《天下界の無信仰者(イレギュラー)》誕生日
翌日、ついにこの日が來た。
俺は屋上の扉の前に立っている。時刻は晝休憩。扉の曇りガラスが日差しをけて明るい。電燈のついていないここでは目の前の扉は希に繋がるのようだ。
そんな俺の橫には、扉を開ける鍵とも言えるミルフィアが立っていた。
「あの、主。ご用件はなんでしょうか」
俺の意図を測りかねているミルフィアは小首をかしげ、々戸った表をしている。
 今日という日を考えれば察しはつきそうだが、ミルフィアは自分のことは本気で勘定かんじょうにはれてないんだな。
「まあいいから。付いて來いって」
ミルフィアの質問には答えず扉を開く。隙間からが差し込み、全開すればが俺たちを呑み込んだ。
そして、その先へ。
俺はミルフィアをつれ、に満ちた屋上へと出た。青空から降り注ぐ日の下。白い地面の屋上の中央へと進んでいく。
そこにはブルーシートが敷かれ、約束していた三人のの子が座っていた。
「悪い、待たせたな」
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右には赤い髪を靡なびかせ足を折り畳んでいる加豪かごう。奧の中央にはちょこんと張した様子で恵瑠えるが座り、左には苦しくないのか、涼しい顔で天和てんほが正座していた。
 ここには俺たちしかいない。
そして今回の主賓しゅひんに視線が集まった。
「昨日ぶりねミルフィア、今日は誕生日おめでとう」
加豪かごうは気さくに、友達のように話しかける。
「そ、その、誕生日おめでとうございますミルフィアさん! ボクは、栗見くりみ恵瑠えるって言います! 恵瑠えるって呼んでください!」
恵瑠えるはガチガチにを固まらせ、一杯の気持ちで見つめている。
「誕生日おめでとう。天和てんほ。よろしく」
恵瑠えるとは対照的に、天和てんほは簡素かんそにそれだけを口にした。
ミルフィアが見つめる先には、三人、同年代のの子が座り、三者三様に歓迎していた。
「あの、主? これはいったい……?」
狀況が理解出來ていないミルフィアが俺を覗き込む。そんな彼を、俺は笑顔で迎えてやった。
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「なあミルフィア、今日が何の日か分かってるか?」
「はい。私と、主が出會った日です」
「そしてお前の誕生日だ」
ミルフィアを見つめる。ショートカットの金髪はさらさらとしており、青い瞳は俺だけを見つめている。白い服を著た自稱奴隷のは、今も俺のために行してくれる。
だけど今日は違う。特別な日を、もっと特別な日に変えるために。俺はなんとしてでも功させないといけないことがある。ここまできて失敗なんて許されない。
「なあ、ミルフィア」
「はい。なんでしょうか主」
目の前にいるミルフィアは微笑んでいる。俺に聲を掛けられただけで。
「今日はお前の誕生日だ、だから決めたことがある」
ミルフィアは優しい。けれど彼には友達がいない。本當ならたくさんいてもおかしくないのに。
「お前の誕生會を開く。だからお前も參加してくれ」
「私の誕生會ですか?」
ミルフィアにしては珍しい顔だった。目を々見開いて、俺を呆然とした表で見つめている。けれど、すぐにがった。
「ですが、私は」
「いいから。な?」
ミルフィアは奴隷という立場を崩さない。奴隷という関係がミルフィアに後ろめたさを與えている。
それは分かる。けれど、それでも、ミルフィアの忠誠を踏み躙ってでも、俺は誕生會を開くと決めていた。斷固とした意思が、瞳の奧で燃えた。
だって。
嫌なんだ。
もう、お前が傷つくことが。
必ずや通してみせる。俺は目線に力をれて、無言でミルフィアに訴える。
會話が止まる。
俺たちはしばらく見つめ合うが、ミルフィアの口がいた。
「……分かりました。主がそれをむなら」
「マジか!?」
「マジです」
困ったように笑い、ミルフィアは頷いた。
ミルフィアが折れた。奴隷を信條として譲らないミルフィアが、どこか吹っ切れた笑みを浮かべ瞳を閉じる。
ふう、まったく。安心して表から力が抜けていく。けれどすぐに期待が膨らんだ。これで誕生會が出來る。それにミルフィアに友達が出來るかもしれないんだ。
「それじゃ、始めるか」
「はい」
俺は靴をいでシートに座る。その後でミルフィアも靴をぎ、俺の靴を揃えてから正座で座り込んだ。
俺の右隣に加豪(かごう)がおり、正面には恵瑠えるがいる。その橫に天和てんほが座り、俺の左にはミルフィアが座っている。
