《天下界の無信仰者(イレギュラー)》神理
このフロアには壁際に沿うようにして螺旋階段があり、そのり口へと恵瑠えるが小走りで走っていく。「はやくはやく!」と手招きまでされてしまい俺も駆け寄った。
「おお~」
そこで目にった絵に聲がれる。口のちょうど直前、そこには壁一面を覆う巨大な絵が飾ってあった。
「天羽てんはの撤退、布教の失敗は新たな時代を起こします」
恵瑠えるは輝かしいほどの笑顔で絵を見上げていた。
「それが、天下界初の神理しんり、慈連立じあいれんりつだったんです」
「すげえな……」
見上げる。そこには慈連立じあいれんりつの臺頭だろうか、みすぼらしい町民の中央に綺麗な白をした人が數人立っている。
 そんな人たちを周りの人々が驚きながら見つめていた。巨大な絵の迫力につい聲が出てしまう。
「そうか。初めてできた神理しんりって慈連立じあいれんりつだったのか」
「そうなんですよ。さ、昇りましょう。まだまだ続いていきますよ」
「階段を昇るごとに作品の時代も進んでいくのか?」
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「はい!」
俺たちは階段を昇る。その最中も恵瑠えるは説明してくれた。
「信仰すれば神に近づく。信仰するだけで強くなれるこの法則は瞬く間に人々を慈連立じあいれんりつの信仰者へと変えました。なんだって信仰者になった時點で強化と理耐、異能耐が付く奇跡の法則でしたからね。かつては天下界にも魔師や異能者がいましたが、神理しんりの登場によって激減し、魔大戦を経て全滅しました」
「異能耐ってことは魔が利かないってわけか。無信仰者じゃ信仰者には手も足も出ない、ってわけだな」
「神君は知ってるってじですね」
「當然だよ。どうりで喧嘩しても勝てないわけだ」
俺は恵瑠えるの説明を聞きながら昔を振り返っていた。
かつて俺をいじめてきた奴と毆り合いの喧嘩をしたことがあった。だが、不思議なことに俺がどれだけ毆っても相手に一切ダメージを與えることは出來なかった。
 それは相手が頑丈というのもあるのだろうが、神化しんかの恩恵おんけいで理耐を得ていたからだ。
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「ん? でも學校を襲ってきたやつらは銃で武裝してたよな? 信仰者に理耐があるなら無駄なんじゃないか?」
「理耐を持っている信仰者を、信仰者は傷つけることが出來るんです。ようは理耐無効まで神化しんかの恩恵おんけいで得られるんですね」
「めちゃくちゃだぜ」
だが納得だ。信仰者に勝てるのは同じ信仰者のみってことだな。
「それだけ強くなったんだし爭いは減って平和になったんだろ?」
「いや、それがそうでもないんです」
「ん?」
恵瑠えるが立ち止まる。壁には絵が飾ってある。この螺旋階段の壁には絵が先まで並んでいた。
「たしかに良いことはたくさんありました。特に病気や怪我は格段に減りました。ただ、その強力な力のせいで獨りよがりになってしまったんですね。神の力、神理しんりを布教することが絶対の正義だと思い込んでしまったんです」
ここに飾ってある絵、そこには剣で武裝した白の者たちが馬にまたがり、町から出て行く場面だった。
「結果、慈連立じあいれんりつの信仰者による、侵攻が起きてしまったんです。慈連立じあいれんりつを信仰しない者に、神化しんかの素晴らしさを教えるためにと」
「おいおい、そんなのめちゃくちゃじゃねえか。人を救うのが慈連立じあいれんりつの教えだろ? それが襲ってどうするんだよ」
なんでこんなことになるんだ? 信じてることとやってることが支離滅裂しりめつれつ。なのにこれは過去に起こったことで、當時は正義だと信じられていたんだ。
「確かに彼らの行いは侵攻です。ですが結果的に信仰するようになればそれが彼らのためだと、當時はそう信じていたんです」
「勝手な理屈じゃねえか」
「はい、その通りです……」
恵瑠えるは俯いた。その表は暗く、辛い思いをしているようだった。
「ああ、悪い。なんだか責めるような言い方になったな。恵瑠えるは悪くないのに。悪い」
「いえ。神君の言う通りですよ」
俺は謝り、それで恵瑠えるはニコっと笑ってくれた。
「信仰者は多くの國と村を襲いました。神化しんかの力に相手はすもなく、慈連立じあいれんりつに吸収されていきます」
恵瑠えるから語られる過去は衝撃だった。まさか慈連立じあいれんりつにそんなことがあったなんて意外だ。
それは慈連立じあいれんりつの闇と言える部分なんだろう。恵瑠えるの語る雰囲気からもそれは伝わってくる。
圧倒的な力とそれを束ねる信仰、慈連立じあいれんりつは敵なしだ。
だけど、ここで流れが変わった。
時代が変わった瞬間だった。
「そこで立ち上がったのが、當時のスパルタの王、リュクルゴスだったんです」
リュクルゴス。聞いたことがあるぞ。それって、
「リュクルゴス。たしか、琢磨追求たくまついきゅうの神様だろ?」
そう、イヤスと同じく三柱みはしらの神に數えられる神。加豪かごうが信仰している、琢磨追求たくまついきゅうの神理しんりを創った人だ。
「はい。彼こそが第二の神理しんり、琢磨追求たくまついきゅうを生み出すことになる人です。彼は慈連立じあいれんりつの侵攻に対抗するため國を強くすることを第一に行した王でした。その方針は徹底していて厳しいものでした。領土を広げるために周辺諸國を襲ったりもしました」
