《天下界の無信仰者(イレギュラー)》鬱憤
それは世界中で當たり前に起きている、奇跡のような出來事だった。
人は他者と出會うことでを知り、二人で作り出すは深く結びつく。そうしては育まれ、新たな命を生む。の結晶。誕生の産聲が今部屋中に響き渡った。
『あなた……』
息切れ切れに、今しがた重大な役割を果たしたは夫に呼びかける。疲労ひろう困憊こんぱいの表に、しかし満面まんめんの笑みが浮かぶ。
『ああ、生まれたよ。男の子だ』
夫は綺麗に拭き取られた赤ん坊を抱き、妻であり母となった彼へと手渡した。しの子。二人のの下に生まれた子を両腕に抱いて、は嬉しさのあまりに涙を流した。その後、彼は微笑ましく見つめながら、夫へと問いを投げかける。
『ねえ、この子の信仰はどちらだと思う?』
懸命に、主張しているかのように泣く我が子を慈いつくしみ、彼は思いを語っていく。
『もし私と同じなら、この子は誰よりも優しい子に育ってしい。誰にでも手を差しべて、支えてあげる子に。きっと、この子は誰よりもされる子になるわ』
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『ああ、きっとそうなるさ』
夫であり父親でもある彼も同じ気持ちを抱きつつ、母親に抱かれる我が子を優しく見つめた。
『もしあなたと一緒だったら……、ふふ。あなたよりは強くなってしいわね』
『ははは……、厳しいね』
男は苦笑するもすぐに元の笑みへと戻り、二人して我が子にを送る。
『この子は誰よりもされる子になるわ。神様にだって。だから、これがこの子の名前。神かみあ。神様にされし子』
『いい名前だね。でも、なんて、ちょっとの子っぽくないかな?』
『しくらいいいじゃない、可らしくたって』
『それもそうだね』
二人は子供に名前を與え祝福した。我が子の誕生を。神様からの贈りを。
夫婦は喜び、これからの未來に思いを馳はせる。楽なことばかりではないだろうけれど、この子の人生に、幸多くあらんことをと心の底から願いながら。
いつまでも、それは続くものだと思われた。
『どうしてこの子には信仰がないの!?』
「はっ!?」
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ベッドの上で目を覚ます。辺りを見渡せば寮の部屋で、天井は二階建てのベッドだった。深夜の薄闇うすやみに自分の荒い息が聞こえてくる。片手を額に當ててみれば、手の平が汗でべっとりだ。
「……夢、か」
から力が抜ける。ふぅーと息を吐き、ベッドに預けたが力だつりょくしていく。
昔の夢。いつの夢を見たところでよい夢なんか期待出來ないが、よりにもよってあんな夢なんてな。
家族の夢。俺が、一番見たくない夢だ。
母親は高尚こうしょうな信仰者で、神に謝し神理しんりをしているようなだった。
 だからこそ無信仰者というのがけれられなかったのか。拒絶され、日に日に病んでいく母親は見るに堪たえなかった。
父親は気弱な格で心配の妻家あいさいかだった。神を患わずらっていく妻を優先してか俺とは積極的に関わってくることはなかった。
 けれど息子に対する負おい目もあるらしく、俺を憐あわれむ目を忘れたことがない。
両親は、いつも不幸だった。それが自分のせいだということに、俺は一人絶していたんだ。
生まれなかった方が良かったのか? 違う。常に自分に言い聞かせて、世界中から嫌われようが生きてきた。誰もが俺を拒絶しても、俺は生きていてもいいんだと決めつけた。
そう思わないと、やっていけなかったんだ。
力にだんだんと心が落ち著いてくる。夢の余韻よいんは薄れていき漠然ばくぜんとなる。それでも悪夢の景じょうけいは、忘れるなよ、と脅迫きょうはくしてくるようだ。
目を瞑つぶる。涙はない。
ただ、こんな夜だけは誰かに傍にいてしい。そう思ってしまうのは心の弱さだろうか。
ったく、けないよな。ざまあない。
「え?」
その時突然手を握られた。なんだと思い見上げれば、そこにいたのはミルフィアだった。
「ミルフィア?」
「はい」
聲は安らぎに満ち、鈴のように明がある。
窓から差し込む月だけが明かりとなってミルフィアを照らしている。しい金髪が月によって輝いていた。
まさか、このタイミングで手を握られるとは思わずが飛び跳ねる。
「どうして」
「主が、苦しんでいるようでしたから」
