《天下界の無信仰者(イレギュラー)》會議

たちが廊下を歩いていくのをラファエルは見送っていた。彼らの姿が廊下に消えていくのを確認してから部屋へと戻る。

見た目は若く見目(みめ)も麗しい彼だが、正真正銘ラファエルこそがゴルゴダ共和國行政庁の長だ。黒くさらさらとした長髪を優雅に揺らし踵を返す。

扉を開ければそこには國務庁長のガブリエルがいる。彼人ではあるがラファエルとは違いその麗貌れいぼうは男的だ。水の髪に切れ長の瞳は常に厳めしい。

そして。

たちの上に立つ男、金髪の青年、神長ミカエルが奧の席に座っていた。

ラファエルは元いた席へと著く。

「行ったわ。今は奧の部屋で休んでる」

「そうか」

ミカエルは気な聲でそう言った。これだけの面々が集まる場では気を引き締めて當然のはずなのに、この男にはそうした気は一切ないらしい。飄然としていてマイペースだ。

「では話を進めよう。だがその前に、もう出てきていいんじゃないか、サリエル?」

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ミカエルは前方左に視線を向けると聲をかけた。しかしそこにはなにもない。人が隠れる場所もないというのに。

けれど、そこから聲は響いた。

「ハッ、気づいていたか」

男の聲だった。どこか暴な印象を與える聲だった。

聲が響いた後空間から男が現れた。空間自がドアのように、男は突然現れたのだ。

司法庁長サリエル。

サリエルと呼ばれた男の年齢はミカエルと同じくらい。ここにいるのは全員が青年と呼ばれるくらいの年齢だ。

 その誰も彼もが形揃いの例にれず、サリエルの髪はバラのように赤く、薄いレンズのサングラスをかけ、二重の瞳はすっきりしている。

 しかしその目つきと表は軽薄な笑みを浮かべ、全からはいかにも喧嘩が好きそうなオーラを発していた。

サリエルは空間から現れると適當に席へと歩いていく。

「さすがってとこだな、ミカエル」

「殘念だけど世辭はいらん。というより、今のお前を見抜けんようでは話にならないんでね」

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「んだよ、他の連中も気付いてたってか?」

サリエルの問いにガブリエルは相変わらずミカエルに背を向けたまま答えた。

「無論だ」

ラファエルは嘆息気味に答える。

「あなたがいたのは途中からでしょ。まったく、それだけ殺気出してれば空間越しでも分かるわよ。よく耐えてたわね。私はてっきり襲いかかるもんだと思ってたけど」

「ラファエルてめえ、俺が狂犬かなにかだと思ってんだろ」

「あらごめんなさい、そこまでは思ってなかったけど」

「ったく、愉快な同僚に囲まれて幸せだね」

サリエルは椅子を暴に引くと座り込んだ。背もたれに左腕を乗せ足を組む。

ここにはミカエル、ガブリエル、ラファエル、そして今現れたサリエルが座っている。

もしここに他の者がいれば張に目眩すら起こしていただろう。それは慈連立じあいれんりつの高が集まっているというだけでなく、ここにいる四人ともが絶大なまでのオーラを発していたからだ。

