「ごめんなさい、友達としか見れません」

俺は淺い付き合いから、いきなり告白する他の人とは違う。

こいつと積み上げてきた時間の度が違う。

そう自信を持って告白した俺、桐生介きりゅうようすけは、困した様子ながらもハッキリと返事をする"高嶺の花"藍田奏あいだかなでにあっさり振られた。

赤とんぼが飛びう秋空の下。

中學三年生の秋、初めての告白は失敗に終わった。

◇◆◇◆

ジリリリリ！

部屋の壁を反響する目覚まし時計の音が、俺を夢から覚ました。

普段は目覚まし時計にも構わず二度寢をしがちだったが、この日は珍しく起き上がる。

多分、さっきまで見ていた夢のせいだ。夢は夢でも、過去最悪に苦い思い出を忠実に再現した夢。

──噓だろ、まだ引きずってんのか俺。

自信満々にした告白を藍田に斷られて半年。

半年も経ちながらあの日のことを夢に見てしまった自分に甚だ呆れる。

「介ー、起きなさい！」

一階から母さんの聲が響く。

「うるさいな……」

「もう理奈りなちゃん迎えに來てるわよ！」

やべ。

馴染の名前を聞いた途端、ベッドから飛び降りる。

今日は高校に學して初めて日直の順番が周ってきている。

早朝の慣れない一人登校を避けるために馴染である香坂理奈に一緒に學校に行こうとったことを忘れていた。

四月中旬、北高校に學してまだ一週間程度。

目覚まし時計を見ると、七時半。いつもと変わらない時間に、早めにアラームをセットすることを忘れてたことに気付く。

俺としては一人登校を避けることができれば一緒に登校する友達は誰でもよかったのだが、家が隣で比較的何でも頼みやすい関係である理奈をった。

自分からったのだから、さすがに遅刻はまずいと焦る。

カーテンの隙間から家の外を見下ろすと、電信柱にもたれながら攜帯をいじる理奈がいた。反的に攜帯を見ると、ちょうど通知がきた。

『遅い』

たった二文字の中に込められたをなるべく想像しないように、攜帯を取り返信する。

『今起きた。準備してくるからあと十分待ってて』

メッセージが送られたことを確認すると、急いで準備を始める。夜のうちに學校の用意はカバンに詰めてあるので、十分といわず五分でよかったかもしれない。

部屋から出てドタドタと階段を下りると母さんが一喝した。

「介、階段が抜ける！」

階段はそう簡単に抜けないと言いたかったが、今は口論している時間はないので「ごめん！」とだけ言って、顔を洗う。

ここまでかかった時間は五分。

歯磨きを終えると部屋に戻り、制服に著替える。まだ春とはいえし寒い季節なので、カッターシャツの上に學校指定のセーターを著る。準備を終え玄関から出ると、理奈はドアのすぐ橫に移していた。

