《みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです》30.ああ、青春の日々

「……えっ?」

「因みに、ここだけの話なんだけど、今の僕は15532回目の僕なんだよ。それだけこの夏休みをやり直し続けている」

「ま、まさか、15532回の夏休みを全て記憶して、それでいて全く同じことを繰り返しているって言うの……?  そ、そんな事って……」

「いや、正確にはまったく同じではない。合宿に來なかったパターンが9856回目と12603回目の二回ある。それから……」

「姫城さん。廚二な會話してるとこ申し訳ないんだけど、ちょっと文人借りてもいい?」

「なんだよ。今、良いところだったのに。なあ詩歌」

「う、うん。でも、その……矢野さんの目が怖い……」

そう言われて、たよりの方を見ると確かに鋭い目つきで僕を見ている。せっかく詩歌とエンドレスエイトごっこをして遊んでいたのに、獲を狙う鷹のような目のたよりを前に流石の僕もの危険をじた。

「お、おう。詩歌、悪いな。ちょっと行ってくる」

 

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たよりと散歩がてらに別荘の近くを歩いている。たよりは……あの後一言も喋らない。怒っているのだろうか。

でも僕は特に怒らせるような事した覚えはないのだが……。

「なあ、たより。どうしたんだよ、さっきから黙って。なんかあったのか?」

「文人……最近ちょっと気づいた事あるんだけど」

「な、なんだよ改まって……」

「いや、でも私の勘違いかもしれないし……」

「いいから言ってみろよ」

只ならぬ雰囲気に、段々と心配になってきた。いつも元気なたよりが何か思い悩んでいる様子だからだ。

と、一瞬思ったけど、こいつ結構、いつでも悩んでるな。

「じゃ、じゃあ……思い切って聞くけどさ」

數秒の沈黙。

「最近……」

先程よりも長い沈黙。

「……私の出番なくない?」

「それな」

「だよね? なんかもう存在がないって言うか、ちょっとやばい気がしてるんだよね」

「すまん、たより。僕が巨なクラスメイトと生意気な後輩とばかり話をしていたから、寂しかったんだな」

「べ、別に寂しいとかじゃないけど……てか巨って。あんた、大きい方が好きだったっけ?」

「大丈夫だ、たより。僕は斷然、貧派だ」

「なんで私の方を見てるのかな?」

「イタタタ。や、やめろって。冗談だろー」

呆れた顔で僕のほっぺたをつねってくる。こういうやりとりって馴染ってじがするのは僕だけだろうか。獨特の距離というか、長年一緒にいるもの同士ならではの空気というか。

「それにしてもびっくりしたよね。姫城さんがこんな立派な別荘を持ってるなんて」

「そうだな。ダメ元で聞いてけど、本當に持ってるとは思わなかったよ。僕が一番驚いた」

「驚いたといえば、二葉がよく懐いてるみたいだね」

「懐いてるというか、小馬鹿にされてるというか……なんか不思議な子だよな。年齢の割に妙に大人っぽい事言ったりするし」

「そうだねー。それにちょっとツンツンしてるとこもあるから、誰とでも仲良くなれるわけではないんだよね」

「ふーん。そうなんだ」

「先輩、後輩関係なくズバズバを言っちゃうからトラブルも多あったりするんだけど」

それはなんとなくわかる気がする。

典型的な[言わなくてもいい事を言っていざこざを起こすタイプ]だろう。

個人的にはそういう格の子は嫌いではない。むしろ好が持てる。

流石に裏表が無いは言わないが、なくとも表面上だけの會話で誰にでも良い顔をする様な奴より信用できる。

誰にでも良い顔をする奴……まあ、僕のことなんだけどな。

ただ、現実的に考えて周りと上手くやれるのは圧倒的に後者だ。

これは僕の希でも経験則でもなく、厳然たる事実だ。正直者が馬鹿を見る、噓をつけない人が生きにくい世界。

殘念ながら現在の世の中、いや、なくとも現在の日本という國ではそれが當前として周知されている。故に普通の人は空気を読む。トラブルを避けるために言いたい事を飲み込む。

飲み込んで、溜め込んで、我慢して。行き場を無くした怒りや悲しみは、自分達より下の者へとぶつけられていく。そうやって人類の底辺まで屆いた憤りは一どこへ行くのだろうか。

地底人でもいればいいのにな。

「たよりは……月見里さんのことどう思ってるんだ?」

「ん? 私は好きだよ。二葉の格。言うことは言うけど、禮儀が無いわけでは無いし」

「確かに。もっと砕けた言葉遣いでも良いと思うくらいだな」

「そうそう。それに、あの子の言うことはたぶん正しい。全てが、とまでは言わないけど、なくとも的外れで、明らかに間違った様な事は言わない。あとは、発言に見合った実力を持っているし、そのバックボーンとなるものも持ってる」

「バックボーン?」

「うん。あの子は天才だと思うよ。でも……二葉は努力をする天才だ。実力を支える、凄い努力があの子の幹だからね」

「そっか。よく見てるんだな。たより、やっぱりお前は良い奴だな」

「な、なに急に。別に私は良い奴なんかじゃないし」

「いや、僕が保証するよ。お前は良い奴だよ」

「う、うん。ありがと」

「ちなみに……文人は二葉のこと、どう思ってるの?」

「まあ、嫌いじゃないな」

「ふーん」

「なんだよ」

「べつにー。なんでも無い」

「変な奴だな」

「文人には負けるって」

「ところでたより。僕も一つ気になってた事があるんだけど」

「ん?  なに?」

「えっと、これこそ僕が気にするようなことでもないんだろうけど、ただこのままでいいのかなって思わなくもなくて」 

「んー?  よくわかんないんだけど」

「最近……バスケ全然やってなくね?」

「……描寫がないだけで、毎日練習してるから大丈夫だよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよ」

それに、と続ける。

「秋になれば大會もあるから安心して」

「それを聞いて安心したよ」

「文人は応援に來てくれるのかな?」

「ああ。特段、用事があるわけでも無いだろうし、行くつもりだよ。日にちが決まったら教えてくれよ」

「分かった。文人は、私と二葉どっちの応援するの?」

「二人ともに決まってるだろ。バスケはチーム競技なんだからさ」

僕のなんとも曖昧で男らしさのかけらもない返答にさえ、たよりは安堵した様子で笑みを浮かべる。まさか、自分ではなく、月見里さんの応援をしにくるとでも思っていたのだろうか。

そんな訳はない。八方人の僕にそんな事が出來るはずがない。誰にでもいい顔をする、分け隔てなく。

誰にでも優しいのは、誰にも優しくないのと同じだって誰かが言っていた気がする。

そんは自分が嫌で嫌でたまらない。

「えへへ。よーし、気合いってきた!  文人、別荘まで競爭だ!」

そう言って踵を返し、元來た道を走り出すたより。

「おい!  フライングだろ!  卑怯だぞ!」

慌てて追いかけるが、たよりの背中はみるみる小さくなっていく。まじ速えぇ……なんでそんなに元気なんだよ。

でも、こんな青春も悪くないか、と思える自分がいることに驚きつつ、別荘までの道のりを駆け抜けた。

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