「ゆ、勇者アルス！　あな……おまえの命もここまでだ！　私がおまえを殺しちゃう……じゃなくて、殺してしんぜようぞ！」

ロニンはぶるぶると瞳を震わせながら、剣の切っ先をアルスに向けた。

アルスはごくりと息を呑んだ。

魔王の一人娘というだけあって、彼から発せられる覇気はなかなかのものだった。あと數年もすれば、とんでもない化けに長する予をさせるほどに。

だが。

ロニンは、あまりにも若すぎる。

見た目だけで判斷するならば、まだ十代半ばであろうか。

そのせいかもしれない。

アルスには、自の魔力を思うように使いこなせない未者に思えた。

アルスとて《勇者》だ。

いくら魔王の子孫といえど、自分の力すらろくに扱えない者に負ける気はしない。

だが、かといって油斷はできない。

相手は魔王の娘。

悪のは絶たなければならない。

アルスは心のなかで決意を燃やし、改めてロニンを見據えた。

「ううっ」

ロニンが一瞬だけ眉を八の字にしたが、気を取り直したように仏頂面に戻る。

「そ、そんな怖い顔したって無駄なんだからね！　……じゃなくて、まったくの無駄である！」

「……悪いが、子どもの遊技に付き合っている暇はないんでね」

薄暗い窟の通路。

ゆらゆらと青白い松明が揺れている。

アルスは深く息を吸い込むや、勢いよく地を蹴った。

同時に、自の剣に魔を放り込む。ふわりと鮮やかな緑の沢が剣を包み込み、窟を激しく照らし出した。

これがアルスの勇者たる所以ゆえんである。

剣士の力と、魔師の力。

しかも、理・魔法ともに攻撃力が高いため、まさに隙がない。

これまでに修行に修行を重ねた、渾の一撃ユグドラシル・デュアル。

それをロニンに向けて解き放った。

緑の殘滓を引きながら、剣の切っ先がロニンに吸い込まれていく。

「わ、わあああああ！」

そのあまりの迫力に、ロニンはなかば恐慌をきたした。

もはや恥も外聞もない。

ロニンは直的に理解していた。

もし、この《ユグドラシル・デュアル》が直撃してしまえば、自分の命は確実に絶たれると。

それだけの威力が込められた一撃だった。

だから避けなければならない。

あるいは同じように剣を抜いて、アルスの攻撃を防がねばならない。

そうとわかってはいた。

だががかなかった。

死を目前にして、魔王の娘はなにもできなかった。

ただただ、悲鳴をあげ続ける。

剣が刻一刻と近づいてくるにつれ、ロニンは過去のことを思い出していた。

ここまで自分を育て上げてきた父ーーすなわち魔王のこと。

優しい父だった。

いや、優しすぎた。

それゆえに、この歳まで実戦というものを知らなかった。

ずっと自分の部屋で過ごしてきた。

外に出てしまうと、父を恨む人間に狙われる可能があったからだ。

だが、いまやロニンも十代半ば。いずれは魔王の後任になるべきはずの娘。

いつまでも甘やかしてはいられない。

そう判斷した魔王が、今回、勇者の退治を命じてきた。

まだいロニンにとっては重すぎる任務だった。だが父は安心しろと言う。ロニンが死なぬよう、手は打っておくと。

それを聞き、ロニンは二つ返事で了解した。

やっと一人前になれると思ったから。

やっと父から頼りにされたから。

それなのにーー

私は死ぬのか。ようやく父から仕事を任されたのに。私の力が認められると思ったのに。 

ーー死にたくない……

ロニンが無念のとともに目をつぶった、その瞬間。

突風が、舞った。

いつの間にか、ロニンとアルスの間に、何者かがしてきたのだ。