《初めての》告白の先に見えたあの日の約束84
見慣れた通學路を全力疾走し、たどり著いた先は最近工事が完了したばかりの洋風の小ジャレタ一軒家だった。
雪が積もり広い庭も一面真っ白。一本の大樹が印象的なその家こそが春香の住む家ではあるが、ぱっと見、第一印象は妙な靜けさが漂う春香の家“らしい”といえば印象通りの雰囲気を孕んでいた。
「出てこないか」
呼び鈴を鳴らしても反応がない。病院にもで行っているのだあろうか。それとも寢ているのだろうか。小學二年生が思いつくことはそれくらいで、たどり著ければそれでいいとしか考えていなかっただけに、途方に暮れてしまう。
「窓から顔出してくれればいいんだけどなあ」
最悪どの窓が春香の部屋のモノかわかれば小石をぶつけたりして様子を伺えるけど、どの部屋も明かりどころか雨戸が閉まっていて中の様子すら伺えない。
正面門の脇にあるガレージを見るとシャッターは閉じられており、そこからタイヤ痕がうっすらびていることを考えると、朝誰かが車を出してからまだ戻ってきていないことは何となく分かる。
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こんな寒空の下、まだ八歳の春香を一人殘して両親や家族が出かけるとは考えにくい。きっと病院に行っているんだ。と、半ば諦めて擔任教師から預かった書類を郵便けにれようとした時――。
「ん? 音がした?」
定かではないが、靜まり返る春香の家から音がした。
「あ、あそこの窓だけ雨戸が開いている」
思わず獨り言をらしてしまう。
大きな木からびた枝が屆きそうな位置にある窓――二階の窓にしだけ人の気配がした朋希は、施錠のされた門扉を軽々と乗り越えギュッギュと足音を立てながら件の窓の下へとやってきた。
「お~い、春香いるのか?」
降雪はないが耳がキンキンと音がするほど痛く、聲を出せば吐息は白く、冷気にさらされた口が寒さで痛くなるも、それを我慢して朋希は何度か春香の名前を呼ぶ。
「ん~、いそうだな。よし、いっちょやってみるか俺も木登り」
春香が木登りが好きだと言っていたことを思い出し、久しぶりに朋希も木登りをすることにした。る幹に手をかけ、一歩一慎重に登っていく。その肩に掛かるアコースティックギターが揺れて幹に當たる度にポーン、ポーンと嫌な音を立てるもんだから一層慎重になる。外の狀況を知らない人間からしてみれば、不気味な音が庭に響く。
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「よっし、間違いなさそうだな」
無事に木登りを終えた朋希の視線の先に、カーテンが半分開いた窓からの子らしい裝の部屋が見えた。本人は見えないがここは間違いなく春香の部屋の前だと思い、おもむろにケースからアコースティックギターを取り出してチューニングを始める。
落葉を終え、小枝が數本殘るだけの枝にりながら用にチューニングを行いその準備が終わると「ん、ん」と短く咳払いすると例のごとくあの曲を誰もお願いしていないのに演奏し始め、サビでもないのに冒頭の歌詞から全力で熱唱した。
「俺の聲が聞こえるか! お前を好きだとんでる! お前のためなら死んでもいい! だからお願い、一晩だけ、俺ので寢てほしい」
とても小學二年生が歌う曲ではない。ましてや雪景一のも凍る寒空の下、木の上で想いを寄せるの子に聴かせるまでもない。でも、一たび聴いただけで虜になってしまったこの曲を、春香にも聴いてほしい。きっと元気になるから。
その思いだけで朋希は歌い続けた。
「……」――何の前れもなくカーテンが開いた。
やっと顔を出した春香。目が赤い。目の下のクマが二週間前よりも黒っぽい。これは一大事だと、朋希は思い咄嗟にアコースティックギターを春香めがけて投げた。
ガッシャ―ン。當然窓ガラスは割れ、床に破片が飛び散る。
監されていると思った。今考えればあり得ないことであるが、子供の朋希からしてみればその時の春香の様子は異常だったのだ。
「大丈夫か 一緒にここから逃げよう!」
