《【書籍化】外れスキル『目覚まし』、実は封印解除の能力でした。落ちこぼれの年は、眠りからさめた神達と優しい最強を目指す。【コミカライズ企畫進行中】》4-55:兄妹

雪の混じった風に、長い金髪がなびいていた。

その景に、ルイシアは鼓が波打つのをじる。に宿るフレイヤ神も、この再會に衝撃をけているはずだ。

ルイシアは呟いてしまう。

「……フレイ」

男は、別れた時よりもさらにボロボロになっていた。悲壯といってもいいかもしれない。

上等な裝束はところどころ千切れ、から流れ出たも凍り付いていた。左目はもう開かないのか、傷もないのに瞼を下ろしたままである。

すでに剣は持っておらず、豪奢な鞘だけが何かの間違いのように腰にはかれていた。

フェリクスが前に出る。

「生きていましたか」

ルイシアは聲を出せなかった。ぞっとするほど、目の前の男から生気をじない。

ごほっと咳き込んでから、フレイが囁くように言った。

「……リオンが」

絞り出したように、聲はかすれている。

「私に、わずかな魔力を與えた」

「お兄ちゃんが?」

ルイシアは眉を寄せる。

神に魔力を與える――それは命を助けるに等しい行為だと、今のルイシアならわかる。

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けれど兄はそんなことを一言も言っていない。

の奧からフレイヤの言葉がきた。

――無意識の行いかもしれません。

妹神は続ける。

――神と人間は絆を結び、魔力をやりとりします。

――共のような場合でも、それは起きるのかもしれません。

――リオンさんは、きっと最後に兄と心を通わせた。

何度も剣をえた相手。けれども兄は、どんな気持ちでフレイが戦っていたのかを、最後の最後に理解したのかもしれない。

それが、例えば太神ソラーナと同じように、絆となってフレイの命を繋いだ。

創痍ので、穣神が踏み出す。

「――フレイヤ」

階段を上りながら、虛ろな聲でルイシアに手をばす。

「……取り戻――」

ルイシアは走った。フェリクスが慌て、ミアが目をむく。

何人もの冒険者が続けて飛び出そうとした、その前で――

「馬鹿っ!」

男に平手打ちを見舞った。

びしたの一撃に、フレイはバランスを崩して階段へ倒れる。

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ルイシアはしゃがむと、神の手を握って自分の肩に押し當てた。

「話してっ」

「私は――」

「フレイヤ様と話してっ」

弱ったフレイが妹フレイヤと言葉をわすためには、ルイシアのれることが必要だ。の肩から男の腕を通じて、緑の魔力が流れていく。

やがて、兄妹神が言葉をわし始めた。

――すまない、フレイヤ。

フレイは言葉を継ぐ。

――私は、君を守れなかった。前の終末では魔に負け、今は君が消えようとしている。

妹神、フレイヤはしの間、息をのんでいた。

――兄さん。私は、もう魔に負けたことも、私が消えることも、れています。

フレイヤの言葉は、季節が春に変わったと思うほど、溫かく優しい。

――魔に負けるほどに神々の結束は弱い。私たちは弱かったのです。

――『創世』で他の世界に逃げる不実を阻止できるなら、私の命など……なんということもありません。

フレイはを吐くように言った。

――それでも、君も、私自も、憎んだ。

――弱さを打ち砕くには、強くなるには、取り戻すしか……!

言葉が揺れた。

ルイシアはフレイの瞳を見つめる。右の青い目と、左の緑の目で。

男は項垂れる。

「……そうだな。私は敗北した自分自を憎んでいた」

穣神は妹を憎んでいたわけでも、神々を憎んでいたわけでも、きっとない。

ルイシアにはそれがわかった。自分の弱さに押しつぶされそうになった時、自分にできる何かが異様にり輝いて見える。

そうして、ルイシアもまた『創世』のに一度負けたのだ。

で弱さがあせて見えるように。だが弱さは消えるわけではなくて――より影が濃くなるだけだった。

「『創世』が失敗に終わった時點で、オーディンがフレイヤをスキル<神子>で拘束する理由はなくなった。私は、きっと、戦いをやめることさえできたのだろうが――」

ルイシアにも、おぼろげに意味がわかった。

かつて『創世』を阻止したフレイヤはオーディンにとっての敵。フレイヤをルイシアから解放しようとしても、絶対に主神はれない。

けれども――『創世』がすでに失敗した今なら。

フレイは、何か別のやり方をとれたかもしれない。

「私は、私自の手で君を救いたかった」

穣神は吐した。

「私が救われるためには、私が君を救わなければならなかったんだ」

弱さを憎む心が、穣神から最後の和解機會を奪っていた。

――ごめんなさい、兄さん。

――あなたを殘して、私は命を捨てることを決めてしまった。

フレイは頭を振って、告げた。

「――いいや。すまない、フレイヤ」

青い目に、かすかに救いのが差す。

「……こんなに簡単なことだったのだな」

世界が始まってから人間の兄妹が何千、何萬とやってきた行いに、穣の兄妹神は1000年もかけて辿り著いた。

遅すぎた、とルイシアはどうしようもなく思う。フレイのは、きっと兄リオンからけ取った魔力だけでかろうじていている。

じきに――息絶える。

今度こそ、目覚めない。

黎明の空に何かの吠え聲が渡っていった。

――オオオオォォォォォオオオオ!

