《天下界の無信仰者(イレギュラー)》神律學園
天下界てんげかい。それは三柱みはしらの神による信仰が付く世界。人は生まれながらに神理しんりを信仰し生きていく。
 故にここには仲間外れというものはなく、必ずや自分と同じ信仰で結ばれる仲間がいる。神が創った神理しんりを信仰することが、天下界てんげかいに生きる者にとって目的であり幸せだった――
「――で、あるから自の信仰に進しょうじんしましょう、か」
俺は學校のパンフレットを読んでいた。書いてある容は以前読んだ教科書と同じだ。どこもかしこも信仰を進しましょうとかそんなんばっかり。
見飽きたわ。
「ハン」
俺は、パンフレットをビリビリに破いてその場に投げ捨てた。
「知るかんなもん、自分の生き方くらい自分で決めさせろよ」
俺は顔を上げる。そこにはこれから學する神律しんりつ學園の校舎があった。全寮制の學校で基本的に信仰別にクラス分けがされている學校だ。
そして、今日はその學式だ。
「ここが今度の學校か……」
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俺、宮司神みやじかみあは面倒くさそうに黒髪を掻いた。
高等學校にあたる神律學園の正門に立ち、視線の向こうにはレンガで塗裝された道。その奧にはコンクリート製の白い校舎が立っている。
 続く道の両側にはトンネルのように桜が咲いていた。春の気に桃の校門、ザ、學式ってじだ。
しかしここには俺以外だれもいない。それにはある事があるのだが、ようは學式はもう始まっており俺はこの時間に來る決まりだったのだ。
新しい學校を今一度見上げる。正直に言うと憂鬱だ。帰りたい。
「どうしよ、ほんとに帰ろうかな」
「あ、あのッ」
そんな時だった。背後から聲を掛けられた。誰だろう、の聲だ。
しかし姿が見當たらない。
顔を右に左にかすがやはり見當たらない。気のせいだったか?
「あの、こっちですこっち! 正面の下!」
下?
視線を下げる。するとずいぶん背の低いの子が俺を見上げていた。小學生にも見える児型で、白の髪をツインテールにしてまとめている。二つの髪束は大きな耳のように垂れていた。
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「どうしたんだ? なにか用か?」
可らしい瞳はがあるがなんだか不安そうな表だ。
「そ、その、もしかして、君も遅刻さん組ですか?」
白のが聞いてくる。
「あ、えっとー」
「よかった~。実は、ボクもなんですよぉ」
「違う、勝手に遅刻にすんな」
こちとら死ぬほど憂鬱な中ちゃんと目覚まし通りに起きてきたんだぞ。
「え、そうだったんですか?」
俺が言うとの子は「うーん」と考え出し、思い付いたのか両手をポンと叩いた。
「じゃあ、教室が分からないとかですか? それならお手伝いしますよ!」
「はい?」
いや、そうでもないんだけど。
気持ちは嬉しいが俺は初めからこの時間に來る決まりだったんだよ。それを誤解したのかの子は照れた笑みに変わっている。
「いや、そんなんじゃないから。別にいいって」
「遠慮しなくても大丈夫ですよ」
「遠慮じゃねえよ!」
「いや~、せっかく來たのに教室が分からないなんて。ププ、君もおっちょこちょいさんですね~」
「あああッ!?」
おい、こいつなんかムカつくぞ!
