《天下界の無信仰者(イレギュラー)》會議室
誕生祭のパレードに者が現れ中止になった知らせは當然のこと神長であるミカエルの耳にもっていた。
サン・ジアイ大聖堂の一室で腰掛けながら、ミカエルはいつもの薄笑いを浮かべている。
そこへ部屋の扉を暴に開きサリエルが現れた。赤い髪を振りし、その表はイラついているようだった。
「おい、どういうことだミカエル。誕生祭のパレードにちゃちれるなんて聞いてないぞ」
サリエルは三メートルほど離れた場所で立ち止まりミカエルを見下ろす。足を組んで佇む男に事態の説明を求めるがミカエルはどこ吹く風だった。
「止めろよサリエル、私だって想定外のことなんだ。計畫にこんなものはない。好き勝手に放置しすぎたかな」
ミカエルは足を組み替えた。
「驚いたよね~。バカ? いや、普通バカでもしない。あんな殘念なやつがいるとは。まったくもって殘念殘念」
「ラファエルはとんだとばったちりだったな」
「殘念だよね~」
今頃行政庁長としてあれこれ頑張っているはずだ。不憫ふびんである。
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「にしても、パレードにして教皇と聖騎士に喧嘩売るなんて正気とは思えないね。まあ必死なのは認めるけどさ」
さきの事件、たったの二人で慈連立じあいれんりつに弓引く愚か者は有名人だろう。新聞各社が紙面いっぱいに書き連ねるのは予想がつく。
また、それに圧力をかけ規制をかけるのも目に見える。
だが、サリエルにしてはそんなことはどうでもよく、気になっているのは今後についてだ。
宮司みやじ神かみあという當初には予定になかった存在。それがこうも大事を起こすようなら修正が必要だ。
「なにはともあれあの二人と戦って生き延びたんだ。そこらの連中じゃ手に余るだろ」
教皇と聖騎士と戦い生き殘った事実。そして都市を焦土しょうどとかした破壊力。
実力はある。それは認めるしかない。
「どうするんだ」
サリエルの真顔の質問に、ミカエルは顎に手を添えしのあいだ思案した。
「いや、彼ら次第だな。大筋に変更はない」
「ヌルイな」
サリエルはミカエルの答えを蔑さげすむかのように言い捨てた。
「そもそも、ラグエルの件から計畫には狂いが生じてる。ただの雑魚とけれたが事が変わった」
そう言うとサリエルは背を向けた。
「どうするつもりだ」
「なに、ちょっと手伝いをしてやろうと思ってね」
扉へと向かっていく。その足取りはしっかりとして、目標を持って進んでいた。
「あいつの絶を増すための生贄が、調子に乗ってちゃお終いだろうが」
聲には増悪が宿っている。長年くすぶり続け、なお消えることのない執念の臭いを漂わせていた。
「駄目だ」
「ああ?」
だが、そこへ掛けられたミカエルの言葉に振り返る。どういうことか睨むがミカエルはほくそ笑んだままだった。
「今はくな。君の役目はそれじゃないだろう?」
「冗談か?」
「真面目だが?」
この場が一気に一髪発の気配へと変わる。すぐにでも殺し合いが起きそうなほどの雰囲気で、二人は黙ったまま見つめ合っていた。
「別に彼が死んでもらうのはどっちでもいいんだどさ」
にらみ合いは続くが、サリエルがかないのを見てミカエルが話し始めた。
「君がくっていうのがね。相手はこう考えるだろう。何故君が彼を殺す? 彼を殺すことにどんな利がある? 止めてくれ、勘づかれるような真似はなしだ。こっちからは適當に軍を派遣して、あの年はせいぜいむこうさんに任せるさ。都市をめちゃくちゃにされて眼だろうしね。聖騎士あたりが処分してくれるさ」
「それがヌルイっていうんだよ」
サリエルはやれやれと呆れ気味に、かつ攻撃的な態度だ。
「第一、待ってるだけってのがに合わねえんだよ。あの裏切り者だって本當なら俺がぶち殺してやってもいいんだが『それじゃ意味がねえみたいだしよ』」
言いながらサリエルは腰から拳銃を取り出し人差し指で回し始めた。好戦的な言と相まって彼の兇暴が現れている。
「墮だ天羽てんはを元に戻す方法か、めんどくせえ。いやらしく出來てんのな、俺らじゃ駄目ってとこが特によ」
サリエルは回転させていた拳銃をきれいに摑まえ腰のガンホルダーに戻した。
「だが、ようは絶すればいいんだろ? そのために小僧をそばに置いといたんじゃねえのかよ。頃合いだ、あのガキには死んでもらう」
「話を聞いていなかったのかい? サリエル」
再び部屋を出ようとするサリエルをミカエルは引き留める。
「あの小僧が処分されようが、偶然と奇跡が重なり救出に功しようが結果は変わらない。急くなサリエル」
サリエルは顔だけで振り返り橫目で見つめる。
そんな彼へ、ミカエルは自信に満ちた顔で言う。
「君にとっては殘念だろうが天羽てんはの長はこの私だからさ。どんなに殘念な頭の持ち主でも議論の余地がないことくらい、殘念なくらい分かるはずだ」
「……ちっ」
ミカエルの言い分は正しい。なにを言おうがミカエルの方が位が上な以上サリエルは逆らえない。
サリエルは振り返り今度こそ観念したかのように両腕を小さく広げた。
「分かったよ」
殘念だが上司からの命令とあれば仕方がない。サリエルは開き直ったかのように皮った笑みを浮かべた。
「ああいいぜ、従いますとも天羽てんは長様よぉ。待てばいいんだろ。待ってやるさ、俺がどれだけ待ったと思ってやがる」
熱がぶり返る。サリエルは拳を握り込み、怒りを堪えながら言葉を絞り出す。
「あいつとの決著がつくのなら、いくらでも待ってやるさ」
そう言って拳を解いた。湯気のように漂っていた怒気はなくなり平靜を取り戻していく。
「お互い我慢してきただ、てめえの気持ちには共してんだ。だからよぉ、俺の邪魔はするんじゃねえぞミカエル」
「もちろん」
念押しの言葉にミカエルは當然の態度だった。
「君の邪魔はしないさ。共に就じょうじゅを祈ろうじゃないか。二千年前から続く使命と名譽。それを、取り戻す時がようやく訪れる」
ミカエルの目つきが鋭いものに変わる。普段の嘲(あざけ)るものではない、獲を狙う鷹のような目だった。
「ふっ、待ち遠しいねぇ」
「ああ」
サン・ジアイ大聖堂の一室で二人は靜かにその時を待っていた。
それは執念。
それは復讐。
を焦がすほどの思いを解放するために、今か今かと勢を見守っている。
まだ、彼らはかない。くのはこのさきだ。その時こそ己が思いを解放する時。
「今度こそ」
ミカエルは、靜かに呟いた。
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