《天下界の無信仰者(イレギュラー)》顛末

今日は日曜日の晝下がり。教室には當然生徒の姿はなく職員室にも人はぜんぜんいない。ここにいるのは俺と、目の前で座るヨハネ先生との二人だけだった。

ヨハネ先生の席は窓際で日差しをもろにける。太と同じくらいにヨハネ先生の微笑が映えるが、俺は張しながら隣の席に座っていた。いや、自分が座っている席が教師だと思うと気が気がじゃないっていうかさ。それに職員室という場所も落ち著かない。

まあ、固まってても仕方がない。なんか話でもするか。

「そういえば、あの事件が起こってからだいたい一週間くらいだよな。先生はお変わりなく?」

「ええ、それはもう」

それで會話を始めたわけだが、話題として挙がるのは當然あの事件のことだった。ここに俺がいるのも、間接的には事件があったからだ。

ヨハネ先生が狂信化(きょうしんか)した事件から一週間ほどが経った。それからは平穏な學校生活が続いているが、忘れるには重すぎる過去だ。

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「いやー、けない話、今回の件については宮司(みやじ)さんたちにはひどい思いをさせてしまいましたね。まさか私自が狂信化(きょうしんか)とは。そこまで思い詰めていたつもりはなかったのですが、やれやれ、なってみないと分からないものだ」

事件が起こる前のヨハネ先生の様子はどこか悪かったが、今思えば狂信化(きょうしんか)の予兆(よちょう)だったんだろうか。

まあ、いろいろあったが無事に済んで良かった。そんなヨハネ先生に俺は意地悪っぽく言ってやる。

「昔話みたいに気楽に話しやがって。こっちは殺されかけたんだからな?」

「いえいえ、とんでもない。申し訳ない、本當にすみませんでした。反省していますし、私だって二度とごめんですよ。あのままなら私は完全に理を失くし狂騒(きょうそう)していたでしょう。そうなれば私の人生はお終いでした。まったく恐ろしい……。宮司(みやじ)さんには、助けられた、ということになりますね」

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「やったのはミルフィアだがな」

ニッコリ笑うヨハネ先生に俺は窓に視線を移す。ここにはいないミルフィアを思い浮かべ、彼の行いに謝した。

狂信化(きょうしんか)は信仰心が理を破るほど増大した時に起こる現象だ。ならば信仰心が低下すれば狂信化(きょうしんか)も収まる。ミルフィアの布教(ふきょう)によりヨハネ先生の信仰心は下がり、結果狂信化(きょうしんか)から回復した。

「幸いヨハネ先生が狂信化(きょうしんか)したのを知っているのは俺たちだけだからな。黙ってりゃ済む話だし」

ひどい目には遭ったが責める気にはなれない。ヨハネ先生の狂信化(きょうしんか)の原因が俺のためだった、という気持ちもある。他の三人もそれは汲んでくれていて、誰一人反対する者はいなかった。まったく、本當にいい奴らだよ。

「いやいや、ありがとうございます宮司(みやじ)さん。いえ、宮司(みやじ)さま~」

「止めろぉ! 離れろ気持ちわりい!」

いきなりヨハネが俺の手を取り頬ずりしてきたのだ。しかし気悪いだけなので強引に押し返す。頬ずりしてきた片手をズボンでゴシゴシと拭きつつ、確認するように睨む。

「その代わりだ、俺たちは黙っとくが」

「ええ、條件ですね。それも滯りなく。宮司(みやじ)さんもすでに合否(ごうひ)は知っているのでしょう?」

頬ずりを拒絶されたヨハネは口先を尖らせてくるが、俺からの問いに表を戻す。それは笑顔で、條件という言葉にも嬉しそうだった。本來なら引き換えの條件なんて嫌なことだろうに。

だが、自分で押し付けておいてこの條件、ヨハネ先生が笑うのも分かる。

「ミルフィアさんの編手続のこと」

ミルフィアを學園の生徒にすること。それが俺の出した條件だった。

「ミルフィアさんを正式に生徒にしてくれ、ですか。優しいですねえ、人のため、ですか?」

「うっせえよ」

ヨハネ先生の眩しい笑顔から顔を逸らす。なんというか恥ずかしい。

「宮司(みやじ)さんは素直ではないですね~。ですがまあ、かって良かったですよ。かるとは思っていましてが、ミルフィアさんはあなたよりも不明な點が多いですからね。もしやと過りましたが、ふふふっ」

ヨハネ先生はミルフィアの學について話すが、そこで面白いことでも思い出したのか、抑えきれないように笑い聲が零れ出す。

「宮司(みやじ)さん、あなたも見たでしょう。ミルフィアさんを擔當した面接の反応を。私、心では笑いを堪えるのが大変でしたよ」

「そりゃそうだ」

ヨハネ先生はずいぶんと楽しそうだが、俺は天井を見上げ振り返る。なんていうか、あれは面白いというよりも面接には同するぜ。

「鉄パイプをシャープペンの芯のようにへし折ったら誰だってビビるぜ」

「ミルフィアさんの神化(しんか)を考慮すればまだまだ可いものですがね。しかし、それで神化(しんか)の高さを評価され合格となりました。これでミルフィアさんも晴れて神律學園、特別進學クラスの生徒です。さらには優秀な信仰者として特別優遇が適用され、奨學(しょうがく)金(きん)の返済(へんさい)は免除(めんじょ)。こういう形に落ち著いてくれてホッとしています」

