《天下界の無信仰者(イレギュラー)》分かった。連れてきてくれ

驚いた。目がわずかに見開く。

シルフィア。彼とはもう六十年も會っていない。エリヤが他界しそれから姿を消してしまった。孤児院から出て行くこと、心配しなくてもいいと置き手紙だけ殘して彼はどこかへ行ってしまった。むろん彼のことを探してはみたものの足取りはつかめなかった。

その彼が、ここに來ているのか?

突然のことに多揺を覚えながらもエノクは平靜を保ち続けた。

「分かった。連れてきてくれ」

「かしこまりました」

職員は會釈すると扉へと戻っていった。

エノクはバルコニーで待つ。六十年ぶりの再會に張していく。

その時を待った。

窓際に人影が現れる。その人が近づくにつれ像がはっきりしていく。エノクは見た。

その人が窓からバルコニーへと出てきた。

「君は……」

その人にエノクはつぶやく。

それは、ミルフィアだった。神律學園の制服を來たがエノクの前に現れる。

「…………」

「…………」

しばらくの間、二人は見つめ合っていた。この出會いになんと聲をかければいいのか。迷っているのか、探しているのか。それとも聲をかけるべきではないのか。二人の沈黙は続いていく。

だがいつまでもこうしているわけにはいかず、最初にいたのはミルフィアだった。バルコニーに出るとエノクの隣に立ち手すりに両手を置いた。

「きれいになりましたね」

「……ああ」

エノクも視線をゴルゴダの町に向ける。數日前まで崩壊し、瓦礫になり、壁面いっぱいに弾痕が刻まれていた町とは思えないほど視線の先に広がる白い町並みは整然としていてしい。

「昨日はお疲れさまでした。この國の人はみなあなたに謝しています」

「みなの助けがあってこそだ。私一人が賞賛をけるものではない」

「謙虛ですね」

「事実なだけさ」

エノクは目を伏せる。口ではこう言うもののやはり言葉にされると嬉しいものがある。年甲斐もなく笑みを浮かべそうになるのをなんとか隠す。

穏やかな表を浮かべるエノクをミルフィアは見上げていた。それから後ろめたさに視線を正面に切る。

「ありがとうございました。その、私たちのこと」

ミルフィアを含め教皇派と敵対し何度も衝突してきた神たちにはいくつもの罪狀があるわけだが、エノクの一聲にそれらはすべて帳消しになっていた。またこれまで通りの生活ができるようにこの事件における神たちの活躍は記録には殘らず報統制がされている。これについて神も普段の生活に戻るのが目的だからむしろ良いと快諾かいだくしていた。

都市復興に忙しい立場だというのにいろいろと気を配ってもらい謝していた。

「それとすみませんでした。せっかくの誕生祭でしたのに、邪魔をしてしまって」

加えてあの事件だ。思えばエノクには邪魔しかしていない。

だがエノクは快活に笑い飛ばした。

「ははは。いいさ。私も、自のいたらなさのために君たちには迷をかけた。すまなかった」

「いえ」

これほどすばらしい人格者はそうはいない。以前は敵ではあったがそれは認めざるを得ない。

彼は、立派な人だ。

「世界を守るためには危険を排除しなくてはならないと思っていた。敵を倒さなくては民を守れない。そのために剣があり、私は剣を振るうのだと。そう思い込んでいたんだな」

エノクの目が細められる。かつての自分を振り返る。

「敵をも救う。いや、敵とか味方とかいう線引きが視野を曇らせていたのかもしれん。學ばされたよ」

だが、完璧な人なんていない。

人生とは勉強の連続だ。人生が完することがないように長に遅すぎるというものもない。この爭いでエノクは大切なことを思い出し気づくことができた。

天羽との事件は大きな犠牲を生んでしまった。だがその試練はエノクを長させた。それについては謝してもいいのかもしれない。

「時に、今日彼は?」

ここにはミルフィアしかいない。いるだけで騒がしくなる年の姿は影どころか聲も聞こえない。

「主でしたら宮殿の前で待ってもらっています」

「そうか」

それならそれでいい。會ったところできっと和やかな話にはならないだろうし。こうして落ち著いて話せるならそれでよかった。

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