びは神殿の大からせり上がってくる。床に開いた裂け目では、今もリオン達が戦っているのだ。

ルイシアは立ち上がり、ぶるりとを震わせる。

「……ユミールのだ」

心に兄の背中が過ぎった。

「お兄ちゃんが危ない」

これほどの力をもった魔。神がいない狀態で、兄はどれだけ戦えるだろうか。しかも場所は世界が創世する前――いわば原初の巨人が生まれた、故郷とも呼べる場所なのだ。

冷たい風が兄の力を奪っているに違いない。

フェリクスが杖をつき、フレイヤへ言った。

「……なんとか、リオンさんの救援に行けませんか」

――あの空隙に助けにいけるとしたら、人間では無理です。

――神々だけです。

だがその神々は、天界で魔力を失っている。

ミアが裂け目に向けてずんずんと歩き出した。

冒険者達が、數人がかりで地面へ取り押さえる。

「ミア!」

「放せ! イチかバチか、誰か降りて見りゃわかんだろ!」

「見込みが淺すぎるっ」

魔力。

ルイシアは自分のに手を當てた。中途半端に終わった『創世』。

そのため、ルイシアはまだいくらか――創世に使うはずだった魔力を殘している。それを使うということは、フレイヤの力をさらに絞るということ。今度こそ、神の存在はルイシアに吸収され、消えてしまう。

フェリクスが顔を上げた。

「……待てよ、魔力か」

頭冠(コロネット)に指を當てて、全員を見渡す。

「地上に世界蛇(ヨルムンガンド)とフェンリルがいました。あの伝説の魔の魔石から、魔力を使える可能が……」

冒険者の間にどよめきが走る。

――その魔石だけでは、不十分でしょう。

――このに殘る魔力と、雪原に殘る魔石を合わせれば、神々を回復できる可能はありますが。

ルイシアは聲を張った。

「それじゃ、フレイヤ様が消えちゃうっ」

『創世』を経たことで、ルイシアとフレイヤはさらに分かちがたく結びついている。フレイヤは、今やルイシアに吸収されるのを待つだけの存在だ。

さらに魔力を絞ろうとすれば、吸収はさらに進む。

雪原から唸り聲が轟いた。

フェリクスは首を振る。

「仮に魔力が地上にあったとしても、虹の橋(ビフレスト)までルイシアさんを運ばねばならない、か。この――雪原の魔達を抜けてね」

重苦しい沈黙がのしかかった。

魔力はある。けれどもフレイヤ神という犠牲が要る。

おまけにそれを神々がいる場所――天界に運ぶがない。

ミアが雪に煙る上空を見上げた。

「なぁ、オーディン達に降りて來てもらうのはどうだ? なくとも、あいつらは力を殘してるんだろ?」

フレイヤの聲が応じた。

――裂け目から吹き込む冷風が、神々を拒んでいます。

ルイシアにも、神のいうことがわかった。

神殿に開いた裂け目から冷風が吹き付ける。冒険者達は震え、を抱いた。

ルイシアは告げる。

「この風、ただの冷たい風じゃないです」

神々や人間の力を奪う風。

ユミールは冷たい魔力と熱い魔力の衝突で産み出されたというが――その冷たい魔力が、この冷風の正なのだろう。

で力を増す人間や神々に、この風は毒だ。封印でじる冷気より、さらに冷たい。

今のルイシアには、上空で冷たい魔力が荒れ狂っているのがわかる。

彼方に見える虹の橋(ビフレスト)も、雪風で千切れそうなほど霞んでいた。それはここと天界の往來が、神々をしても容易でない証である。

――天界から、様子は見えているかもしれませんが。

――助けはめないでしょう。

ルイシアは深く息をつく。兄を見て、腹で呼吸することが気持ちを落ち著かせるだと學んでいた。

その兄を助けるため、自分の頭で考える。

「……地上と天界の往來にさえ、強い魔力がいる狀況です。オーディンにも、弱ったソラーナ様達にも、きっとできない。魔力を運ぶには、こちらから向かうしか、きっとないです」

ルイシアの言葉に、フレイヤも無言の肯定。

階段を冷たい風が吹き抜けていく。

魔力があっても戦えないルイシア。地上を覆う魔達。この瞬間も危機にいるリオン。

もしフレイヤが完全にルイシアに吸収されれば、の力は増大する。戦えるようになれば、地上の魔はなんとかなるかもしれないが――穣の兄妹神は、やはりどちらも死ぬ。しかも、本當に戦えるようになるか、確証はない。

ルイシアは肩をぎゅっと握った。

その時、フレイがよろめきながら立ち上がる。

「いや」

男は自分の右手を見つめている。先ほど通った緑の魔力が、まだ掌で揺らめいていた。

「……ルイシア。私は、君のからフレイヤを連れ出せるかもしれない」

ルイシアは、驚いてフレイを見返した。でも、フレイヤが同じく言葉を失っている。

穣神は顎を引いた。

「セイズ魔法を使う」

それは、心に作用する魔法。穣の兄妹神が得意とするものだ。

「リオンから魔力を得たせいか……ルイシア、君について行使できるセイズ魔法の、度が高まっている」

――兄さん、私は……。

「ルイシアのから解き放たれれば、空を飛び、まっすぐ虹の橋(ビフレスト)まで目指すこともできよう。魔の妨害もなく、まっすぐに、だ」

ただ、とフレイは言い添えた。

「失敗すれば――私も、君も、フレイヤも、ただではすまない。おまけに、私では信用が――」

「いいえ!」

ルイシアはフレイの腕を握った。

「それしか手がないなら、お兄ちゃんを助けられるなら!」

の右目がフレイを見據える。

「……お願いします!」

フレイは虛を突かれた顔をした。やがて頬に苦笑が宿る。

「強いな、人間の兄妹は」

疲れたような、それでもどこか優しさが見える微笑だった。

お読みいただきありがとうございます。

次回更新は11月19日(土)の予定です。

(1日、間が空きます)

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