窓ガラスをたたき割り、全力で枝から室へと飛び込んだ朋希は、を伏せていた春香の手を取り、來た道を戻るがごとく軽いじで窓からを乗り出そうとした。
「え、ええ?」
當然理解できない春香。それもそうだ。外が騒がしいと思い様子を伺うと、まだ出會って日の淺い朋希が聞き覚えのある曲を大熱唱していて、こちらに気が付くと何の迷いもなくアコースティックギターを投げつけてきたのだから。
「いじめらてるんだろ? だったら早く逃げないと! 大丈夫、絶対俺が守るから!」
「え、いじめって? ええ?」
「いや、だって――」見た目は虛弱質で明らかに不健康に見える春香だったが、握り返された手にはしっかりと力が込められており、sれでやっと勘違いしていることに薄々気が付きだした朋希は室を巡視した。
見るからに暖かそうなアニメキャラ柄のパジャマを著た春香、しっかり暖房の効いた部屋、子供がしがりそうなおもちゃがズラッと収納されたケース。各種謡、絵本が収納された本棚。「しっかり食べなさい」と書かれたメモが乗るお盆には空の食の數々。待を疑うよりは、過保護を疑った方が良さそうな生活ぶりである。
「俺、もしかして勘違いしてる?」
「う、うん、たぶん勘違い。私、調悪いだけだよ?」
きっとこれが本來の小鳥遊春香の素顔なんだろう。困する朋希を春香がシマリスのように小首を傾いで見つめる。ふっくらした涙袋がなんともかわいいと朋希は思った。そして、安どした。
だが、ホッとしたのもつかの間。急激に恥ずかしくなった朋希は、床に散らばるガラスをものの見事な手さばきで片付け、慣れた手つきでそれを二重にしたごみ袋へ投してランドセルへと押し込み、逃げる様にさも當然のごとくのこなしで窓にを乗り出す。
「すまん、これで失禮――」
「あ、待って!」
「ちょ、急につかむなって――」
「きゃああああああ!」
アコースティックギターを摑まれてバランスを崩す朋希。そのまま窓から地面へと真っ逆さまに転落してしまった。
「……、あ、あっぶね」
死んだかと思った。先週から降り続ける雪が屋からり落ちたのだろう。子供くらいの重であれば簡単にけ止めることができるほどにコンモリと積み上げられていた。そこに、朋希はうつ伏せで落下したのだ。生きた心地はしななかった。
「ご、ごめんね? ケガしてない?」
「ああ、平気平気! こんなの大したことない」
パジャマ姿のまま庭まで降りてきた春香が雪に埋もれる朋希をほり返そうと雪山に飛び込んできた。それに対して、朋希は笑って見せた。お互いの吐息が鼻先にぶつかるほどの至近距離である。
「よかった。ほんとによかった……また、私のせいで誰かが泣いちゃうと思ってわたし……」
「ちょ、春香が泣くことないだろ!」
気になることをボソッとらした春香が泣き出した。なんだか泣いてばかりいる子だ。どうにかしてあげたい。って思った朋希は、春香の肩を抱きしめた。
「なんか歌ってやるから、泣き止めよ」
雪のクッションから這い上がり近くに落ちていたアコースティックギターを抱える。何も言わなければまたあの曲――「貞総ヤング」を聴かせてやろうと思っていた朋希。春香から告げられた曲名は、まさにそれであった。
「え、なんで知ってるんだこの曲?」
「みやちゃんが好きだったから……」
ああ、またみやちゃんか。ちくしょうめ。いい趣味してやがる。
その時の朋希はそう思い、まだ見ぬ敵に嫉妬しながらも敬意を払った。この子をいままで笑顔にしていたのは、お前か。なかなかやるな。でもな、今日からこの子の隣は俺のもんだ。そう、心の中でんだ。
「俺の魂聴いてくれ!」
「じ~ざ~す」
本當にこの曲が好きなのだろう。ライブでしか聞けないコーラスを春香がいままで一番大きな聲で完璧な音程で歌っている。とても楽しそうにんでいる。その表には今までの鬱なりはなく、本當に楽しそうに笑っている。
そんな春香の橫顔を盜み見ながら朋希は思った。
   俺、この子のこと絶対に好きなる。って――。
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