《高校で馴染と俺を振った高嶺の花に再會した!》18.理奈の葛藤
「……それで、付き合うことになったって?」
「うん、まあ仕方ない」
「し、仕方ないわけないでしょ! あんたあの場に居て何かされるかもってことくらい分からなかったわけ!」
帰り道、理奈に事の顛末をあらかた話した俺は叱咤されていた。
「何かあるなとは思ったよ! でもまさか、あんな回避不能なこと言われるとは思わないだろ」
逆にそっちは分かったのか? と聞くと理奈は俯いた。
「そりゃ、そういうことをピンポイントで予想できてたわけじゃないけど」
理奈は眉を寄せて溜息を吐く。
「でも藍田さんとは仲良いわけじゃないから、私にとってなにか不都合なことをしてくるかもしれないとは薄々じてたわ」
「仲良いわけじゃないから、っていうかさ」
普通に仲悪いだろ、あれ。そう言おうとしてやめた。
理奈が俺のために藍田を呼び出していたこと。その際言い合いに発展したこと。そして俺に関することであろう、過去の話。
多分そのどれもが、理奈にとってあまり知られたくなかったことなはずだ。
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「まあ、これも私にとって結構なダメージだけど」
理奈は悩ましげな表を見せる。普段の理奈からはあまり想像できない表だった。
「ダメージ?」
「まあね。自分の馴染があれ・・と付き合うなんて、ちょっとこれから胃が持ちそうにないわ」
「あれ、ね」
理奈はあの時藍田のことを「高嶺の花なんてあだ名に隠れて、あなたは」と糾弾していた。
その続きは、俺が今抱いている藍田への印象の代弁か、それとも理奈だけが知っているもっと酷いものなのか。せめてそれくらいは聞いておきたい。
飛び出した直前に話していたことだし、これくらいは大丈夫だろう。
「藍田って、高嶺の花じゃなかったら何なんだ?」
我ながら意味の分からない質問だ。
傍から見れば頭の中に疑問符が浮かぶだけであろうその質問に、理奈は何かを葛藤するように俯いた。
「……言わないわ。別に知ったところでどうにかなる問題じゃないし」
「教えてくれよ、これからに関わることかもしれないだろ」
「どう関わるっていうのよ。とりあえず今は大人しくしときなさい」
理奈は遮るように言う。
「大人しく……はするけど。それでも知っておきたいって」
「が完全に、藍田さんのことを嫌いになった時に教えるわ」
「何でだよ。ていうか、俺もうあいつのこと嫌いだぞ」
そう返すと、理奈はかぶりを振った。
「あんたはそんな簡単にあの人のことを嫌いになれないわ。普段スカしてるようでいて、藍田さんに関してだけは一丁前に悩むんだから」
「それは──」
否定することは躊躇われた。
確かに今は藍田の裏が判り、理不盡な要求も相まって藍田に抱く心象は極めて悪いと言っていい。
だがこれが、あと一週間続くとしたらどうだろう。
いつものように、藍田の偽であろう笑顔に翻弄されるのではないか。気持ちとは裏腹に、流される場面も出てくるのではないか。
「また考えてる。そんなに悩まなくてもいいわよ」
理奈は苦笑いしながらそう言った。
「し時間が経つ頃には私が何とかしてあげれるかもしれない」
「……なんでそこまでしてくれるんだ?」
多分、どんな答えが返ってくるかは分かってた。
それでも一応、聞いておかなければいけない気がした。
「なんでって」
理奈は再び何かを葛藤する素振りを見せたが、今度はほとんど一瞬だった。
「──あんたの馴染だから。私にとって、多分それが大切なの」
◇◆
「おはよ、桐生くん」
「……おっす」
翌日の朝、自分の席に著席した途端、藍田が話しかけてきた。
今日はどんな心境の変化か、長かった髪を後ろで括りポニーテールにしている。高嶺の花が髪型を変えたことで、朝の教室はどこかソワソワしていた。
主に男子が、だが。
「ね、似合う? これ」
藍田はしゃがんで俺の機に肘をつき、あざとい上目遣いで聞いてきた。クラスの視線を一に集めている藍田から目をそらす。
似合ってる。かつての俺なら思わずまじまじと見ていたはずだ。だけど今は、それを口に出して言う気分にはなれなかった。
「まあ」
「ふふ、そっか」
藍田は俺の素っ気ない返事にも嬉しそうに満足顔をする。
多分、嬉しそうな満足顔のフリをする。
「ね、束ねた部分とかってみる?」
「は? なんでだよ」
「なになに、お2人さん今日仲良すぎじゃない?」
「いつも仲良かったけど、今日は特に仲良いよね!」
クラスでいつも藍田と一緒にいる子が聲をかけてくる。
やはり傍から見ると、普段男子とあまり話さない藍田がここまで楽しそうにしているのはかなり目立つのだろう。
「おはよーっす。お二人さん、朝からお熱いこって」
「からかうなよタツ。そんなんじゃないから」
「ええー、俺の勘がそんなことあると言っておるのだが」
じゃあその勘アテにならねえよ! そういつものようにツッコミをれたかったのだが、皆んなの手前強く否定することは憚られた。
「そんなことあるよ、タツくん」
「え?」
藍田はスッと立ち上がって俺の方に歩み寄ってきた。
「私たち、昨日から付き合うことになったの」
「へ」
タツはぽかんと口を開ける。藍田の友達も手を口に當てて顔を赤らめた。
「なにい!? 桐生、お前昨日の1on1でずっと上の空だったのはこれが原因かよ! なるほどな、ちょっとムカついてたけど許す! 全力で許す!」
タツはびながらガクガクと肩を揺らしてくる。
「い、痛い痛い! やめろタツ! そうだけどそうじゃないんだって!」
「あら、何がそうじゃないの?」
藍田の大きな目がし狹められた。
どうやら皆んなの前でも認めなければいけないらしかった。
──噓だろ、そんな大きく學校生活が変わることなんて聞いてない。
「いいよなーほんと、前々から仲は良かったけどよ! いやー、やっぱり俺の勘はよく當たる!」
──全部外れだよ。
心の中で苦々しく呟きながら嘆息した。
これで俺たちの関係は一週間と経たず、學年中に広まるだろう。二日前までの自分なら、多分大いに歓迎した注目だ。
でも今は歓迎から程遠い気持ちだ。だって、普通の付き合いをしたかった。
高校は相手が藍田じゃなくても、ちゃんと自分のことを好いてくれる子か、もしくは自分が好きになった子。
ちゃんと付き合って、皆んなに惚気たりしたかった。
普段は藍田や、最近理奈にだってドキドキしてしまうこもあるけれど。それとは関係なく、自分が好きだとじた子と思い切り青春してみたかった。
藍田はあの時俺のことを好きだと言ったが、人として好きだという意味ではないだろう。
どれだけ藍田が綺麗でも、この関係を手放しに喜ぶことはできない。
「ああ、実はそうなんだよ」
それでも俺はクラスでの世間を優先した。
人以上に普段の生活は大切だから。
學校生活が壊れるくらいなら、俺は好きじゃない子と付き合う。
俺の思が屆いたのだろうか、藍田は微かに笑みを浮かべた。
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