝えると、パークスは顎に手をあて、し思案しながら答えた。

「そうですか。確かに、その大魔導師アークメイジの存在が気になりますが、黒崖クロガケが気にするなと言うのであれば、心配は不要でしょう」

特に心配するほどのことではないとパークス。

黒崖クロガケと付き合いの長いパークスがそういうのであれば、そうなのだろうとマサトも頷く。

「それで、帝都へはすぐ出発するのですか？」

パークスの問いかけに、マサトはすぐ答えずヴァートへと視線を移した。

マサトと目が合ったヴァートが力強く頷く。

「おれなら平気！　すぐにでも出発できるよ！」

どうやらまだまだ元気が有り余っているようだ。

割と重い連戦続きだったはずだが、上級悪魔ハイ・デーモンなどのフォローを手厚くしたおで、余裕のある戦いができたのかもしれない。

マサトが視線をパークスへと戻し、質問に答える。

「先に用事を済ませてからにしょう。予定通り、ダンジョンブローカーから報を買う。今すぐには攻略できなくとも、いつか攻略できる機會が訪れたときのために」

「分かりました」

話を聞いていた背赤セアカが口を開く。

「青の天眼ブルーヘブンリィアイズのセンリ様とメグリス様は、別館にておもてなししております。それと、キング様とララ様も同様に保護しております」

まるでそれを予測していたかのような手際の良さに、マサトが嘆する。

「キングとララを先に呼んでくれ」

「かしこまりました」

◇◇◇

暫くして、ララとキングが部屋に駆け込んで來ると、ふたり同時に聲を荒げた。

「本當にララを置いてくなんて酷いかしら！！

「本當に俺たちを置いてくなんて酷ぇじゃねーか！！」

しの間があり、マサトが返事をする。

「ふたりとも無事で良かった」

第一聲でを案じられたことが意外だったのか、それとも自分本位に第一聲で不満を口にした自分達の言を恥じたのか、ララとキングがしどろもどろに答えた。

「セ、セラフも無事で何よりなのよ……」

「お、おう。そっちも無事みたいで安心したぜ……」

マサトがララとキングへも質問する。

「外で起きたことを何か知っているのか？」

「知らないかしら」

「いんや。むしろ教えてほしいくらいだぜ。一何をどうすれば、見渡す限り一面の草原を、一瞬で氷へと変えられるんだ？　あんたらの仕業じゃないってことは聞いたが」

「ふたりも知らないのか。俺もりの報を先ほど聞いたところだ」

自分で質問をしておきながらも、大した興味もなさそうに「へぇ、そうかよ」と曖昧に頷いたキングが、話を続ける。

「それよか、用事は済んだのか？」

「それはララもし気になっていたのよ。ララを置いていくほどの重要な用事は済んだのかしら」

ララが口を尖らせながら半目でマサトを見つめ、キングは子供のようなことを平気で口にしたララを見てし引く。

し迷った後、マサトが答える。

「半分は済んだ。それより、ララとキングはヴィリングハウゼン組合を知っているか？」

マサトの質問に、ララが鼻で笑う。

「知らない奴はもぐりかしら。最高蕓卿ルートヴィッヒ・エミール・グリムが保有する最強の私兵部隊なのよ。でも急に何かしら」

そして、キングが骨に嫌な顔をしながらララの言葉に続いた。

「俺はこのパターン知ってるぜ。絶対に良くない話に続くやつだろ？」

すると、マサトが話すよりも先に、ヴァートがドヤ顔で答えた。

「へへっ、その相手なら、父ちゃんとシャルルのふたりでほぼ全員倒しちゃったよ！！」

「「ッ！？」」

ララとキングが聲にならない聲をあげて驚く。

しの間、口をぱくぱくとかした後、驚きから復帰したふたりが、息を切らした様子で問いかけた。

「それは、確かなのかしら……？」

「見間違い、ってわけじゃ、ねぇーんだよな……？」

「ああ。戦闘は避けられなかった。キングたちの味方側だったか？」

「いんや、味方ではねぇーけど、敵でもねぇーか？　中立っつーか」

ヴィリングハウゼン組合が実はキング側の味方だったという面倒な展開は避けれたと、マサトがしだけをなでおろす。

「そうか。それなら、これからは俺たちの敵になる。覚悟しておいた方がいい」

マサトの言葉に、ララとキングが難しい顔をして黙る。

ふたりにとっては、無視できない戦力を保持している中立だった勢力が敵に回るのだ。

面白くはないだろう。

すると、ララが口を開いた。

「帝都の腐敗が進んでいくのを知りながら、自分には関係がないと見て見ぬ振りを決め込んだ傍観者は、その腐敗に加擔したのと同じかしら。広意義で同罪なのよ。けは無用かしら」

「お前……それブーメランっていうんだぞ……」

「うるさいかしら！　過去のララと今のララは、もはや別人なのよ！」

ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めたふたりに、マサトが次の質問を投げかける。

「世界主ワールド・ロードという言葉は知ってるか？」

「世界主ワールド・ロード？　知らないかしら」

「俺も聞いたことねぇな」

一國の元王子や、帝國隨一と名高い最上位支援魔法師ハイ・エンチャンターにも知られていない存在でありながら、世界を統べる強力な能力をもつ世界主ワールド・ロード。

この世界――グリムの話世界グリム・ワールドにも、世界主ワールド・ロードが存在するようだが、帝國を裏で牛耳る黒幕かどうかまでは分かっていない。

だが、エヴァーの一件から、外の世界からのやってきた外敵には、世界の均衡を保つために、その強力な力を行使して排除にくようだ。

（問題は、帝國が危機に陥った時にもいてくるのかどうか、か……）

仮に帝國のためにいてこなくとも、眷屬であるタコス率いるヴィリングハウゼン組合が壊滅したという報が知られれば、原因を突き止めるためにいてくる可能は考えられる。

ヴィリングハウゼン組合の首領ドンタコスを召喚して聞き出せばある程度は把握できるかもしれないが、世界主ワールド・ロードに対する報が皆無の狀態で、仮にも敵の眷屬だった者を召喚するというのは、なからずリスクが存在している。

