《天下界の無信仰者(イレギュラー)》

とある薄暗い部屋の一室、質こうしつな壁に閉ざされた場所だった。広さはあるがここが寂しくじるのはなにもないからか。薄闇うすやみと靜寂せいじゃくが部屋を満たしている。

そこへが差し込んだ。厚い自扉が開きそこから現れたのはペトロだった。扉は閉まられここは再び暗闇になる。

 同時に一か所がライトアップされた。ペトロは照らされた場所へと近づいていく。

「これが、かつて地上を炎で覆い盡くしたという伝説の天羽てんは。ウリエルか」

そこには、十字架で固定されていた恵瑠えるがいた。両腕と両足はで固定されておりピラミッドを思わせる高臺の上に設置されている。床には円形の魔法陣が薄い青を発していた。

空間の固定技。恵瑠えるの周囲は空間と切り離され認められたもの以外は通さない。

ペトロは魔法陣に足を踏みれた。本來ならば不可侵ふかしんの領域にやすやすとり十字架に縛られた恵瑠えるを見上げる。

「君のような者がな」

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恵瑠えるは気を失っていた。細い四肢は固定され、垂れた頭からは白い髪が二つ下がっている。

「ん……」

ペトロに気付いたか、恵瑠えるは目をさまし顔を上げた。

「ペトロ……?」

「目覚めたか」

ここには二人以外誰もいない。こうして二人が出會い話し合うのは初めてだった。

「まさか、こういう形で伝説の天羽てんはと出會うとは思っていなかった。ウリエル」

「そうですね。ボクもです。聖騎士第一位のあなたの名前は、よく聞いていました。素晴らしい信仰者であり騎士だと」

恵瑠えるは縛られたの痛みに顔を引きつりながらも笑顔で答える。

「そうか。だが忘れることだ。ここにいる男はお前に一切の慈悲じひを與えん」

だが、ペトロは厳しい表で剣を抜いた。その切っ先を恵瑠(える)の首筋に當てる。

「答えてもらおう。天界の門ヘブンズ・ゲートをどう開くつもりだ?」

「…………」

恵瑠えるは目を伏せるだけで答えなかった。それに業を煮やしたかペトロが大聲で迫る。

「答えろ!」

恵瑠えるは俯いたまま、悲しそうな聲で言う。

「知りません」

「答えないつもりか」

「本當です。本當に知らないんです!」

恵瑠えるは顔を上げた。懸命に訴えるがペトロは信じない。

「いや、お前は知っているはずだ」

脅迫きょうはくするように剣を押し付ける。

「天界の門ヘブンズ・ゲートに施された封印。それを解くための四つの鍵。その失われた鍵こそが、お前のはずだ、ウリエル」

「!?」

ペトロから言われた言葉に、恵瑠えるは驚きのあまりしばらく言葉を失った。

「……どうして、それを」

天界の門ヘブンズ・ゲートの鍵。その事実はシカイ文書にも記されていないだった。なくともこの事実を知っているのは天羽てんはだけのはず。

「お前は鍵としての資格を失った。天界の門ヘブンズ・ゲートを開くためにはお前に鍵としての資格を取り戻す必要がある。その方法を言え。でなければ永遠にこのままだぞ」

「待って下さい! ボクは本當に知らないんです! 天羽てんはを再臨さいりんさせ人々を襲うなんてなにかの間違いです!」

恵瑠えるはぶ。ペトロの表は不のまま見上げている。

「信用のおける筋から得た報だ」

「誰が言ったのか知りませんけど、そんなのウソに決まっています!」

恵瑠えるは否定する。天界の門ヘブンズ・ゲートの鍵は失くしたまま、扉は開かない。よって天羽てんはの襲來しゅうらいなどあり得ないと。目指すだけ無駄な話だ。

だが、ペトロが発した言葉に恵瑠えるは再び驚いた。

「監査委員會委員長、ラグエルだ」

「え?」

先日、何者かに殺害されたラグエルの名前に、恵瑠えるはが小さく震えていた。

「まさか、ラグエルがそう言ったのですか?」

ゆっくりと顔が下がっていく。

「そんな……、ラグエルが」

ショックに気が沈む。どういうことか分からない恵瑠えるは混するが、めげずに顔を上げた。

「でも、ボクは本當に知らない。お願いです、信じてください。ボクだって、人が襲われるなんてこと嫌なんです!」

必死な思いで告げた。懸命に伝えようと言葉を出した。

だが、ペトロの目は冷たかった。

「ウリエルの言い伝えは知っている」

冷徹れいてつな瞳が恵瑠えるを睨みつける。彼が知っている彼の正は見目らしい娘などでは斷じてない。

「その手で、いったいどれだけの人間を屠ほふってきた」

その言葉に、恵瑠えるの表がみるみると青ざめていく。

「どれだけの街を破壊し、どれだけの悲鳴をかき消した」

ペトロからの言葉に、の奧から後悔と罪悪が溢れてくる。

かつては輝いていたもの。

信條。

誇り。

理想。

熱。

そのすべてが、否定される。

「お前の正は、ただの人殺しだ」

人殺し。ペトロからそう言われ恵瑠えるはがっくりと顔を下ろした。全から力が抜け、空虛くうきょな気配が漂う。

それでもぽつりと、恵瑠えるは呟いた。

「信じていたんです……。これで、すべてが良くなるんだって……」

恵瑠えるの言葉をペトロは黙ったまま見上げていた。

そこで扉が開く。

「ペトロ様、お時間です」

部下からの報告にペトロは剣を下ろした。

「お前の罪」

そう言ってペトロは踵を返す。離れていく足音に恵瑠えるは憔悴しょうすいした顔をなんとか持ち上げる。

ペトロは開かれた扉の前に立っており、顔だけをこちらにかした。

「その真の罪は、己の行いを悔いたことだ」

その言葉を最後にしてペトロは出て行った。

扉が閉められる。靜寂せいじゃくが戻り音がなくなる。

「…………」

恵瑠えるは顔を下ろし、無言の空間に一人取り殘されていた。

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