《天下界の無信仰者(イレギュラー)》人を許すのも、人を救うのも、それは信仰じゃない。人の優しさだ
彼の死は必要なこと。ただの処刑ではないと言う。
「君も知っているだろう、昨今の國際勢は迫している。スパルタ帝國のせいでね。容は言えないがもしもの時の備えに彼には死んでおいてもらわないとならないんだ。君は彼の死を無駄死のように扱っているかもしれないがとんでもない。未來のためだ」
スパルタ帝國との関係が非常に危ういのはエリヤも知っている。なにせその話題を聞かない日はないというくらい連日テレビで報道されていた。その容に顔をしかめたことだって何度もある。というより、一度目の襲撃はそのせいだ。
どういうことかは分からないし言えないのだろうが、ウリエルの死はいざという時に必要なものらしい。戦爭を回避するためのものなのか、戦爭が起こった時に使うものなのか。どちらにせよ彼を処刑することで最悪の未來が変わるかもしれない。
「なるほど」
彼の死は、無駄ではない。
「必要だから死ねってか」
エリヤの心は、何一つ変わらなかった。
「今まで賢い選択というのをたくさん見てきた。最大數の幸福、そのために切り捨てられてきた人たちがいた。俺はな、そんなやつらを助けたいと思った」
エリヤは痛みを無視してミカエルを真っ直ぐと見る。
「あいつは、やらねえよ」
エリヤの決意は変わらない。ウリエルを救うという気持ちは固かった。
「馬鹿が。貴様ほんとに慈連立の信仰者か? 目の前にいる者を救う、そんな小さな話をしているんじゃないんだ。もっと大局を、目には見えない先を見ろ! 大勢の者が苦しみ、嘆き、悲しむ。それを一人の犠牲でなくせるのなら? お前の考えは多くの者を貶めている! 大衆を救うことこそが騎士の教えだろうが!」
変わらないエリヤに堪忍袋の尾が切れたか、ミカエルが怒鳴ってくる。
「お前も慈連立の者ならば、信仰に生きろ! 目先のにわされるな!」
ミカエルのウリエル処刑には私も混ざっていた。千九百と四十年。約二千年前の使命と名譽、それを果たすチャンスがようやく訪れていた。
昔、友とわした約束。その相手は消え去り時効扱いでもいいその約束。それを、ミカエルは今も抱き続けている。
世界を平和にすると、爭いを無くすんだと、その時の決意はなに一つ変わっていない。
別に世界を混させたいわけではない。人類にだって得のある話だ。
なぜそれが分からない!? なぜ思うように通らない!? その苛立ちがミカエルを突きかし、原因であるエリヤにぶつけていく。
「信仰? 教え? くだらねえ」
「なに?」
その思いを真っ向から叩ききられた。
「いいか、よく聞けこのクソ野郎。重要なのは、誰かを助けたいっていう気持ちだろうが」
なにを言っている。そう思った。そんなのお前だけじゃない。心の中ですぐに反論した。
「その気持ちが言ってるんだ! あいつを救いたいってな!」
その一言に、ミカエルは口も、心も閉口していた。
勢いのある、熱い言葉だった。信念を、熱をじさせる言葉だった。エリヤのその一言に心にあった壁が瓦解していく。
救いたい。助けたい。
(ああ、そうか)
その一言に、ミカエルは理解した。
(お前も、私と同じだけか)
ミカエルだって、エリヤだって。
ただ、救いたいだけなんだって。
それが人類か大切な人かの違いでしかないのだと。
同じ気持ち。同じ志。しかし向いている方向はまるで違った。
ただそれだけなんだと。
ようやく、理解した。
「まだやる気か」
エリヤは支えに使っていた大剣を持ち上げた。逃げ出すことなくその顔はミカエルを向いている。
「なぜそこまで戦う? それでなにが得られるんだ?」
エリヤのはさきの戦闘で傷を負っているし、そうでなくても重罪なのは間違いない。得られるものはなく、明らかに損しかない。
まるで自分のようだ。
「ミカエル。そろばん弾くのもけっこうだがよ、お前は重要なことを忘れてるぜ」
エリヤの言葉がさきほどよりもクリアに聞こえるてくる。
「人を許すのも、人を救うのも、それは信仰じゃない。人の優しさだ」
「…………」
「人は得るために生きるんじゃない。自分の道を進むために生きるんだ」
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