「こいつもか」
「リュクルゴスは強くなるために非道な行いも多くしました。ですが、その意思はついに神域にまで達し、彼は琢磨追求たくまついきゅうという神理しんりを広げたんです。そして、それが引き起こしたのは両者の全面対決」
恵瑠えるが階段を進んで行く。俺も後を追うが、そこで目に飛び込んできた絵に俺は驚いた。
「なんだよ、これ……」
その絵に衝撃をける。
恵瑠えるも、その絵を見るのが辛そうだった。
そこに描かれていたもの。それは、
「二柱戦爭。世界規模で行われた初の信仰者同士の戦爭です。今までの比ではないほどの激しい戦いがそこでは繰り広げられました」
町が、燃えている。
それだけじゃない。
多くの人が武を持ち殺し合っている。もしくは敵兵だろうか、処刑している場面の絵もあった。
俺と恵瑠えるは絵を見ながらゆっくりと歩いていく。そこに描かれた悲慘な景、凄絶な場面が続いていく。
「多くの人が亡くなり、多くの不幸が生まれました。歴史上最大の悲劇であることは間違いありません」
言葉が出ない。こんなことがあったなんて。その時がどれだけ辛く酷いものだったのか、絵を見ているだけで伝わってくる。
 恵瑠えるが歴史上最大の悲劇と言っていたが俺もそう思う。こんなこと、もう二度と起こしてはいけないものだ。
「でも、この戦爭は終わったんだろ? どうやって終戦したんだよ」
今を生きている俺たちは戦爭なんてしていない。これだけ激しかった戦爭も終わったんだ。だが、これだけの戦爭がどうやって終わったんだろう。
「はい。この二柱戦爭は過去最大の戦爭でした。ですが、その悲劇はあるを生み出したんです」
「ある?」
ようやくこの過酷な戦爭が終わるからか、恵瑠えるの聲はしだけ明るそうだった。
「それがシッガールタという人です」
「聞いたことあるな。そうか、無我無心むがむしんの神か」
「はい!」
俺の答えに恵瑠えるは元気に返事をしてくれた。
シッガールタ。それが最後の三柱みはしらの神。天和てんほが信仰している無我無心むがむしんの始祖だ。
「彼は不幸しか生まない地上を達観し、悟りを開いたために第三の神となり無我無心むがむしんを広めました。新たな神が生まれたことによりにらみ合いの狀況となって二柱戦爭は終結。戦爭は終わりようやく平和な時代が訪れたんです」
「へえ」
俺たちは螺旋階段の最上部、ドームの天井にまで來ていた。そこには戦爭が終わり平和な街並みを描かれた絵が飾ってあった。
「なるほどなぁ」
こうして歴史を振り返ってみるとなかなか面白いというか慨深いものがあった。
 なんていうか、俺の知らないところでいろんなドラマがあったんだなと思う。
長い歴史を振り返っていたせいで階段もけっこうな高さになっている。地面に目を向けると人が小さい。三階か四階くらいの高さはあるんだろうか。
 俺たちは一階に降りることにした。それ専用の階段で一階に到著する。
「これらが、今からだいたい二千年前の話です。二柱戦爭が終わったのが千五百年前くらいですね」
「二千年か~」
一階から今度は天井を見上げる。いくつもの絵が語として並べられた壁面と天井がそこにはある。二千年も経てばこれだけの高さがあるのも頷ける。
「はい。遠い遠い昔の話です。ただ、そうした経緯があるからか、慈連立じあいれんりつと琢磨追求たくまついきゅうは仲が悪いところがあるんですよね。ここに來る前に教皇派と神長派では教義きょうぎに違いがあるって話しましたけど、それもこういうことがあるからなんだと思います。もちろん! 仲がいい人もいますけど!」
「加豪かごうやお前は仲良いもんな」
「はい!」
二柱戦爭では互いに多くの犠牲を出した。憎しみだってあっただろう。でもそれは千五百年も前の話。今はそんなじはまるでしない。
「でも、慈連立じあいれんりつは人を助ける信仰なんだし、そういうことがあったらあったで素直に謝って仲直りすればいいのにな」
「そしたらスパルタの保守派がだったらああしろこうしろもっとしろと騒ぎ立てるんですよ。そしたらしたで神長派がやはり他信仰を助けても図に乗るだけだと反発するんです」
「メンドくせーな」
もっとシンプルになれんのか。
俺はふと天井を見上げる。
「階段を上がっていくほど現代に近づいているってことは、ここだけ上の階があるのは増築したからか」
「はい。ゴルゴダ館が作られたのはものすごく昔のことですからね。今はここまでしかありませんけど、近代では魔大戦や魔王戦爭もありますし、また増築する予定なんですよ」
「どんだけ高くなるんだよ」
俺は天井から視線を戻した。
「なんていうか、ありがとうな恵瑠える。最初はあんま興味なかったけど面白かったわ」
「ほんとですか!?」
「おう」
「よかった~。えへへ」
ここにるまでは乗り気ではなかったが知らない歴史を知れたのはなかなか面白かった。
うん、來て良かったと思うよ。
「まだ見ていきますか?」
「それもいいがミルフィアたちは? あいつらちゃんと見張ってるんだろうな?」
俺はさり気なく周りを見渡してみるが姿が見えない。これがプロの尾行ならいいのだがあいつの場合不安になる。
「大丈夫か、あいつら?」
俺は心配に頭を掻くのだった。
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