《初めての告白の先に見えたあの日の約束75

翌朝、洗面臺を當家の誰よりも使用したのは我が友の拓哉が斷トツで長かった。なんでも毎日全力で生きる男にはそれなりのだしなみが必要であって、整髪料を大量に消費し長時間掛けて髪型をセッティングするのは、デキる男の嗜みなんだとか。

確かに、うだつの上がらない親父が洗面臺の前にいる時間はカップラーメンが出來る時間より短く、トイレに篭もる時間が一番長い。嗜みよりも睡眠時間を優先する人間なので毎朝遅刻ギリギリ、母さんが玄関前で親父の曲がったネクタイを直し寢癖頭を整えている始末だ。母さんなしでは何も出來ないって言ってもいいだろ。

だから、當然親父は母さんをしている。某國の某獨裁者よりも母さんのことを恐れているし、天皇陛下や法王様よりも頭が上がらない存在が母さんであるが、それはの裏返しなんだと子供ながらに思う。

それに対し、母さんも言わずもがなである。昨晩のデレデレっぷりを見ていれば、相思相なんだと誰でも思う。甲斐甲斐しく親父の曲がったネクタイを直す姿は誠に乙である。

言っちゃえば、弟や妹がいないのが不思議でならない。ってくだらん妄想をして吐きそうになったことは數知れず。

「頑張れ我が息子! 俺もエンジョイするぜ!」「エンジョイってあんた。仕事は楽しむものじゃないでしょ。まあ、ない學生生活なんだし、あんたもしは火遊びしなさいよ」

そんな両親に見送られて僕も玄関を出る。拓哉も二人に何か言われたのか聲が住宅街に木霊するくらい大聲で返事をしている。

睡眠時間四時間とは思えないパワフルさ。拓哉は今日も元気一番だ。

「おはよう、あ、ほら、襟曲がってる。ホントだらしないんだから」

親父が言われたことを息子の僕も言われる。そして同じように直される。

「シャキッとしなさいよね。こんなんだからいつまでたってもモテないだから」

さっき親父は出世しないんだから。って言われていたっけか。苦笑いしかでない。

「じゃ、あたしたちはバスだからここでお別れね」

「グッドラック!」

「ファイト雅くん!」

T字路に差し掛かり自然とふた手に別れる。當然だ。三人は別の場所で職業験をけているんだ。奈緒を除いた二人が各々別々のポーズを取りひしゃげた背中をする僕を鼓舞してくれる。これは有り難い。僕も出來る限り笑顔を作り三人へ手を振り進行方向へを向ける。

奈緒だけが何も言わず行ってしまった。しだけ寂しい。昨日他の男の事を絶賛していたのを聞いてしまったのもこののざわつきの原因だろう。

バン!

一歩前へ足を出した瞬間に背中へ張り手を噛まされた。それも思いっきり。鼓が弾けるくらいの高音を放ち、叩かれた背中は痛みと熱を帯びている。

「……奈緒」

振り返ったら誰もいなかった。でも、僕には分かった。曲がり角の向こうで奈緒特有の足音が駆け足で遠ざかっていくのが。その走り去る足音がバスの音にかき消されるのを確認してから、再度歩みを再開した。

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