《天下界の無信仰者(イレギュラー)》暴徒
瞳には怒りではなく威圧を宿し、表は侮蔑ぶべつではなく威厳を放ち、そして敵の刃を、片手で摑んでいた。
驚いた。ミルフィアは神託しんたくぶつの炎を意に介すこともなく槍を摑んでいる。それに相手は狂信化きょうしんかで強化され、神託しんたくぶつの一撃は目でも追えない速さだったのに。それを、片手で容易く摑むなんて。
「グオオオオ!」
銀二ぎんじは獣の聲と共に槍を押し込んでくる。突然現れたミルフィアに驚く素振りは見られない。一心不に槍を押し込む。
だが、一ミリも進まない。銀二ぎんじの足は地面を耕たがやすだけで、一向に前には進めないでいた。
そんな奴を前にして、ミルフィアは冷厳な目つきで宣告する。
「下がりなさい愚か者、王の前です」
言葉の後、ミルフィアが手に力をれる。
それで、刃が砕け散った。
「グオオ!?」
神託(しんたくぶつ)を破壊する。理のない銀二ぎんじでもこの事態の異常を理解したのかミルフィアから間合いを取った。すぐに新たな槍を出し、二本の神託しんたくぶつの矛先がミルフィアを狙う。
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「ミルフィア、俺は、その」
背中を向けるに、俺は掛ける言葉が見つからなかった。またも、俺はミルフィアに助けられてしまった。なんて言えばいい? 迷ばかりかけて。こんな時、なんて言えば。が苦しい。
「主、大丈夫です」
なのに、ミルフィアは俺に振り返り、微笑んでくれたのだ。
「ミルフィア、危ない!」
それを嬉しいと思う間もなく、銀二ぎんじが飛び掛かってきた。背後を振り向いた隙を突いた、完璧なタイミング。
しかしそれを以てしてもあまりある、ミルフィアの絶技ぜつぎが閃ひらめいた。
迫る一撃。それを見もせずに、ミルフィアは摑んだのだ。それは直か、はたまた別のなにかなのか。
ミルフィアは走り俺から離れる。銀二ぎんじも後を追うが、それでも銀二ぎんじの放つ両の槍撃は止まらない。それはもはや刺突ではなく壁だ。刃と炎の制圧攻撃だ。そもそも躱せる空間がない。逃げ場がない。これでは突かれるか、燃やされるかのどちらかだ。
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しかし、そんな中でもミルフィアは健在だった。
れ突く矛を全て見切り最小限のきで躱していく。炎熱の余波には躊躇うことなくを曬して。なのにには火傷が見られない。
針地獄と炎獄えんごくの中を、ミルフィアは悍せいかんな目つきのまま進み出した。
歩く、近づく。間合いが狹まる。
ミルフィアは片手を上げた。片手はそのまま振るわれて銀二ぎんじを襲う。頬に直撃したのはの張り手一発。
それだけで、ミルフィアを大きく上回る銀二ぎんじの巨は吹き飛び、土煙を上げ地面を數回転がっていった。
「まじか……」
すごい。ミルフィアの力は一線を越えている。
「グゥウ……」
銀二ぎんじが起き上がる。獣のような聲をらしミルフィアを見つめる。それでも今までのような勢いはなくなっていた。
警戒しているんだ、それほどミルフィアは強かった。不意を突かれたとはいえ加豪かごうでも苦戦したのに。それをこうも。
ミルフィアに守られている。それを実するたび不安がなくなり落ち著きを取り戻していく。
しかし張が緩んだ俺を、銀二ぎんじが睨んだ。
「ガアア!」
危機が全を這い上がる。まずい! 槍が投擲とうてきされた。
躱せない。速すぎる攻撃に反応できない――
「主ー!」
迫る神託しんたくぶつの一投。直撃を前にミルフィアのび聲が聞こえた。そして目の前に彼の背中が現れて、槍をけ止めた。
「ミルフィア!?」
腰から地面に転んでしまったためにミルフィアを見上げる。どうやらミルフィアは両手で摑んでいたようですぐに槍を投げ捨てた。
しかしすぐに二撃目が飛んできた。銀二ぎんじは神託しんたくぶつを出すなり投げつけ、ミルフィアを遠距離から攻撃してきたのだ。何度も何度も、投げては出し投げては出し、連撃(れんげき)が止まらない。
ミルフィアの防戦一方だった。投擲とうてきされる全てを摑んでは捨ての繰り返し。躱せないんだ、俺がいるから。ミルフィアの背中に隠れているから無事でいるものの、ここから出れば即座に串刺しだ。
ミルフィアの防戦に銀二ぎんじが突撃してきた。神託しんたくぶつ一本を両手で握り、橫薙ぎしてきたのだ。
「ぐっ!」
ミルフィアが両腕をえてける。躱せば俺に當たる。だからけず、をていして俺を守ってくれた。
それをいいことに銀二ぎんじの攻撃は止まらない。何度も何度も、強打がミルフィアを襲う。
「もういいミルフィア、離れろ!」
んだ、小さな背中に向けて。なのにミルフィアは退いてくれない。いつまでも俺のために攻撃をけて。
ふざけんな。
ふざけんな。
ふざけんな!
