《天下界の無信仰者(イレギュラー)》聖騎士ヤコブ
神たちが逃げてから土煙は風に流され薄れていく。そこにいるペトロは悔しそうに鼻を鳴らした。
「隊長」
「ふん。邪魔がったか。周囲を捜索、まだ遠くへは行っていまい」
「ハッ」
隊長であるペトロからの指示に部下の騎士が返事をする。それから手分けして神と恵瑠の捜索に走り出した。
ペトロは現場を靜かに見つめる。今までそこにいた対象を思い出しているのか二人の位置をじっと見つめていた。
そこで、不意にペトロの口元が持ち上がる。
まるで、どこか楽しそうに。
「ふん。俺の守りたいものを守る、か。まるで――」
ペトロは呟く。
しかし、最後の言葉は風に阻まれ、聞くことは誰にも出來なかった。
*
その頃のゴルゴダ館。
「あーもう、神たちとおもいっきりはぐれちゃったじゃない!」
「すみません加豪かごう、私のせいです」
「そうね」
「天和てんほ、私は今傷ついています。手加減してください」
「そうね」
警備員の人生相談はようやく終了しミルフィアたちは解放されていた。部屋から出て館を三人で歩く。
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 加豪かごうは焦ったように顔を忙しなくかし、ミルフィアはショボンと俯いている。天和てんほはいつも通りだ。
「つい彼に共してしまい」
「たしかにかわいそうだけど……。でも私たちにもやることがあるんだから」
「はい、早く主たちを見つけなければ」
「でも、こうも広いんじゃね」
加豪かごうはさきほどから歩く人たちの顔を見るが神たちは見つからない。それにゴルゴダ館の敷地は広大だ、人探しは難しい。
「たぶん宮司くんと栗見くりみさんはここにはいないと思う。宮司君の格からして。お腹減ったとか言いそう」
「主ならたしかに」
「それもそうね。なら一旦ここを出ましょうか。それで街の近くの飲食店を覗いてみましょう」
三人は外に出る。
恵瑠えるを狙う犯人も昨日の事件もまだ解決していない。早く神たちと合流しなければならない。
しかし、異変は館を出てすぐだった。
「これは」
その景にミルフィアが聲を出す。
「誰も、いない?」
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そこには誰もいなかった。広場で賑わう観客も絵を描く人も。たまたまだろうか。いいや、まだ晝すぎのこの時間、ゴルゴダ館の賑わいがなくなることはない。
 仮にどの時間であろうと閉館するまで一人もいないということはおかしい。
明らかな異常だ。
「まさか」
この事態に加豪かごうが察したらしく顔をしかめる。その橫に天和てんほが並んだ。
「宮司君たちはすでに襲われていると考えてよさそうね」
「はやく主の元へ急がなければ!」
ミルフィアが慌てて階段を下りようとする。
しかし、そこへ掛けられる言葉があった。
「そうはさせん」
野太い男の聲だった。
直後、ゴルゴダ館の広場に騎士たちが現れた。それも空間から続々と現れてくる。白い鎧を著込んだ騎士。それを率いるのは赤茶の髪の男だった。
 年齢は四十代前半ほど。型は一七0センチほどで腹が出ている。しかしその両腕は太く鍛え抜かれただと分かる。
 顎には首元までびる髭を蓄え、鋭い目つきに貝殻を思わせる変わった盾を持つ騎士だった。
「あの二人の元へ行かせるわけにはいかん。それが我らの任務だからな」
「空間転移!? まさか、超越者オラクル級の信仰者? ということは」
しかし注目すべきはその登場だ。次元に干渉できるほどの神化しんか。これほどの信仰心を持つものは多くない。
ミルフィアは確信した。
「聖騎士……!」
教皇が保有する最大戦力。慈連立じあいれんりつの信仰者として最高の名譽を授けられた者たちだ。
目の前の男がその一人。
「教皇軍聖騎士第二位ヤコブ。教皇の命だ。お前たち全員ここに留まってもらおうか」
聖騎士ヤコブから言葉が飛ぶ。重圧のある聲は力強い。だがミルフィアは一切退く気はなかった。
「出來ぬ相談ですね。こうしている間も主と恵瑠えるが襲われているというのなら」
「そうか。では仕方があるまい」
ミルフィアの返答にヤコブが剣を抜く。刀の厚い叩き切るのを主流とする片手剣。左腕に裝著したホタテのような白い盾も構える。
そして、三人に向かってんだ。
「慈連立じあいれんりつの意思の元、お前たちを拘束する!」
その言葉に背後の騎士たちも一斉に剣を抜いた。