ベッドからだらりと下がる片手をミルフィアの小さな両手が包み込む。溫かく、心にまで伝わってきそうな微熱びねつをじる。
「汗をかいているようですね。すぐに濡れたタオルを持ってきます」
そう言ってミルフィアは一旦離れた。寮の部屋は基本的に生徒の二人一組だが俺には同室相手はいない。ここには俺とミルフィアの二人きりで、ミルフィアは水面臺でタオルに水を含ませている。
ベッドに腰を掛け、すぐに戻ってきたミルフィアからタオルをけ取った。顔を拭けばひんやりとした冷たさが心地いい。
「ありがとな」
「いえ」
ミルフィアは正面で片膝をつき、褒め言葉に頬を緩ゆるませている。満足そうな表だが、奴隷の姿勢を貫くミルフィアに晝間の出來事が思い出される。
「ミルフィア、隣座れよ」
「いえ、私は」
「いいから座れって」
強引ないに「では、失禮します」と小さく頷いてミルフィアが隣に座る。俺は顔を前に向けた。そして、しばらくしてから話し出した。
「……親に、捨てられた夢を見たんだ」
獨白どくはくは細く弱々しい。気持ちが沈んで、なかなか上がらない。
「一人には慣れてたと思ったが、未だに引きつっているんだな」
自分で言うのもあれだが、俺にしては珍しい弱音だった。久しぶりに見た夢にずいぶんと傷心(しょうしん)したらしい。
「大丈夫です」
穏やかな聲が聞こえ、俺はそっと振り向いた。
「私は、たとえ何があろうと主のお傍にいます。これからもずっとです」
優しい言葉。ミルフィアはいつも俺のことを思ってくれる。
「大丈夫です、主は一人ではありません。私がいますから」
彼の優しさを利用するようで卑怯な気はしたが、同時に嬉しかったんだ。その優しさに不意に瞼の奧が熱くなる。そんな俺をミルフィアは微笑みながら見守っていた。
優しい奴だ。謝してるよ。今日も俺を守ってくれた。
すべてが敵のあの場所で。
お前だけは、俺を助けに來てくれたんだよな。
嬉しかったよ。
そこで俺は思った。
じゃあ、代わりに俺がお前になにをしてやれるだろう。なにが出來るだろう。
そう思った時、ある考えが過った。
それは、奴隷を止めさせることだった。そうすれば彼は今よりも幸せになれるはずだ。なら、どうやって奴隷を止めさせるか。よく分からないが、でも。
友達になれたら、それはきっと奴隷を止めさせられた、ということじゃないだろうか。
そして、友達になる方法は晝間聞いたあれがある。
黃金おうごん律りつ。
本當にこれで友達ができるなら。無信仰者っていう、俺なんかでも友達ができるなら。お前と友達になりたい。そして奴隷なんか止めさせたい。本気でそう思った。
だけど、そこで疑問が浮かんだ。
黃金律おうごんりつってどうすればいいんだ?
ヨハネが言っていたこと。自分がされて嬉しいことは相手にもしてあげ、自分がされて嫌なことは相手にもしない。
もしミルフィアと友達になりたいのならされて嬉しいことだ。じゃあ、俺がされて嬉しいことってなんだろうか。
うーん、くそ、分からん。しかしだ、要はミルフィアが喜べばいいんだろ? ならミルフィアがされて嬉しいことってなんだろうか。どうやってミルフィアを喜ばせる?
再び考える。
「そうだ!」
そこで、あることを思い出した。
「ミルフィア、俺たちが出會った日って覚えてるか?」
「はい」
突然の質問にミルフィアが々驚きながら答える。そうだ、思い出した。
俺たちが出會った日。それは、ミルフィアの誕生日でもあった。
ミルフィアはいろいろと謎の多いやつだ。それは誕生日も。彼曰いわく俺たちが出會った日に生まれたらしい。意味はよく分からないが、そういうことで俺たちが出會った日がミルフィアの誕生日ということになっている。
「えっと、今日って何日だ?」
ミルフィアの誕生日。その日は覚えてる。四月の七日。
すでに十二時は過ぎてる。となると今日の日付は……。
俺はカレンダーを探すが、さきにミルフィアが教えてくれた。
「今日は四月の四日です、主」
「四日!?」
てことは、あと三日しかない? いや、使えるのは実質二日だ。
ミルフィアを奴隷から止めさせると決めたはいいが、機會となる誕生日まではあと二日。それだけの間にしなければならない。
そんな、マジかよ……。
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