「本當に子供がしくなったら十回でも二十回でも中に出せばいい」

締めの言葉がこれだ。最初から最後まで言葉をボカすことなく、ストレートに的な表現をして話を終わらせた母さん。どこかやりきった様な表をして、ようやく二人を菅野家へ迎えれるのであった。

「味しい……」

「んま！　なにこれ！？　おばさん天才っすね！」

生まれてからずっと食べているだけにこの味が當たり前だと思っていたんだけど、初めて母さんの手料理を食べた拓哉と優香さんにとってはこの味はまさに頬が落ちそうなくらい味らしい。拓哉なんて空気を吸うようにビーフストロガノフを口に流し込み、そのまま咀嚼しているのかも疑いたくなる勢いで胃に流してこんでいる有様だ。

母さんは料理を作るのが上手い。口は悪いが料理の腕はピカイチで、どんなに疲れていようが調が悪かろうが、年末年始の暴飲暴食で胃が弱っていようが、僕と親父が母さんの料理を殘したことは今まで一度だってない。じゃが味いのは當然だがその殘っただって白米に掛けて食べる程だ。――極端に言ってしまえば、母さんの料理一つ一つ、殘りだろうが殘りカスだろうが、そのことごとくが全て味い。

「漬だってこんなに味いなんて思わなかった……、このキンピラだって……筑前煮だって……、こんなに味いモノを俺はどうしていままで食べてこなかったんだ」

「ホント、たっくん食わず嫌いで煮や漬を全然食べないんです。でも、これなら苦手なたっくんでも食べられるし、それ以上に私、大好きこの味……」

「拓哉君、ここの料理は別格。克服出來たと思って學食で注文すると痛い目みるよ。ホント、マジでそれだけはあたしが保証してもいい」

昔、奈緒も漬、煮付けなどの老人たちが好き好んで食べる純和食が嫌いだった。特に魚の煮付けのあのなんとも言えない甘く魚臭い味付けが苦手だったけど、母さんのカレイの煮付けを食べたその日からは違った。菅野家の獻立がカレイの煮付けだと換気扇から漂う匂いを嗅ぎつけると勝手に上がり込んできて馬鹿みたいに毎回三匹はお替わりしていた。

「でもね、いざ、違うところで食べると拒絶反応が出るの。これは、カレイの煮付けじゃない。ただただ甘いがかかったかわいそうな魚だって」

舌がえると言えばそうなのだろう。慣れ親しんだ味が味ければ味いほど、基準値は高くなり、その平均以下の味はいくら店が「カレイの煮付け」と名付けても「甘いがかかったかわいそうな魚」になってしまう。奈緒は拓哉にそう言いたいのだ。