《銀狼転生記~助けたと異世界放浪~》052 ~黒鎧の追跡者~

「急げ!! 早く逃げろ!!」

「ハぁ、はアッ…クウウ、キツイィよ」

「ダメ。はやい。……逃げ切れない」

焦燥溢れる怒聲が木々をって木魂する。戦闘を走る影は四つ、その後ろからは黒い流線が同じ、いや、それ以上の速さで追走をしていた。彼等の距離は徐々にだが、確実にまっている。

「……ケビン殿、あとは任せた」

「おい!?」

このままでは逃げ切れないと判斷したのか黒裝束にを包んだ男が立ち止まる。瞬間、男から展開された大量の糸。ソレらは木々の合間に次々と巨大な蜘蛛の巣を形し、鋼糸の壁を築き上げた。追っ手の行く手を阻む鋼糸の網壁。

黒裝束の男は、追っ手から放たれた濃な殺気に大量の汗を流しながら、短刀を構える。

「早く…! 我が足止めしている隙に…!──っ!? ぐぁああああ!!!」

「ワイド!!? んの──ッ!!」

しかし、放たれたのは殺気だけでは無かった。木々を削りながら迫った不可視の刃、殺意の狂刃はいとも容易く糸の壁を切り裂き、黒裝束の男──ワイドの右腕を切り飛ばした。

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「クッ…! しまッ─」

「まずは一匹♪」

「ッソ! やらせるかぁ!!」

腕を切り飛ばされた痛みに注意が逸れた瞬間、加わる本気の追撃。迫る回転刃にあえなくその首が飛ぶかと思われたが、スキンヘッドの男がばした鎖が彼のを絡め取り、引き寄せる。あえなく刃は空を切る。間一髪だった。

「あら、避けられちゃいましたか。しぶといですね…」

騒音と言い知れぬ恐怖を振りまく兇を手に、追っ手──漆黒の鎧を纏ったソレは呟く。無骨なヘルムによって表はわからないが、今のでワイドを仕留めれなかった事が不服げなようだった。

一方、難を逃れたワイドは狼耳のフードを被ったエルフの──フィリから応急的に回復魔法で傷を癒して貰っていた。

「…じっとして」

「か、かたじけない…」

「ワいド!!」

「おい、大丈夫か! ワイド!」

その傍かたわらには、緋の翼を羽ばたかせた半人面鳥ハーフハーピーの──ピアもいる。ワイドを助けたスキンヘッドの男──ケビンは、まだ行をおこす気配の無い黒鎧に注意を向けつつ治療の様子が気になるのかチラチラと覗うような視線を向けていた。

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「ッ…ケビン。よそ見しない」

「わかってますって!」

何故かフィリに敬語を使うケビンは、苦笑いしながら己の異名でもある鉄鎖を構え直し敵を見據える。

(こいつ、やっぱあん時の…)

そして、逃走時からじていた既視を確信へと変えた。全から禍禍まがまがしい瘴気しょうきを放っている黒鎧、元の裝甲部分の膨らみを見る限り別は。足の運び方からしてもソレは確実だとケビンは思考する。

一度見れば強く印象に殘るだろう特徴的な騒音と恐怖を撒く武を持ち、別は、そして自分が追いかけられる理由から推測して、ケビンは鎧の中に辺りをつけた。そして、人づてに聞いた話と照合して目の前の敵がなに者なのかを見破ることに功した。

「……まさか、【狂姫】はホントにいたとは…。噂はマジだったわけか…」

「…キョう…き?」

「ああ、俺が聞いた話によると──」

思わずれ出た思考に反応したのは、彼の背中に隠れて黒鎧の姿を覗っていたピアだ。

頭に疑問符を浮かべ、首を傾げる姿にじながら、ケビンは後ろで治療に當たっているフィリにも聞こえる聲量で説明を始めた。

あるもの曰く、その姿は東洋の姫にも似たである。

あるもの曰く、その姿にわされ近づいたモノは、言わぬ塊と化す。

あるもの曰く、非常に殺傷能力の高い武を持ち、人を蟲けら同然に殺あやめる狂人である。

あるもの曰く、その者は戦場を荒れ地へと変える。

あるもの曰く、その者はそのに悪魔を宿している。

「……特徴的な武。あれが?」

「ええ、あの間違いないと思います。冒険者達の噂話とも、特徴的に一致しますし…」

ケビンは観察する。

暫定的に、狂姫と思われる追跡者は、俺達が話をしている間、こちらに攻撃してくる素振りはない。それは、わざと目をそらし隙を作っても同じだった。それが余裕のあらわれなのか、はたまたその場を・け・な・い・のか。彼には判斷が難しかった。