ミルフィアも構える。話し合いで解決する線は超えた。相手に退く気はなく、ミルフィアも神が危険となればここでただ立っているだけなど許されない。
「ちっ、こうなったら仕方がないわね」
そこへ加豪かごうも構えた。さらに行は終わらない。
目の前にいるのは教皇の正規軍。聖騎士もいるとなれば最初から全力だ。
加豪かごうは、手を前へと突き出した。
「神託しんたくぶつ、招來しょうらい!」
この戦いに勝つために。加豪(かごう)も本気だった。
彼の呼び聲に応じて雷鳴が響き渡る。電流はうねり狂い、一點に集まり刀へと変する。
「雷切心典らいきりしんてんこう!」
加豪かごうの神託しんたくぶつにて電流を纏う刀。加豪かごうは手に取り構える。その刀の威圧はこの広場を圧倒していた。
 琢磨追求たくまついきゅうの神威の現が慈連立じあいれんりつで雄びを上げる。
「ほお、高位者スパーダか」
神託しんたくぶつは高位者スパーダ以上の信仰者しか出せない。さらに高位者スパーダの理耐と異能耐は高位者スパーダよりも下の攻撃を無効にする。
 ようは理耐×2と異能耐×2だ。高位者スパーダは高位者スパーダ以上でなければ倒せない。
神託しんたくぶつは加豪かごうが高位者スパーダの証。これにより騎士たちに揺が広がった。
だが、聖騎士たるヤコブだけは眉すらかさなかった。
「そっちも事があるんでしょうけどこっちも先を急いでるの。出來れば退いてもらえないかしら」
「応じると思うか」
「思わないわね」
加豪かごうとヤコブで睨み合いが生まれる。両者一歩も引かず相手を凝視した。
「相手が高位者スパーダとなれば俺がやるしかあるまい。しかし解せんな。戦うつもりならなぜ別れた。途中までは二人を泳がせ俺たちが現れたところをお前らが捉える作戦だったはず」
「そんな!? 私たちの尾行がばれていたのですか!?」
「あー……ミルフィア、聞きづらいんだけどそれ本気で言ってる?」
さすがにあれでは素人でも気づく。
加豪かごうは呆れながらミルフィアを見るが次に天和てんほに聲をかけた。
「天和てんほは下がってて、今までとは違う。巻き込まれたらタダじゃ済まないわよ!」
「分かった。じゃあがんばって。わたし館で配られてたガイドブック読んでるから」
「なんで!?」
見れば本當に天和てんほは小さな冊子を取り出していた。マイペース過ぎる。
「まったくもぉ、ミルフィアといい天和てんほといい、頼りになるのは私だけかッ」
「加豪かごう! 私も力になれます!」
「お願いだから今日のミルフィアは黙ってて」
「え……」
せっかくやる気満々なところ申し訳ないがなにもしてしくない。ミルフィアは加豪かごうの言葉にショボンとしていた。
「琢磨追求たくまついきゅうか。お前はよその信仰者だろう、なぜ関わる」
「あんたが狙っているの子が、私の友達だからよ」
「友達?」
そこへ聲をかけてきたヤコブの問いに加豪かごうは表を切り替えて応えた。いつまでも気を抜いてはいられない。いつ攻められてもおかしくなく、相手は間違いなく強敵なのだから。
だが、気をされたのは加豪かごうではなく、ヤコブの方だった。
「奴の友達だと?」
表に緩みは一切ない。しかし歴戦の戦士を思わせる顔には眉間に大きなシワを作っていた。
「ハッ! なるほど、なにも知らん小娘たちということか」
「なんですって?」
ヤコブの言い草に今度は加豪かごうが眉間を寄せる番だった。なにも知らないのは事実だがそう言われると腹が立つ。
「教えなさい、どうしてあなたたち教皇派は恵瑠えるを狙うの? なんの意味があって?」
加豪かごうは神託しんたくぶつを構える。刃先をヤコブに向け戦意を滲ませた眼で見つめる。
しかし、それで答えるほど甘いはずがない。相手はトップクラスの騎士だ。
「……いいだろう」
「なんですって?」
しかし、いや、だからこそ、返ってきた答えに加豪かごうは驚いた。加豪かごうだけじゃない。ミルフィアも驚いた。
ヤコブは剣を下ろす。戦う気はないと伝え加豪かごうも刀を下げた。その後、ヤコブは真剣な表で話す。
それは、この戦いにおける核心と、この世界に訪れようとしている最大の危機だった。
「ならば教えてやろう。栗見くりみ恵瑠える、我々が彼を狙う理由。そして、神長派の目的をな」
「神長派の目的ですって?」
ミルフィア、加豪かごう、天和てんほは聞かされる。
「このままでは慈連立じあいれんりつは、いいや、すべての人類が滅ぶ」
それは約二千年前から続く、因縁の戦いだった。
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