《引きこもりLv.999の國づくり! ―最強ステータスで世界統一します―》守るべきモノ

――あれはトルフィンじゃない。

一目ひとめでシュンはそう直した。

寢癖まじりな黒髪も、六歳児らしい小さなもそのままだ。

だが、彼の瞳、表――そのどれもが、シュンには見覚えがなかった。あろうことか雙眸は紅く染め上げられ、表もまた、を忘れてしまったかのように凍り付いてしまっている。

「てめえ……! トルフィンになにをしやがった……!」

シュンは激に燃える自分の聲を聞いた。

「ふふ……なにを怒っているのだね」

ディストは眼鏡の中央を指で抑えると、口の片端を吊り上げ、醜悪な笑みを浮かべた。

「君も覚えているだろう? 記憶をなくし、復讐者とり果てた勇者の姿を。トルフィン君にも同じことをやってみただけさ」

「なんだと……!?」

「どうだね。記憶を失った息子。くくく、これ以上に楽しい余興はあるまい? だが君も人のことは言えないよ。その昔、君は親不孝にも両親を怒鳴り――」

「黙れ!」

シュンは大聲を発し、一人語りを始めようとするディストを黙らせた。

これ以上、奴の託ごたくを聞く気には頭なれない。

ディストは肩を竦めると、

「やれやれ」

と言ってため息を発した。

「しかしどうするつもりかね? トルフィン君には強力な暗示をかけてある。私に服従を誓え、とね」

そこでディストはトルフィンを橫目で見やり、指を鳴らした。パチン、という弾ける音が、いやに大きく室に反響する。

「――殺せ。君の親を」

こくり、と小さくトルフィンが頷くのが見えた。

瞬間。

生気のない瞳はそのままに、トルフィンは両腕を高く掲げた。

直後、彼の両手に漆黒の剣が握られる。

その禍々しさ、威圧――見間違えようもない。

闇の雙剣だ。

ある程度引きこもりを極めている彼が、このスキルを使えても不思議はない。

だが。

このスキルは強すぎる――使い方を間違えば、殺生さえ可能なほどに。

「……おいおまえ、まさか」

シュンが息を呑んでいる間に、トルフィンは紅の両目で、しかと父親を捉える。

「やめろ! 忘れたのか、俺は……」

シュンの呼びかけは屆かなかった。

息子は片足で地を蹴り出し、こちらに駆け寄ってくる。

勢いのあまり、靜寂なる星合の間に突風が舞う。

――速い!

シュンは慌てて防の構えを取る。容赦なく振り下ろされる剣先を、紙一重で摑んだ。

「重い……!」

知らず知らずのうちにいてしまう。

おかしい。この理攻撃力。いくら彼が強いとはいえ、ここまでとは……

「ふふ、気づいたかね」

ディストが嫌らしい笑みとともに言った。

「この時のために、トルフィンのステータスを底上げしておいた。どうだい? 手加減していたら――息子に殺されるよ」

「てめぇ……!」

いままでこれほどのクズがいただろうか。あのエルノスが可く見える。

このクソったれな神をぶん毆ってやりたい。

しかし。

「…………」

トルフィンが無言のまま、さらに剣を押し込んでくる。思いがけない腕力に、シュンはまたしてもき聲をあげる。

――どうする。

本気を出せばトルフィンを殺すことはできる。

だが、それだけは……

「トルフィン……忘れたのか……俺はおまえの親で……同じ《元》引きこもりじゃねえか……」

「…………」

シュンの説得も空しく、トルフィンは徐徐じょじょに力を強めていく。親の聲はまるで息子に響いていない。

「クク、無駄だよ。アルスと違って、トルフィン君には強力な暗示をかけてある」

「き、貴様……!」

「ふふ、シュン君。君はロニンのおかげで変わったと思っているようだね。だがそれは間違いだ。おおいなる錯覚だよ」

「うるせぇ……」

「《守るべきモノ》を抱えた瞬間、人は弱くなる。その証拠にどうだね? 他人に興味もなかった君が……息子に傷ひとつつけられず、命の危機に瀕ひんしている。シュン君。君は弱くなったんだよ。昔よりずっとね」

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