《天下界の無信仰者(イレギュラー)》お前は、まさか

眼前には剣を握るエノクと背後に浮かぶメタトロンの両手がある。その景は圧巻だが神は怯まない。

それ以上に勝つと気持ちがわき上がっている。

「さっきから聞いてりゃ世界を救うだ約束がなんだと。けないぜ」

けない?」

エノクは表を変えずに聞き返す。

「當たり前だボケ、いいか」

暴な口調で続ける。その様は無禮そのもので端から見ているヤコブは火を噴くほど目がつり上がっている。そんな周囲の反応を気にすることなく、神はエノクに指を突きつけた。

「人一人救えないお前にはがっかりだよ!」

勢いよく言い切った。

それは主張であり挑発だ。本音をぶつけて神経を逆なでさせようとしている。

エノクの行は大勢の者を救うためだ。神の意見は正しくない。だがエノクは反論しなかった。口論をしたところでいたずらに時間がかかるだけだ。

エノクは剣を構え、神もそれに応じた。

二人は戦いを再開させた。メタトロンの両腕が襲いかかる。一度目を掻い潛り、二度目を躱すために橫に飛び、神はエノクとの間合いにる。そこで拳と剣の応酬が始まった。

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力と力。意地と意地。信念と信念。この爭いのラストバトルに二人は全力でぶつかった。

「こんなことをして誰が幸せになる!? 平和? 世界のため? あいつを許すこともできないで、なにが平和だ!」

の拳をエノクは払い、剣を振り下ろす。それを神は両手をえてけ止めた。

「ならば聞かせてもらおう! お前のようなめちゃくちゃでなにが救える? それで世界が救えるのか!?」

力を押しつけ合う。黃金の力がなんとかエノクの剣を押し返していた。

「ハ!」

エノクの力に顔を引きつらせながら神は笑った。目の前の老人を見つめ、言ってやる。

「世界を救いたいと思ったことなんて、一度もねえよ」

「…………」

それが神という男だった。世界の異端児にして嫌われ者。彼は今でも天下界の異だ。

エノクは口を閉じた。神の言い方が彼に似ていた。

その言い回し。悪びれることのないふてぶてしい態度。似ていた。懐かしさすら覚えていた。

「じゃあなんのために戦うかって?」

はエノクの剣をはじき返した。エノクは後退するが神はすぐに間合いを詰める。

「教えてやるよ。俺はなあ!」

勢の崩れているエノクに拳を打ち込んだ。

「自分のために戦ってるんだ! 自分の大切なもののために戦ってるんだよ!」

「ぬう!」

の攻撃をなんとか刀けるも勢いまでは防げずエノクは後ろに吹っ飛んでいった。後方にあった建を突き破り反対側の広場に出る。

エノクは地面に伏し神はジャンプして前に現れた。二人のあとを追って他の人もやって來る。

エノクは両手に力をれ起き上がった。

「ふん。なにを言うかと思えば。そんな考えではなにも守れん。自分の大切なもの。それだけを見ていてどうやって大勢を救う。お前の言い分は正義ではない、ただの我だ」

エノクは剣を握り直すがそこで腕が震えているのに気づいた。

ここにきて限界がこようとしている。神託を二回も破壊された影響で神化は低下、本來なら立っているのもやっとの狀態だ。そんな無理を通して戦ってきたがが思うようにいてくれない。

まずい。エノクは表に出さないように心がけるがどうしても険しくなっていく。

このままでは負けるかもしれない。負ければウリエルを今度も取り逃がす。そうすれば。

(私は、また)

あの夜の繰り返しだ。エリヤが彼を連れてきた日。エノクは彼を捕まえるべきだった。そうすればこんなことにはならなかった。

ここでウリエルを逃せば、いずれまた同じことが起きる。

彼との約束を果たせない。

危機に焦るが、そんなエノクに聲が聞こえてきた。

「まったく、相変わらずだなお前はよ」

それは神だった。正面に立つ年が、自分に向かい言ってくる。

「騎士がどうだの約束がどうだの、そんな託がないと剣も取れないのか?」

まるでそこにエリヤがいるように、六十年前から変わらないエノクに言うのだ。

「いいかエノク。大事なのはな、そいつを助けたいっていう気持ちだろうが!」

同じだった。まるでうり二つ。そこに彼がいるようで。

「お前は、まさか」

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