《天下界の無信仰者(イレギュラー)》拉致

人垣ひとがきができていたからもしかしてと思い覗いてみれば案の定恵瑠えるだった。それを助け俺たちはなんとか合流できていた。

「大丈夫か恵瑠える?」

「うん。神かみあ君のおかげで大丈夫です!」

「そうかい」

最初見た時は死にそうなくらい悲しそうな顔してた恵瑠えるだが今ではいつもみたいに明るい顔をしている。それで俺も安心できた。

「顔がバレちまったな。こうなったら急いで行くか!」

俺は握った恵瑠えるの手をひっぱり走り出そうとした。

だが、そこへ聲がかけられた。

「そこまでだ」

聞き覚えのある男の聲だ。聲から滲にじみ出る威圧は聞いただけで分かる。

「ちっ」

振り返ると、そこには予想通り部下の騎士を連れて立つペトロの姿があった。黒い髪が風をけて小さく揺れている。

俺はやれやれと顔を振った。恵瑠えるから手を放し前に立つ。

「まったく、お前のあいさつはそこまでだしかないのかよ? 初めて會ったらおはようございます、お元気ですかだろ?」

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「無駄話をするつもりはない」

ペトロは片手を向けてきた。その手が一瞬る。するとペトロの腕の中に恵瑠えるが捕らわれていた。

「なに!?」

すぐに振り向くが恵瑠えるがいない。一瞬で移させられたのか?

「恵瑠える!?」

「放してくださいいい!」

ペトロの腕の中で恵瑠えるが暴れているがびくともしない。

俺は急いでペトロに駆け付けようとすると、さらにペトロの手がり兵士二人が消えた。そして俺の背後に現れ羽い絞めにしてきた。

「くそが! 放せてめえら!」

両腕を一人ずつ捕まえられきが取れない。

「撤収てっしゅうだ、得るものは得た」

「恵瑠えるぅううう!」

「神かみあ君!」

そう言うとペトロは消えた。恵瑠えるを持ったまま。

「待てよてめえ!」

俺はぶが目の前にはペトロも部下も、恵瑠えるもいなかった。消えてしまった。

「お前は留置所りゅうちじょだ、指名手配犯擁護ようごの疑いで逮捕する!」

「恵瑠えるを返しやがれ!」

後ろの二人を振り解こうとするがそもそも恵瑠えるがどこにいるか分からない。追いかけようがない。

くそ、甘かった。自分の不甲斐ふがいなさに腹が立つ。

恵瑠えるが攫さらわれた。悔しい思いがずっとの中で暴れていた。

教皇宮殿の広いフロア。白い空間には以前數百という騎士が並んでいたが今はいない。臺の頂上に置かれた椅子に教皇が座り、その前にいるのは二人。

 聖騎士ヤコブと、彼が連れてきたヨハネだった。二人は教皇を前にして恭(うやうや)しく頭を下げる。

「これはこれはエノク様。お久しぶりです。見たところお変わりないご様子で。お元気そうでなによりです」

「久しいな、ヨハネ」

久しぶりの再會にエノクも表を緩ませる。

だが、次の言葉に顔を暗くした。

「君が隊を抜けた理由は知っている。だが、狀況が狀況だ。すまないが君も參加してほしい」

申し訳なさそうな、けれど彼は慈連立じあいれんりつのいわば長だ。へりくだった態度ではない気丈な聲だ。

その言葉にヨハネは無言だった。答えを返さず沈黙している。

「失禮だぞ、ヨハネ」

「これはすみません、の再會にしばし我を忘れていました」

兄であるヤコブからの注意にヨハネは頭を掻き軽い調子でとぼける。

そこへ新たな足音が加わった。

「これはまた。お久しぶりですペトロさん。あなたもお元気そうですね」

「ヨハネか」

現れたペトロは立ち止まり教皇に一禮する。それから改めてヨハネを見つめてきた。

「久しぶりだな。ずいぶんと雰囲気が変わったようだが」

「わたし今では教師なんです。それに自分で言うのもあれですが、これでも人気があるんですよ?」

「ふん。自分で言うな」

ペトロとヨハネで小さな笑いが生まれる。

ペトロは表を切り替えると教皇を見上げた。

「例の娘を確保かくほしました。現在は下の階で監かんきんしています」

「例の娘とは?」

そこへヨハネが質問する。學園を出てここに著いたものの詳しい説明はまだけていない。

「俺が説明する」

そこへヤコブが前に出た。まだ真相を知らないヨハネを真剣な顔で見つめる。

「落ち著いて聞け、ヨハネ」

説明をする前に一言置いて、ヤコブは話した。

「君の持つクラスにいる生徒。栗見くりみ恵瑠えるは、墮だ天羽てんはだ」

「なんですって?」

ヨハネの表が変わる。驚愕きょうがくに細い目が開かれヤコブを見る。

「今監されているのは、その恵瑠えるだ」

ヨハネは言葉を失った。世界からがなくなっていくような錯覚さっかくと心が漂白ひょうはくされていく覚がする。

衝撃がヨハネの意思を砕こうとしていた。

ヨハネの信條、彼の信仰のすべてを。

人助けとは?

戦う理由とは?

――いったい、なにを守りたかったのか。

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