《天下界の無信仰者(イレギュラー)》狂信化

「信仰心が自制心を超えたのよ! 信仰心が暴走して、理が働いてない。その分信仰心が無秩序に増大するけど、とても危険だわ!」

耳をつんざく大聲はもはや獣のようで、悪い何かに憑りつかれているようだ。暴れる勢いで銀二ぎんじはぶが、途端に片手を前に翳した。

「我が神リュクルゴスよ、我に力を貸し與えたまえ。至上しじょうの神理しんりに、我が心を捧げん」

それは詠唱。神託しんたくぶつを出現させる時特有の準備作だ。

「神託しんたくぶつ招來しょうらい!」

銀二ぎんじは現れるの像を手に摑み信仰心を実化させる。

「三牙槍さんがそう!」

銀二ぎんじは神託しんたくぶつを手に取った。そこにあるのは矛先が三つある長槍。刃が十字になっている。さらには刃を青い炎が覆っていた。

「強くならなければならない! 誰よりも強く! 俺より強いものなどあってはならない! 死ね、俺以外が死ねば、俺が最強だぁ!」

見開かれた瞳はもはや誰も見ていなかった。目につく者から襲い掛かり、仲間だろうがお構いなし。近にいたというだけで斬りつけていく。

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「た、助けてくれえええ!」「熊田さん、正気になってくださいよぉお!」「逃げろ、襲われるぅ!」

銀二ぎんじの狂態に仲間は悲鳴を上げて逃げ出していく。

おい、かなりやばいんじゃないのか!?

銀二ぎんじは逃げる仲間を追おうとはせず、今度は俺に向かって襲いかかって來た!

「死ねぇええ!」

くッ!

「雷切心典らいきりしんてんこう!」

「加豪かごう!?」

迫る十文字槍の刺突。それを止めたのは、橫からった加豪かごうの雷刃だった。

「離れてなさい神かみあ! 本當に危険だわ!」

「でもそれじゃお前が!」

「私はいいから!」

俺の心配を払い除け加豪かごうが銀二ぎんじの前に立つ。俺を庇う形で、瞳には加豪かごうの力強い背中が映っていた。

「シネエエエ!」

銀二ぎんじはぶと槍を構える。暴な言は自意識があるのかも疑わしい。

「自分の弱さを認められないなんてッ。琢磨追求たくまついきゅうの一人として言うわ。あなたは間違ってる!」

信仰が暴走している銀二ぎんじに加豪かごうは吠えた。神の力を握る両手は力強く、目の前の狂信者に刃先を突き付ける。

両者の神託しんたくぶつが並ぶ。そして、激闘の火蓋が切られた。

加豪かごうの剣撃と銀二ぎんじの刺突が錯する。舞臺は渡り廊下の外、校舎間の固い地面に移る。剣風と熱波が空間をかき混ぜ炎熱えんねつと雷らいこうが舞する。木々が大きく揺れ地面が焦げた。電撃の破裂音は離れていても凄まじく、鼓を太鼓のように叩いてくる。

「加豪かごう!」

心配から聲を掛けるが加豪かごうから返事はない。それどころではないのは見て分かっているのに、なぜか口がいてしまう。

「くそ、どうする!?」

渡り廊下から二人の戦いを見つめる。信仰者の戦いに無信仰者の俺が加勢しても足手まといになるのは目に見えている。では助けを呼びに行くべきか? だが、加豪かごうを一人殘すのも気が引ける。くそ、どうすればいい!?

そこで思い浮かぶ顔があった。

ミルフィア。あいつに頼めば助けになってくれるはずだ。俺が呼べばすぐにでも現れるだろう。

でも、それでいいのか? なにか困ったことがあればミルフィアに戦わせるって、それじゃまんま奴隷じゃないか。

良い訳がない。もう何度も助けてもらったんだ、いつまでもあいつに頼ってはいられない。俺がなんとかしないと!

「ウオオオオ!」

俺の意識を引き起こすように銀二ぎんじのびが上がる。

加豪かごうと銀二ぎんじの間で激しい戦闘が繰り返されていく。互いに扱うのは神託しんたくぶつ。神の力の一つ。

銀二ぎんじが放つ攻撃はただの刺突じゃない。纏う焔ほむらは巨大で、たとえ刃を躱しても炎で焼かれる。加豪かごうは刺突を刀で弾くが同時に捌きも行っていた。それでも完全ではなく、熱波が皮を焼く。銀二ぎんじの槍の軌跡きせきには炎が尾を引き、もはや奴の周囲が高溫の結界だ。

それでも。

加豪かごうは、前に出た。

神の贈りを使うのは銀二ぎんじだけじゃない。加豪かごうの手にも、彼の鍛錬たんれんが生んだ純正じゅんせいの神がある。

「はあああ!」

加豪かごうが気炎きえんと共に刀を振り下ろす。瞬間、稲妻が鳴り響いた。

から迸る電流が銀二ぎんじを襲う。全躙じゅうりんする電の苦痛に悲鳴が起こる。さらに加豪かごうは斬りつけた。真上からの渾の一撃。銀二ぎんじもすぐに槍でけ止める、が。

「ギャアアア!」

は電気を纏う雷刃らいじん。接すれば當然電する。加豪かごうの神託しんたくぶつ、雷切心典らいきりしんてんこうの真髄と言えるだろう。躱しても迸る電流が襲い掛かり、け止めれば雷の奔流ほんりゅうが防を無視する。

いける。俺でなくともここにいる人間なら誰しもそう思うはずだ。

「グオオオオオ!」

しかし、加豪かごうの電撃に苛さいなまれる中、銀二ぎんじがんだ。それは悲鳴なんかじゃなく、戦意の咆哮ほうこうだった。

戦うことしか頭にない。それしかないんだ。

それは理を捨て神理しんりに埋もれ、人ではなく『信仰そのもの』になっていくような、そんな印象。

もしそうなら、信仰心の上昇は止まらない。神理しんりに近づけば近づくほど、歪ながらも銀二ぎんじは神化しんかによって強化されていく。

銀二ぎんじが片手を槍から放した。力盡きたのか? 違う。

銀二ぎんじはさらに、二本目の三牙槍さんがそうを取り出したのだ。

「くっ!」

銀二ぎんじが加豪かごうの刃を押し返す。その隙に二本目を橫に薙なぎ、柄の打撃が加豪かごうの橫腹を急襲した。

「がぁ!」

「加豪かごう!」

顔を顰め加豪かごうが膝をつく。それで迷いが吹っ切れた。考える暇もなく、俺は渡り廊下から飛び出した。

「ふざけんなよてめえ!」

全力でかす。加豪かごうを守る気持ちと敵に対する怒りが足を走らせる。

「來ちゃ駄目神かみあー!」

加豪かごうの必死な制止も無視して二人の間に立ち塞がる。俺は拳を構えて銀二ぎんじを睨んだ。対決に気持ちが荒ぶる。加豪かごうを背にして、負けられないと闘志がふるえた。

間を空けず、銀二ぎんじの槍がびる。躱して懐に踏み込もうとするが、しかし、無駄だった。

速い。狂信化きょうしんかによって放たれた槍は目から消え、視認出來ないほどの速さだ。やばい!

「そこまでです、武を下ろしなさい」

瞬間だった、矛先が眼前で止まったのだ。俺はすぐに離れ、固まっていた顔をそっと橫に移す。そこにいたのは、

「ミル、フィア……」

小柄なに金髪をした小、ミルフィアだった。

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