「遅い！」

こちらを睨みつける馴染、香坂理奈こうさかりなは腕を組みイライラした様子で攜帯をブラブラとさせた。

「遅刻、が朝早くから一人で學校に行きたくないって言ってきたから仕方なくこっちも早起きしてあげたのに！」

「ほんと悪い。じゃあ行くか」

「それだけ！？」

さっさと歩き出す俺に仰天したように理奈は追いかけてくる。

「ねえ、もうちょっと何かあるでしょ。ランチ奢るとか、ランチ奢るとかさ！」

この馴染は食べることしか頭に無いのだろうか。

かといって今回の件に関しては自分が悪いし、自覚もしている。

軽い謝罪だけでさっさと歩き出したのは、何となく素直に馴染に謝るのが癪だっただけだ。

我ながら最低である。

「ねぇ聞いてるのー、おーいさーん」

「うるせえ。奢ればいいんだろ奢れば！」

「ほんと！？　やった！」

大きめな目をバカみたいに輝かせ喜ぶ理奈を放って、スタコラと歩き出す。

「あっ、待ちなさいよ！」

「嫌だ」

一緒に行かなければ理奈をった意味が全くないのだが、どうせすぐ著いてくるので気にしない。  

周りに登校中の生徒たちが増えている中、俺と理奈はしばかり人目を引いていた。

學して早々彼氏彼で登校しているように見えるのだろう。

俺と理奈は、馴染。

家は空き地を挾んで隣合っている。

子供同士の年が同じだったため家族ぐるみの付き合いも深く、小さい頃はよく理奈と空き地で日が暮れるまで遊んだものだ。

俺の家には父が単赴任で大抵いない。母と、四つ年の離れた姉の聡さとみとの三人暮らしだ。

母はいつも帰りが遅いので、聡と一緒に理奈の両親に預けられるなど香坂家にはとてもお世話になっていた。

小學校は理奈と同じだったが、中學は母が転職により家に毎日帰るのが難しくなったため、隣町にある祖母の家に預けられることになり離れてしまった。

お互いバスケ部にっていたため、練習試合や大會の會場でたまに顔を合わせることがあったが、それでも話す機會はなくなった。

高校生活が始まると同時に実家へ戻ってきたのだが、中三の大會以來、約一年ぶりに理奈と再會した時は驚いたものだ。人間、たった一年でこんなに変わるものなのかと。

小學校の放課後に短髪で男子に混じってバスケをしていた面影は消え、北高校の制服姿の理奈はちゃんとした一人の子高生になっていた。

思えば中學時代に見た理奈はユニフォーム姿や練習著姿だけで、制服を著ている姿は見たことはなかった。

小さめの長は平均程度になっていて、髪はばし肩に掛かる程度の長さ、茶がかかった比較的明るめの髪。大きな目に整った顔立ち。そしてし控えめだが、確かな膨らみを想像させる。

引っ越しの挨拶の際に「久しぶり、！」と呼ばれた時は、一目だけでは理奈と信じることができず、やたらと張してしまったことを思い出す。

「なに、ちょっとぎこちなくない？　あ、久しぶりで張してるの？」とこちらを見上げる理奈に最初はドギマギしたが、慣れてみればなんてことのない。中は子供の頃のままだった。

 『中學で離れて高校で再會した馴染』なんて気まずくなって疎遠になるイメージがあるが、昔から誰にでもフレンドリーに接していた理奈との間に、その法則は適用されなかったらしい。

俺を追いかけていたはずなのにそのまま通り過ぎて駆けていく理奈をボーッと眺めながら、同じ高校に通いながらこいつと疎遠になるとかあまり想像できないかなと思う。

そのままのんびり歩いていると、こちらに駆けて戻ってくる理奈が見えた。元気なやつだ。 

「、追いかけてよ。冗談って気付いてくれないならそれでもいいけど、せめて追いかけてよ。私バカみたいじゃん」

「お前バカだろ」

「なっ」

なんですってー！　と憤慨する理奈から、既に俺の意識は外れていた。

し先に歩いている黒髪ロングの子生徒の後ろ姿に、視線が釘付けになっていたのだ。

 藍田奏。

今朝夢に出てきたばかりなのに、このタイミング。どうしても意識してしまう。

理奈の聲に反応したのか、藍田はこちらに振り向いた。

  「」という名前に反応したんじゃないかと一瞬だけでも期待してしまう自分を意識の外に放り出す。

そんなわけないだろ、とっくに振られてるだろうが。

「あ、桐生君。おはよ」

「お、おはよ！」

柄にもなくハッキリと挨拶すると、理奈はし面白くなさそうな顔をする。

「香坂さんも。おはよ」

「私はついでか。おはよう」

「そんなことないけど」

「ま、どっちでもいいけどさ」

この二人は同じ中學のバスケ部だったらしい。

だがどこか二人の間には壁があるようにじていた。

というより、理奈が一方的に嫌っているのを、藍田がけ流しているように見える。

「が今から日直の仕事だから、また學校でね！　ほら行くよ！」

「え？　おい、引っ張るな！」

藍田はし楽しそうな目でこちらを眺め、「うん。また教室で」とだけ言った。

前は二人でもっと話し込んでいたのにな。

理奈に引っ張られながら、俺は中學の頃の藍田との付き合いを思い出していた。