そんなじで俺は反論するが、彼は笑顔で言ってきた。
「でも大丈夫です! お手伝いするのがボクの信仰ですから!」
「信仰?」
瞬間、表が固まった。
神律しんりつ學園では制服と共に腕章わんしょうを付けるのが義務になっている。そこには己の信仰を示す印が付いており、己を鍛える琢磨追求たくまついきゅうは赤のスペード。
 心を無にする無我無心むがむしんは緑のクローバー。
 そして、目の前のの腕章には、
(こいつ、慈連立じあいれんりつか)
人を助ける慈連立じあいれんりつである白のハートが誇らしく垂れていた。
慈連立じあいれんりつは困っている人を見かければ助ける神理しんりだ。だから彼らは人を助けるし、それが分かっているからたいていの人は助けられる。
慈連立じあいれんりつの彼は人助けができるのが嬉しそうにはしゃいでいた。
「ですから遠慮しなくて大丈夫ですよ。ボク、頑張りますから! えっと、あなたのお名前はなんですか? あ、信仰が分かればクラスも分かりますよね!」
はにこにこと頬を持ち上げ俺の腕章を覗いてきた。
直後「え」と小さな聲を零して、表から笑みが退いていく。
それを見るのが辛かった。
俺も自分の腕章を見つめてみる。
俺の腕章。そこには、何も描かれていなかった。生まれた時から信仰を持つ天下界てんげかいの人々に、無地というのはあり得ない。
しかし、違うんだ。天下界てんげかいにはたった一人の例外がいる。
が恐る恐る俺を見てくる。表は驚いているのか怖がっているのか、小さな口は震えていた。
「もしかして、宮司みやじ、神かみあ……?」
俺は答えない。気まずくて目も合わせられない。
そうしているとの子は大聲を出して逃げ出していった。
「あ、あの、ごめんなさいぃい!」
「おい! 待てよ!」
「襲われるぅううう!」
「襲わねえよ!」
「殺されるぅううう!」
「殺さねえよ、おい!」
俺は呼び止めようとしたが彼は猛ダッシュで校舎へと行ってしまった。ばした手が虛しい。正門前には俺だけが取り殘されてしまった。
「……ちっ!」
舌打ちする。
「まったく、知ってたよ」
愚癡を地面に叩き付け、俺はその場を立ち去った。
その途中、脳裏に浮かんだ言葉があった。
――無信仰者イレギュラー。
「……くそ!」
忌々しさにを噛む。
學校の中へとり自分の教室を探す。廊下を歩いていくが、この棟の一階には學習室と特別教室、そして一つの教室しかなかったのでクラスはすぐに見つかった。
教室扉の上に掲げられた札には一年一組の文字。その札を見る目がどうしても嫌そうに曲がってしまう。
というのも、神律學園のクラス分けは基本的に信仰別によってされるが、績が優秀な者を集めた特別進學クラスというのがある。
 ここでは信仰の區別なく、何かしらに秀でている分野があれば誰でもれる。それがここ一組だ。
まさか、そんな場所に俺がることになるとはな。
天下界てんげかいの例外、唯一の無信仰者。
それが俺だ。蔑稱としてイレギュラーなんて呼ばれたりもする。
全ての人間が信仰者である天下界てんげかいにおいてそれはあり得ない存在だった。俺だってどうして自分が無信仰者なのか知らねえよ。
 でも、無信仰という事実がどうしようもなく世界で孤立する。學式に出られなかったのも、式が混しかねない、という學校側の判斷からだった。
「はあ、マジ憂鬱ゆううつだ」
どうせ嫌な思いをするんだろうが、俺は仕方なく、せめてもの思いから教室の後ろから室した。
中では説明會が始まるまで生徒が自由に過ごしていた。あちこちですでにグループができており、集まるメンバーには明確な共通點がある。
男子二人が腕相撲をしようと話し合っているのを、今も勉強に勤いそしむ子が迷そうに抗議しているのは琢磨追求たくまついきゅうの者たち。
反対に初対面の初々しさを出し、張しながら挨拶を行なっているのは慈連立じあいれんりつ。
その二つを遠目に見ながら、落ち著いた様子で語り合っているのが無我無心むがむしん。
皆が腕章をに付けているため誰がどの信仰かは一目瞭然だ。
そして、印がない俺は無信仰者だと一発で分かるというわけだ。はあ、曬し者かよ。
俺は教室にり自分の席を探す。見れば一番後ろにある窓際の席が空いていたのでそこに向かって歩き出した。
すると和気藹々わきあいあいとしていた場の空気が変わる。學式にはいなかった生徒が來れば當然か。だが、ざわざわとした話し聲が聞こえ初め腕章を付けている左腕が特に視線をじる。
俺は表をしかめどかっと座った。こういう時は無視だ無視、それに限る。俺は機に頬杖を突き、周りを意識しないよう窓から青空を見上げていた。
しかし、聲というのはどうしようもなく聞こえてくる。
「ねえ、あれって」「やっぱり!?」「おいおい、マジかよ」「どうしてあんな奴が特進とくしんに?」
「…………」
ちっ。いちいち言うなよ、聞こえてるんだよ。
「腕章に印がない。本當に無信仰なんだわ」「なんで神理しんりを信仰しないんだ? 馬鹿か?」「理解出來ないな」
「…………」
窓から空を眺めて時間を潰すつもりだったが、やめだ。俺は周りを見渡して、最初に目が合った奴のところまで近づいていった。
「さっきからなに見てんだ、俺とにらめっこでもしたいのか?」
それで相手はすぐに目を逸そらした。
「ハッ、俺の勝ちだな」
自分の席に戻る。教室は一転して沈黙した。せっかくの學式なのにお通夜みたいだ。でも気にしない、悪口が聞こえてくるよりマシだ。俺は不機嫌さを隠そうともせず座っていた。
「ん?」
すると沈黙ちんもくを切り裂くように椅子を引きずる音が響いた。見れば子の一人が立ち上がり俺の前まで近づいてくる。
 當然他の生徒の視線を集め、子は俺の席の正面で立ち止まった。
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