種族サーチや、種族コントロール系の魔法や魔導アーティファクトは、ＭＥでは定番の戦のひとつでもあるからだ。

（黒崖クロガケを退かせた大魔導師アークメイジが何者なのかも気になる。それほどの強者があとどのくらい存在するのかも。帝都には裏に侵した方がリスクはないか）

その後、エヴァーと組合に対する話をいくつか共有したマサトは、青の天眼ブルーヘブンリィアイズのセンリたちを呼んだ。

◇◇◇

漢服の一種である襖おうくんに似た服を、元が出させた形で著こなしたセンリが、煙管を片手で持ちながら、マサトたちのいる部屋へる。

センリは薄青の長い髪を束ねて４つのを作った獨自の髪型をしており、この世界にはない異質な雰囲気をにまとった仙族のひとりだ。

センリの背後には、この世の終わりだとでも言いそうな絶オーラを全から放っている栗鼠人族の眼鏡娘――メグリスと、娼館で良い思いをしたのか、鼻の下がび切った殘念イケメン――楓のパーマが似合う派のチョウジが続く。

「ふぅ〜、話はチョウジから聞いたよ。とんだ大冒険だったらしいじゃないか」

まるで花魁のような優雅な立ち振る舞いで部屋の中央まで歩いてきたセンリは、余裕を見せつけるように一服すると、マサトを見て口元に笑みを浮かべた。

（おで私はメグリスとの賭けに大勝。外は非常事態なのに、こんな豪遊もできて最高にツイてるわねぇ〜）

厳には、まだメグリスとの賭け――マサトたちが黃金のガチョウのダンジョンで何のボスを討伐し、何の報酬を手してくるか？を當てる賭け――は、決著していない。

センリは『まだ確認されていないボスの報酬に１點賭け』しており、まだ確認されていないボスまでは當たっているものの、そのボスの報酬が何かまでは明らかになっていないのだ。

だが、メグリスにとっては、前半のまだ確認されていないボスと対峙してきたという、あり得ないと確信していた事態が現実に起きてしまった時點で、処刑臺で刑の執行を待つ死刑囚のような神狀態になっていた。

上機嫌のセンリが、當てつけのように口元だけをメグリスに向けながら、視線だけはマサトへ向けるという奇妙な狀態で話しかける。

「それで〜？　まだ確認されていないボスを討伐した報酬はなんだったんだい〜？」

メグリスの肩がびくりと跳ねる。

既に悪い顔が更に悪くなり、軽く白目を剝きかけていた。

センリとメグリスのやり取りを不思議に思ったマサトだったが、淡々と答える。

「特にないが……」

マサトの言葉に、センリが口元に笑みを浮かべたまま凍りつき、瞼の中へと消えかけていたメグリスの瞳孔がぐるんと勢いよく中央の位置に戻ると、その口元を狂気的なまでに釣り上げた。

「特にない、ですか。そうですかそうですか」

メグリスの呟きを間近で聞いたセンリが一瞬で必死の形相に変わり、マサトに詰め寄る。

咄嗟の出來事に、黒髪の――シャルルが反応仕掛けたが、マサトがすかさず右手で制したことで未遂で済む。

センリの焦った聲が響く。

「特にないわけないだろぉ！？　なぁ！？」

そんなセンリの背後から、走った眼をギロリとらせたメグリスが待ったをかけた。

「ヒィーヒッヒッ、センリさん。駄目ですよぉ。ないものはないんですから。無理強いしちゃ。ヒィーヒッヒッ」

「ぐ、ぐぅっ……」

過度のプレッシャーから解放されたせいでキャラ崩壊したメグリスに、センリが苦渋に満ちた表に変わる。

因みに、チョウジはふたりの行に終始呆れており、ふたりの掛け合いを止めようとする者はいなかった。

メグリスがセンリの肩に手を置き、怪しい笑い聲をあげながらマサトから引き離そうと力を込める。

センリが今にも泣き出しそうな顔に変わるも、何か閃いたのか、それとも何かに気が付いたのか、今度は眉間にシワを寄せ、マサトを見下すような表に変わった。

「そうかいそうかい。お前さんがそう言うなら、私も相応の評価をするしかないね。殘念だけど、例の依頼は不立だ。私から渡せる報は何もないよ」

――――

▼おまけ

【Ｃ】　腐敗の運び手ロット・ライダーの荒くれ者、１／１、(黒)、「モンスター ― 人族」、[挑発Ｌｖ１]

「あ”あ”あ”あ”！　もう本當にヤダ！　あいつら出にしたい！　何なの！――怒りの付嬢オミオ」

【Ｃ】　ダンジョン勤務の警備兵、１／１、(赤)、「モンスター ― 人族」、[気配察知Ｌｖ１]

「時代とともに國も人も変化する。だが、ダンジョンは変化しない。だから、安心できる。くそっ！　それも今日でお終いか――ダンジョン警備兵、ペンスィヴ」

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