用意してあった紙コップにジュースが注がれ皆に手渡された。それをけ取り、ここにいる面々を一人ずつ確認する。これまでのことを思い出し、元気よく切り出した。
「みんな、彼が言っていたミルフィアだ。知っている人はいるかもしれないが話したことはほとんどないだろう。そんな彼のために集まってくれてありがとう。本當に謝している」
本來、こんな顔見知り程度での誕生會なんてないに違いない。俺もだいぶ無理を言った。それでも集まってくれたみんなに、本當にありがとうと思う。
加豪かごう、恵瑠える、天和てんほ。ここには約束してくれた三人がちゃんといる。みんなで一つになっているんだ。
そこでふと思った。ここにはそれぞれの信仰者がを作り、そこに俺までもいるんだ。不自然だ、信仰者に混じって、無信仰者の俺までも一つになっているなんて。
こんなこと、今までの人生であっただろうか。
ミルフィアのために參加しているとはいえ、俺が同じ席にいる。ミルフィアがいない時は、ずっと一人で嫌われてきたこの俺が。
そんな俺が、誰かと一緒にいる。まるで普通の人のように。孤獨だった無信仰者という人生で、まるで――
俺にも、友達ができたみたいだ。
ずっと、ずっと、ずっと、このまま皆から嫌われて生きていくのかと思ってた。なのに、今、誰かと一緒に過ごしているんだ。
黃金律(おうごんりつ)に従ってミルフィアのためにいていたら、いつの間にか、俺にも友達のような仲間ができていたんだ。
あれ、なんだろうな、これ? から、何かが込み上げる。
「…………」
視界に映る三人。誰かと一緒にいるという現実に、俺はが熱くなった。
「? ちょっと神かみあ! あんたなに泣いてんの?」
「え?」
「主? 大丈夫ですか?」
「いや、泣いてねえよ!」
加豪かごうから言われ慌てて目をる。ミルフィアも心配してくるが追い払った。
「神かみあ君どうしたんですか? 理由もなく死にたくなったんですか? 大丈夫です! ボクも時々ありますから!」
「ちげえよ。そしてお前は病院行ってこい」
「宮司みやじ君、私のことをうさぎさんだと思って抱き付いていいわよ」
「いやだわ」
俺はなんとか気持ちを落ち著ける。こいつらのギャグなのか本気なのかよく分からないやり取りに助かった。心配は増えたが。
「それじゃあミルフィア、お前からなにかあるか?」
「それでは」
俺は左隣にいるミルフィアに話を振ってやる。それでミルフィアは背筋をばし、顔を皆に向けた。
「はじめまして、ミルフィアといいます。この度は私のために素晴らしい場を設けていただき嬉しく思います。こうして皆さまとご一緒出來ることは栄です。ありがとうございます」
そう言ってミルフィアはゆっくりと頭を下げた。
「…………」
どう反応したものか困る。
「ま、まあこういう奴なんだ。分かり易いだろ? それじゃあ早速次にいこうか。こういうのってあれだろ? 初めにやっとくんだよな。えっと、そうだよな?」
俺はコップを持つがなにぶん初めてのことで自信がない。いや、たぶん合ってるとは思うんだけど。
かっこが付かないが、けれど返ってきたのはそれぞれに個のある、溫かな聲援だった。
「はい、主。間違っていないと思います」
「そうよ。てか準備出來てるんだから自信持ちなさいよね」
「神かみあ君、ガンバです」
「宮司みやじ君……、早くして」
「あー、もう! 分かってるよ! それでは」
いろいろ思うところはあるが、コップを持った手を上げた。それに倣い、全員がコップを掲げる。そして、皆で當て合った。
「ミルフィア、誕生日おめでとう!」
乾杯。
明るい一聲が青空の下に広がると共に、ジュースを皆で飲んでいく。その間俺はじていた。こうしてミルフィアの誕生會を開けたこと、そこに俺がいること。これがどれだけ素晴らしいことか。
傍から見ればちっぽけな集まりだろうさ。でも、これでいい。ワイングラスが響き合う高級さもなければ灑落た音楽もつまみもない。けれど十分。十分なんだ。
こうして誰かといるってだけで、ずっと一人だった俺には幸せだって、そう思えるから。
俺はジュースを全てに通し、充実した気持ちをにコップを口から離した。ああ、最高だ!
だが。
そう思った瞬間だった。
気づいた時、希溢れる記念日は圧倒的絶に変わっていた!
「…………え?」
あれ、なんだろう。誕生會ってあれだろ? 會話が弾み明るい笑い聲。そんなじだろ?
しかし皆は黙ったまま。無言。無口。沈黙。この場を覆う、圧倒的沈黙!
しまった! 何を話すのか考えてねえ! 中空っぽじゃねえか!
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