「それは、まあな」

親の経済的な事もあるのでこうでなければミルフィアの學は実現出來なかっただろう。これ以上にない條件で學出來たことに安堵(あんど)している。

「それよりもですよ宮司(みやじ)さん。私はむしろあなたの方が心配でした。最近は大変だったでしょう。正門には連日記者が押し寄せていましたからね」

「それを張って防いだヨハネ先生一同もな。もしかして、俺また迷かけてる?」

「まさか」

不安になって聞いてみるが、ヨハネ先生は明るく否定する。そのまま視線は俺の腕章へと注がれた。

俺も追いかけるように見つめてみる。そこには、黃のダイヤが誇らしげに刻まれていた。かつては黃金に輝いていたが、今では黃に落ち著き大人しく左腕に垂れている。

「第四の神理(しんり)、王金調律(おうごんちょうりつ)。騒ぎも大きくなるわけです」

「俺としては理解出來ないね。ほっとけばいいじゃねえかよ」

「まあまあ、そういうわけにもいかないでしょう。これは大ニュースですよ?」

三つの神理(しんり)が広がる天下界(てんげかい)で新たな神理(しんり)が現れた。しかも無信仰者だった宮司(みやじ)神(かみあ)ということで、このことは大々的に報道され世界中が注目していた。この出來事に大きな波が起こるんじゃないかと不安も抱いたが、しかし現実としては穏やかなものだった。

「最初はどうなることと思いましたがね。ですが、現れたところでどうしようもないのが現狀で良かったですよ。學園側としても害があるわけでもないですし、このまま様子見、という方針で決まりました。各國も警戒対象としてはいるみたいですが、特にどうこうというわけではないらしいです」

「そっか。そいつは何よりだ」

とはいえ気が重い。背もたれにを預けギギギと軋む音が響く。ため息を零し、疲れが見える聲が空気に溶ける。

やれやれだが、そんな俺へヨハネが改まって質問してきた。

「それで宮司(みやじ)さん。一つお伺いしたいのです」

「んー?」

起き上がる気力もなく緩い聲で返事をする。たいへん失禮な態度だが、ヨハネは咎(とが)めず、それよりも重要そうに話かけた。

「ミルフィアさんは、あなたがこの世界を創った神だと言っていました。このことはまだ誰にも知られていませんが、私はミルフィアさんが噓を言っているようには思えませんでしたし、そして、あなたが神理(しんり)を発現(はつげん)させたことの裏付けにもなっています。宮司(みやじ)さんは、このことをどう考えているのですか? ずばり、自分が神だと、そう思いますか?」

「…………」

ヨハネからの質問にしばらく考える。先生の疑問は尤もで、重大という意味では第四の神理(しんり)が霞むほどだろう。天下界(てんげかい)の常識を打ち崩す、まさに全世界の大問題だ。

俺はじっと考えていたが、結論が決まりがばっとを起こした。その勢いのまま、けれど學校で話す気軽さで話した。

「ハッ、勘弁してくれよ。無信仰者の次は神様だって? おいおい、冗談だろ」

両手を広げ鼻で笑ってやる。そこに構えも張もない。

「俺はそんな風には思ってない。俺は人間さ。普通でいい。普通がいいんだ。有名人でも偉い人でなくてもいい。楽しい友人がいて笑えれば、それだけでいいんだ。嫌だぜ? 何が嬉しくて神様になってお前らの世話しなくちゃならないんだよ」

「ははは」

ヨハネ先生が笑う。神様なんかになりたくないと、ここまで言われればむしろ爽快だろう。

「それに、ミルフィアの言ってることが意味不明なのは前からさ。本気にしないでくれ」

「分かりました。宮司(みやじ)さんがそう言うのでしたら、私もそうけ止めましょう」

それで話は終わり立ち上がった。俺がこの日に職員室を訪れた理由は今後の自分の処遇(しょぐう)を知るためで、それを果たした以上用はない。

「それじゃ、確認したいことは終わったしそろそろ行くわ。実は人を待たせてるんでね。じゃあな、ヨハネ先生」

気楽に挨拶してから扉に向かう。扉を開け出て行こうとするが、そこで頼まれごとがあったのを思い出し足が止まった。

「ああ、それと三人から言伝を預かってたの忘れてたわ。會う度に謝るのは止めてくれ、接しづらい、だとよ」

あれだけのことをしてヨハネ先生も負い目があるに違いない。謝罪したい気持ちは分かるが、好きな教師から毎度謝られるというのも心苦しい。それだけ加豪(かごう)や恵瑠(える)、天和(てんほ)もヨハネ先生が好きなんだろう。

だが、良かれと思っていたヨハネ先生としては心外(しんがい)だったようだ。

「そんな! 私は皆さんに対して――」

「それともう一つあったわ。言い訳は止めてくれ、話が長くなる、だ」

「……それは誰からのですか?」

まるでこうなることを予期していたかのような言伝(ことづて)にヨハネ先生の眉が曲がる。そんなヨハネに向かって、俺は悪戯っぽく笑ってやった。

「俺からのさ」

そして、今度こそ職員室から出て行った。扉を閉めるが、その間際、ヨハネ先生の獨り言が聞こえてきた。

「まったく、教師をなんだと思っているんですかねえ。ですが、初めて會った時よりもいい顔をしている。良かった良かった」

ああ、まったくだ。そして、ありがとうな、ヨハネ先生。

俺は気な気分で廊下を歩く。玄関で靴に履きかえ外に出る。向かう先は正門であり、足をばせば、そこには四人の子生徒が會話する姿が見えてきた。

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