なんだよこれは、なにしてるんだよ俺は!?
なんで、大事なの子一人救えないんだ!?
「そこまでよ」
すると銀二ぎんじの背後に加豪かごうが回り込んでおり、雷切心典らいきりしんてんこうを振り上げていた。
「さっきの比じゃないから、覚悟しなさい!」
刀に電流が渦巻いている。言葉の通りさっきまでとは電量が違う。もしかして、今までこれを溜めていたのか。
加豪かごうが神託しんたくぶつを振り下ろす。刀は峰打ちだったが襲うのは極大の電流。肩を打たれた銀二ぎんじからがり切れそうな悲鳴が上げる。全を痙攣けいれんさせた後直すると、背後に傾き倒れていった。巨が地面に落ちドンと音がなる。
決著がついた。張が解け、代わりにドッと疲れが押し寄せてきた。
「なんとか終わったわね、大丈夫?」
「俺は平気だ。それよりもミルフィア! 大丈夫か!?」
すぐに起き上がりミルフィアに聲を掛けた。あんな攻撃を何度もけて、平気なはずがない。
「大丈夫です、主。私は平気ですから」
ミルフィアが振り返り、そう言って微笑んだ。だが、見れば腕にあざがあり青く腫れていた。
「でもお前、腕怪我してるじゃねえか」
「これくらいでしたらすぐに治りますので。主のご心配には及びません」
そうは言うが納得なんて出來ない。痛かったはずなんだ。叩かれたら誰だって、ミルフィアだって。見ていて、銀二ぎんじの攻撃を耐えているミルフィアは辛そうだった。
俺のせいだ。
俺はミルフィアの腕を後悔の眼差しで見つめる。
だが、すぐにあざがなくなっていった。まるでビデオの早送りのように傷が退いていく。
「お前……」
「大丈夫です、もう治りました」
ミルフィアはまたも微笑んだ。傷を負った原因である俺に。
「それよりも、主にお怪我はありませんか?」
大きな瞳が俺を向く。戦闘中の冷徹れいてつな視線とは打って変わって、ミルフィアの向ける眼差しは憂うれいに満ちていた。純粋な心配を映す両目は寶石のようにきれいだ。
「ああ。お前のおかげでな」
でも返事はどうしても暗くなる。俺のせいで傷ついたのも同然なのに、俺の心配までして。
「そうですか。主がご無事でなによりです」
だっていうのに、俺が無事だと知ってホッとして、笑顔まで見せて。そんな仕草がらしかった。
「あ、その、ごめんなさい。私がついていながら」
そこで神託しんたくぶつを消した加豪かごうが近づいてきた。それを察しミルフィアが前に出る。すぐに表を引き締め加豪かごうを警戒していた。
「ミルフィア、大丈夫だ」
そんな彼を言葉で制し、俺はミルフィアに説明した。
「いいんだミルフィア、最初はいろいろあったがもう和解わかいしたんだ。だからそんなに警戒しなくてもいいさ」
「はい、そういうことでしたら」
納得したミルフィアは構えを解き、表からも険しさが退いていく。そのまま加豪かごうと向き直った。
「さきほどは失禮しました。ミルフィアといいます。主の危機をじたので現れましたが、それはあなたではありませんでした。ですので謝罪は不要です。むしろ謝を。主のために戦ってくださりありがとうございました」
「別にいいわよ、ミルフィア。それに私も助かった、ありがとう。私のことは呼び捨て構わないわ」
「はい、加豪かごう。改めてありがとうございまいた」
小さくお辭儀するミルフィアに加豪かごうは苦笑する。最初は敵対てきたいしていも、傍から見ている分には仲が悪そうには思えなかった。一度は戦った仲で想い通ずるところでもあったのか、徐々に接していけば友達になれるんじゃないだろうか?
そんな希的な目で二人を見つめていた。
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