ここにいるメンバーは間違いなく慈連立じあいれんりつを代表する信仰者ばかり。それは信仰心が強大ということであり、その神化しんかも格が違うということ。

神理しんりを信仰すれば神に近づく。

ここにいるのは神一歩手前の猛者ばかりだ。

そして、その長たるミカエルが愉悅をじさせる笑みを浮かべ話し出した。

「それでは役者が揃ったところで話をしよう。教皇派がき出した、『計畫通りだ』」

その言葉に躊躇いはない。こうなることは初めから分かっていたとミカエルは言ったのだ。

そして、それに驚く者は一人もいない。

ミカエルの発言にサリエルが質問した。

「だが、いくらなんでもきが早いんじゃねえのか?」

「おそらくラグエルだな」

「なるほど」

ガブリエルの推測にサリエルはつまらなそうな顔をして納得した。

「殘念なことに誤差があったことは認めるがそれも軽微に過ぎない。現狀において計畫に変更はない」

「ちょっと待てよ」

ミカエルの言葉にサリエルは口を挾むと、視線をミカエルから対面にいるガブリエルに向けた。

「おいガブリエル。お前、あいつに変な護衛ごえい付けただろ、何故だ?」

サリエルの言うあいつ。それは學生の分で自分たちと親しい関係にある人のことだ。

栗見くりみ恵瑠える。

恵瑠えるはサリエルとも面識があった。実際に會って話をしたこともある。

普通はあり得ない。いったいどういう経緯があればこれほどの重役と顔見知り以上の間柄あいだがらになれるのか。

彼らをしても話題に上がる恵瑠えるという人。それだけに恵瑠えるの立場は重要なものだった。

「俺たちの計畫に部外者を混ぜるのか? それも無信仰者イレギュラーだと? おいおい、縁起を気にする質じゃねえがよ、イレギュラーはねえだろ」

サリエルの言うことは尤もだ。計畫を萬全にするなら想定外はなるべく取り払うべき。特に異分子イレギュラーなどあってはならない。

「ふん。いやなに」

鋭いサリエルからの質問に、しかしガブリエルは小さく笑う。

恵瑠えるに護衛ごえいをつける話はあったがそれが部外者というのは計畫とは違う。堅実に進めていくならガブリエルの判斷は計畫へ支障をきたしかねない。

だが、ガブリエルにミスをしたという思いはなかった。

「あの小僧、なんでもあいつの友人らしくてな」

「ほほう、アイツのお友達?」

サリエルの目が一際鋭くなる。すると盛大に笑い出した。

「くっ! はっはっはっはっは! こいつは傑作だ、よりによってアイツに? 友人だと? お前らよく我慢できるな、はっはっはっはっは!」

サリエルは笑っている。恵瑠えるに友達がいることを。

恵瑠えるは誰とも仲良くなりたいとそう思っているの子だ。友人がいても不思議ではないというのに。けれどサリエルはおかしいと聲を上げて笑っていた。

「それで護衛ごえいを承諾した件だが」

「ああ、いい。俺もそこまで間抜けじゃねえ。意図は読めた」

サリエルはなんとか笑いを落ち著けガブリエルの説明を省いた。

「それじゃいいかな? 計畫は第二段階だ、我々は先に進む」

ミカエルが話し出す。

「今後教皇派がどうくかその見極めが重要だ。もしラグエルが我々の目的を教皇に伝えていたのだとすれば本気でくだろう。學園への直接的な部隊突などなりふり構っていられないようだが。ラファエル」

「分かってるわよ、學園とは今水面下で渉してる。報道関係にはすでに話を通してあるわ。あんなことがあって、真相を隠そうなんて図々しいけどね」

そう言うラファエルは視線を下げ表を暗くしていた。神長派と教皇派の爭い、それが本格化すればそれはもはや戦爭だ。そうでなくともこの段階からすでに被害は出ている。

「どうしたんだいラファエル、顔が悪いようだが?」

「別に。なんでもないわよ」

ラファエルはなんでもないと言うが聲に元気はない。彼は暗い表のまま立ち上がった。

「それじゃ退席させてもらうわ。あとはいなくても大丈夫なんでしょう? なら行くわ、さようなら」

「私も席を外させてもらおうか。忙しいんでね。ただしミカエル」

ラファエルに続いてガブリエルも席を立つ。だが、背を向けたまま鋭い聲をとばした。

「今回のお前の獨斷獨行、本來なら目に余る」

ガブリエルからの警告、それをミカエルは余裕の笑みでけ止めている。

「ほほう、ならばなぜ止めない? 君にはそれくらいには力があると、私は思っているんだが?」

「…………」

ミカエルからの切り返しにガブリエルはかない。席を立ったまま黙っている。

そんな彼を見つめつつ、この時になってミカエルは初めて真剣な口調となった。

「戯れはここまでだ、ガブリエル」

今までのふざけた態度とは一変し、ミカエルは神長としての威厳を放っている。

「我々の存在意義はなんだ? なぜ我々はここにいる?」

沈黙を続けるガブリエルへとミカエルは問う。

自分たちの存在意義を。

目的を。

理由を。

なぜ、我らは天下界ここにいるのか。

「慈連立じあいれんりつの意志、人類の救済だろう?」

重く呟かれた言葉は部屋に広がった。

ミカエルは語る。今自分たちがしていることの重大さを。

その意味を。

決意を。

過去から止まったままの決著を付けるために。

「かつての使命と名譽、果たす時だ」

ミカエルは言うのだ。

だが、そこでガブリエルが口を開いた。

「『お前の』、使命と名譽だろ?」

ガブリエルの反論にミカエルの眉が曲がる。この計畫は當然ミカエル一人の問題ではない。ここにいる全員が共有している至上の目的だ。

 にも関わらずはぐらかすことにミカエルは辛辣しんらつに詰め寄った。

「腑抜けたか? ガブリエル」

「いいや、お前の詭弁きべんにはつくづく冷笑れいしょうさせられると思ってね」

それでもガブリエルは余裕の態度だ。焦る素振りも揺もない。口許はフッと笑っている。

しかし、ここにきてガブリエルも表を引き締めた。

「だが、事実だ」

自分たちの存在意義。

その目的。

その理由。

それはここにいる全員が共有する最大の課題だ。

それをガブリエルも知っている。

故に言うのだ、天井を見上げて。

その先にある、宇宙すら超えた世界。遙か無限よりも先の次元を目指して。

「お前の言う慈連立じあいれんりつの意志、それは我らが天主――イヤス様のご意志だ」

第一の神理しんり、慈連立じあいれんりつ。一人は皆のために。皆は一人のために。互いに助け合い苦痛を無くす思想。人のでありながら己の思想を極め世界すら超越した神の中の神、三柱みはしらの一柱。

天主イヤス。慈連立じあいれんりつの信仰者すべてが崇める者。

ガブリエルは視線を正面へと戻した。

ガブリエルも慈連立じあいれんりつの信仰者なれば、神の意志、それは否定できない。

『神の』。それを、誰よりも知っている者たちだから。

「その実現、大義としては見事だ。否定は出來んしおまけに位はお前の方が上ときている。付き合ってやるさ」

そう言ってガブリエルは止まっていた足をかした。扉へと歩いていく。

そして扉を開き出て行く間際、ガブリエルは振り向くことなく言った。

「貴様の皮には反吐が出るが、存外、私はお前のことが嫌いではないんでね」

ガブリエルは最後までミカエルを見ることなくラファエルと共に部屋を出て行った。

その後ろ姿を二人は見送る。

「ハッ、聞いたかよ。嫌いじゃないとさ。さすがはガブリエル、寛容かんようだねぇ」

サリエルはニヤついた笑みをするが反対にミカエルは呆れたような表だ。

「ふん。我らが目的の就じょうじゅのためだ、れてもらわないと困る。それに、今までが手ぬるすぎたのさ」

普段の調子に戻しミカエルは片手を上げる。

「この時のために、我々は存在しているというのに」

しかし、一旦目を瞑り開かれた時、その瞳には確固たる決意が宿っていた。

「今度こそ」

それは約束の時。

かつての栄と雪辱せつじょくを晴らすため。

やり直すのだ。

ここから、再び、神のを地上に教えるために。

「二千年前の、使命と名譽を」

ミカエルは、小さく呟いた。

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