「神かみあ！？」

「神かみあ君！」

「宮司みやじ君……」

俺のセリフに三人の聲が聞こえる。でも、これしかない。

「待ちなさいよ神かみあ！　あんた、それでいいわけ！？」

しかし加豪かごうが大聲で止めてきた。許せないのか、必死な聲が背中にぶつけられる。

「仕方がないだろう！　無関係なのに、これ以上他人のお前らを巻き込めるか！」

「ふざ、けるなあ！」

「なっ！？」

返ってきた加豪かごうのび聲に驚いた。こっちは心配で言ってんのに、なんで怒られたのか分からない。

振り返れば、加豪かごうは今も倒れている。痛々しい姿だが、加豪かごうはき出したのだ。さらにはを持ち上げ、立ち上がった。

「あんた、今までなんのために頑張ってきたのよ？　どれだけ我慢してきたのよ？　それが、全部無駄になってもいいわけ！？」

髪はれ表は痛そうに引きつっている。重傷の有様だが、加豪かごうは一歩を踏み出した。

「私たちのこと、どう思ってるの？　あんたが犠牲にならないと守れないほど、弱いって思ってんの？」

ゆっくりと加豪かごうが近づいてくる。まるで赤ん坊のようにゆっくりと。驚く速さじゃない。だけど目を奪われた。怪我を引きずり歩く姿が、一歩を踏み出す足が、熱い思いを伝えてくるから。

けない。その気迫に、気圧される。

加豪かごうは挫けそうなを支えて、再びんだ。

「もっと信じなさいよ！　無信仰者だって、『友達』なら信じられるんでしょう！」

「！？」

気づけば、加豪かごうは目の前にいた。ここまで來るまでどれだけの痛みに耐えたのか。それでも加豪かごうは辿り著き、神託しんたくぶつを持った手とは反対側。負傷している腕を振り上げた。

「無関係とか言うな！　他人なんて言うなこの、バカァッ！」

それは平手などという可ものじゃない、本気の拳骨だった。頬に拳がめり込みが傾く。だが、すぐに倉を摑み引っ張られた。顔が近づく。息が鼻に當たるほど、加豪かごうの顔は目の前にあったんだ。

「私たち、友達なんじゃないの？」

真っ直ぐ加豪かごうが見つめてくる。痛みも忘れて、見る。

「とも、だち……」

そう言われた時、が震えたんだ。

無意識に使うのを避けていた。だってそれは、絶対に手に出來ないと思っていたから。

昔から、ずっと友達がしいって思ってた。周りが羨ましくて、憧れて。俺もあんな風に笑えたらどれだけ楽しいだろうって。だけど俺は無信仰者で周りは信仰者ばかり。だから思っていた、俺に友達なんて絶対に出來ないって。

なのに。

「違うの？」

「それは……」

言葉に詰まる。俺は加豪かごうの視線から逃げて、二人に振り向いた。

「おい、お前らはいいのかよ！　こいつにこんな勝手言わせてて！？」

倒れている二人に聞く。無信仰者で、誰からも嫌われてて。ずっとこうだと思ってた。そんな俺でもいいのか？

「神かみあ君、なにか誤解してませんか？」

そう言う恵瑠えるは、足の痛みに耐えながら笑っていた。ものすごく痛いはずなのに。

「仲良くなれたって、言ったじゃないですか。あれ、友達って意味なんですよ？」

「て、天和てんほはッ！？」

「ずっ友」

相変わらずの無表で、天和てんほもそう言ってくれた。

加豪かごうが俺から離れる。それで三人を見渡した。俺のためにここに來てくれた、三人の顔を見つめる。

「お前たち、俺を友達だと、言ってくれるのか……？」

質問に、加豪かごうは不敵に笑い、恵瑠えるは微笑み、天和てんほは頷いた。

「當然でしょ」

「神かみあ君、ボクたちもう友達ですよ！」

「宮司みやじ君、……私たちはの同志よ」

この際天和てんほの言葉は無視しよう。

嬉しかった。手にしたかったものが、いつの間にかできていたんだ。出來ないと思っていたものが、出來ていたんだ。

「ねえ神かみあ、あんたがどれだけ頑張ったのか、私は知ってる。みんな知ってる。だから諦めるな！　ねえ、あんたのみってなに？　本當は、どうしたいの？」

「俺は……」

「これでいいの？」

問いに俺は悩んだ。自分はなにがしたくて、なにがしかったのか。

「友達になりたかったんでしょう？　なら、あんたがするのはこんなことじゃない。神かみあのみはなに！？」

「俺はッ！」

俺がしかったもの。ずっと願っていたもの。それは友達だ。では、誰に友達になってしかったのか。誰よりも近にいて、最も親しく接してくれた人とは誰なのか。

それは、彼だ。

金髪のショートカットをしたの子、ミルフィアの姿が頭の中に現れた。聖のような気品があって、微笑む姿は誇らしそうで、たまに幸せそうにはにかむ。彼と、俺は友達になりたかったんだ。

しかし、ミルフィアとどうやって友達になればいいのか。俺でも出來ることとはなにか。思いつくものはないが、しかし決してないわけじゃない。俺にもできて、友達を作れる唯一の方法。

黃金律おうごんりつ。

自分がされて嬉しいことは相手にもしてあげる。それをすればミルフィアとも友達になれるかもしれない。では、ミルフィアがんでいるものとは？

「あ」

そこで気づいた。初めて気が付いた。こんなにも簡単。答えは初めから知っていたのに、ずっと気づけなかった。

そう、答えなど分かり切っている。ミルフィアのんでいること。それはたった一つ、昔からたった一つだけだった。

奴隷になること。ミルフィアはそれだけを願い続けていたんだから。

でも、ミルフィアを奴隷にしようとはしなかった。それはひどいことだから。

友達になってしかった。ミルフィアは奴隷として扱ってしかった。互いに相手を思いやり、結果すれ違って葉わない。まるでコインの裏表だ。相手を大事に思っているからこそ、二人はずっとすれ違ってきたんだから。

「そろそろよろしいですか？」

俺と加豪かごうの問答が終わった頃合いを測り、ヨハネ先生が聲を掛けてきた。背後から聞こえるそれは攻撃の合図でもあり、死刑執行の告知こくちでもあった。

「宮司みやじさん、あなたはどこまでいっても無信仰者だ。あなたを野放しにすればその場で爭いが起こりかねない。殘念ですが、私の結論は初めから変わりません」

ヨハネ先生の後ろで神託しんたくぶつが大剣を振り上げる。天井に當たるすれすれまで持ち上げ、殺意に満ちた目が睨み付けてくる。

「それでは、さようなら」

「神かみあ！」

「神かみあ君！」

「宮司みやじ君？」

剣が振り下ろされた。一撃必殺の重量が頭上に落ちてくる。

「俺は！」

その最中、俺は悩んでいた。見つけた答えをどうすればいいのか。奴隷の肯定、認めがたいみを葉えてしまっていいのか。

しかし、それこそがミルフィアの願いなんだ。俺が友達をむ気持ちと同じように、あいつも奴隷をんでいるはずだから。みを葉えてあげれば、人は喜ぶ。

自分がされて嬉しいことは、人にもしてあげる。

それこそが、黃金律おうごんりつの教え。

「命令だ！」

俺は、んだ。大聲を轟かせ、目前まで迫る大剣を見上げて命令する。

「俺を助けろ、ミルフィアぁあああ！」

腹の底から聲を張り上げて言葉を発した。ここにはいない者に向けたその命令。虛空(こくう)に発せられたそれに、本來ならば返ってくる答えはないはずだ。しかし――