「お話は終わりましたか?」

「「「っ!?」」」

狂姫がきだす気配をじ取った一同は自然とを堅くする。なんのことは無い、ただ聲をかけられた。

なからず、殺意を侍はべらった聲を──

ケビンには、その言葉が死刑宣告のように聞こえた。

「あ、ああ、出來れば、もうちょっと待ってしいんだがな。というか…、このまま逃がして貰えると助かる──」

その場を代表し、ケビンが口を開いた。いつ攻撃されても対応出來るよう、腰を落としながら…。

「それは無理です♪」

一瞬だった。

彼は目を放さなかった。

ただの一度も──。

相手がけば、直ぐに攻撃に移れた。

ソレを認識することができれば──

「あ──」

気づけば真橫にいた黒き殺意の塊。

認識外の速さで接近、死角から振るわれた全てを刈り取る強烈な一振り。

存分に殺意がこもった一撃はケビンを始め、その場にいた全員の首を切り飛ばすのに留まらず、そのをも吹き飛ばした。

否、が掻き消えた。

まるで、そこにいたのが幻想だったかのように──

「──あら?」

その違和は盲目の彼でもわかった。何も斬れていない。己の攻撃は避けられた……。しかし確かに気配は無くなった。というか、相手が自分の攻撃に反応出來なかったのはきで理解していた。では何故──!?

そんな思考を遮る気配が、彼の頭上に出現する。

「ん!!」

「─っ!?」

刃と刃が互いを削り合う音。力の拮抗は一瞬。重が軽かったのだろう。武を振るえばあえなく弾き飛ばされる襲撃者。

「あうっ──!!」

思考の隙をついた渾の一撃は、狂姫を驚かせはしたもの、傷をつけることは葉わなかった。

「ごめん…。仕留め損なった…」

「気にしないで下さい、お嬢。おかげでワイドとピアを逃がす事が出來ました」

の一撃を防がれ、弾き飛ばされたフィリは、空中でを翻ひるがえして制を整え、危なげなく地面へと著地する。そこには、五満足で鉄鎖を構えたケビンの姿。

先ほど、狂姫が切り裂いたのは、フィリが創り出した幻覚だった。咄嗟の判斷で、ワイドを治療しがら幻も同様に、狂気へとかけていたのだ。自分達の位置を勘違いするように。

もしあのままあそこで、突撃してくるのを待っていれば、自分達は幻覚と同じ末路を辿っただろう。と、離れた場所でその瞬間を見ていたケビンはの竦む思いだった。

たとえ、その後のこちらの攻撃が失敗しようとも、フィリに謝こそすれ責める道理はない。

「…すみません」

「……? なんでケビンが謝る?」

「いえ、自分に力が足りず、関係のないお嬢まで危険に──」

(本當に、合わせる顔がない─)

おそらく、自分はここで死ぬだろう。

それは、先程の攻撃から垣間見た実力差からして、覆りようもない事実。自分だけでは、守りきるとあの父母に誓った子を逃がしきるための時間稼ぎにもならない。

文字通り一瞬で屠ほふられるだろう。だからこそ、彼と共に殘ったのはエルフの

これでようやく、逃げるだけの時間を稼げる。自分の不甲斐なさに溜息が出る。

ここに殘る以上、彼も──

そう思っての謝罪だった。同時にここにはいない、彼のパートナーへの。

しかし──

「ケビン──」

傍らから聞こえる言葉に目を向ける。

「私─────死ぬつもりは無い」

およそ、とは思えない決意を目に宿した強者がいた。

その目、その言葉に息を飲む。

同時、それは彼の心をい立たせた。

(ああ、そうだ。何を弱気になってんだ俺は…っ!!)

「生きて、もう一度ロウに合う。それで──譽めて貰う…」

「へっ…。じゃあ俺も旦那に譽めて貰えるように、生き殘ってやりますよ!!」

お互い、脳裏に浮かべているのは同じ人

いや、「人」という枠には収まらない強者──そう、別に倒さなくてもいい。あの銀狼が異変を察知し救援にくるまで耐えればいい。

彼なら、目の前の化けも必ず倒してくれる。

「…わかりました。もはや手加減はしません。

はやく任務を終わらせて、お兄さまを探さなくては………」

再び膨れ上がる殺意。

こうして、逃げるタメでは無い。

アレを倒すタメのケビンとフィリの遅滯戦闘が幕を開けた。

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