《みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです》69.ランニングシューズ

家に帰ってお風呂もらずに自分の部屋へ駆け込む。

布団に顔を埋めて息を大きく吐きながら、足をバタバタさせる。

「……先輩」

一旦は落ち著いた心臓の鼓は、先輩との事を思い出すたびに、再びどくんどくんと大きな音をたて始める。

同時に顔が、かーっと熱くなるのをじる。

確認するまでもなく私の顔は真っ赤っかになっているだろう。

誰もみていないけれど、それが余計に恥ずかしくじられ、更に顔を赤らめる悪循環。

だけど、これは嫌なじゃない。

「キス……しちゃった」

口に出して、先ほどの出來事が夢や幻では無かった事を確かめる。

それに、私から無理やりしたわけじゃない。先輩からも……あんなに激しく……。

ぎゅぅっと右手で自分の制服の元を摑む。

が苦しい。息が上手くできない。

「はぁはぁ……」 

呼吸が荒くなる。今更なんで?

「さっきまで平気だったのに……」

自分のが葉おうとしている。今まで生きてきた中で、一番幸せだ。

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私は今、この瞬間のために生まれてきたんだ。

好きな人と抱き合って、見つめ合い、を重ねた。

心が目に見えるものならば、きっとそれも合わさっていると確信できる。

なのに……なんで?

「……涙が止まらないんだろ?」

なんで? なんて白々しいにも程がある。

勿論、嬉し涙などではない。

私は罪悪に押しつぶされそうになっているんだ。

矢野先輩を出し抜いた。

先に先輩を好きになったのは、矢野先輩なのに。

相談に乗るとか言っておきながら、橫取りした。

バスケットボールならきっとナイスプレーなんだろうけど、沙汰ではそうはいかない。

騙して奪った。泥棒、掠奪、橫奪。

私は……私が……

「う、ゔぅ……ぐす。どうしよう……」

もしも上手くいったらこうなる事は分かっていた。

なのに私は先輩にアプローチした。覚悟が足りていなかったのか?

それとも、先輩に拒まれるのをんでいた?

お前のことは好きじゃない。迷だからやめてくれ。俺は、たよりが好きなんだ、と。

そう言われるのをんでいたの?

いや、ありえない。

だとしたら、私のみは一なに? どうなれば一番良かったのかな?

私は矢野先輩のことも好きなんだ。

いっそ、矢野先輩が凄く意地悪で、格が悪くてどうしようもない人間なら良かったのに。

なんの遠慮もする事なく、「ざまあみろ」と言ってやりたくなるような相手だったら良かったのに。

なんて、どこまで自分勝手な事を言っているんだ私は。

ベットの上で、くるりとを反転させて、仰向けの姿勢になる。

涙は重力に逆らえず、頬へと伝い、枕に小さな染みを作り出す。

「參ったな……これ、本當にどうしよう。ちょっと予想外だ」

一度、頭の中を整理しよう。

まず、私は一三先輩が好き?

「うん。これは間違いない。好きだ」

次に、私は矢野先輩が好き?

「同じ部活の先輩として、尊敬しているし、好きだ。これも間違いない」

一三先輩は私のことが好き?

「たぶん、好き……好きじゃ無かったら、ぶん毆ってやる」

矢野先輩は、一三先輩のことを好き?

「これも間違いなく好き」

一三先輩は、矢野先輩のことが好き?

「……好きなんだろうなぁ。ちっ」

矢野先輩は、私のことが好き?

「どうだろ……分かんない」

狀況を整理しながら、ドラマでよく見る人間相関図を頭に思い浮かべる。

好きの矢印があっちに行ったりこっちに行ったり。

と、言うか登場人に対して矢印が多過ぎる。

先輩、ラノベ主人公かよ。

「いっそ三人で付き合うか」

一番現実的では無い策が、一番分かりやすく、一番手っ取り早い。

世の中にそういった狀況がしばしば発生する。

普通の人なら、現実的で無い策を選択しない。選択できない。

それを平気でやってのける人の事を、[天才]と呼ぶのかもしれない。或いは[変人]か。

いくら考えても答えはまとまらない。

そもそも決まった答えなんて無いのかもしれない。

だったら考えるだけ無駄なのだろうか?

考えるのをやめれば楽になれるのだろうか?

「あーーー! もう! 悩むのやめだ! 走ろ!!」

ガバッとベットから起き上がり、ランニング用のウェアに素早く著替える。

玄関で部屋用のスリッパからランニングシューズに履き替える。

「ボロボロだな……この子もそろそろ買い替えてもらわないとダメかな」

削れたソールと破れかけのアッパーは努力の証。

くつ紐は何度も切れて、その度に換してきた。

今まで一どれくらいの距離を走ってきたのだろう。

今までどれくらいの時間をフットワークやトレーニングに費やしてきただろう。

シュートを何本打っただろう、ボールを何回突いただろう。

バスケの戦の本を何冊も読み、試合の畫を何度も見て、技を磨き、を鍛え、それでも満足する事なく繰り返し。

「バスケは頑張れば上手くなれるからいい。や人間関係の方がよっぽど難しいな」

こんな事を言ったら怒られるかもしれないけど、今の私にとっては偽りのない本心だった。

そんな事を考えながら玄関のドアを開け、外に出る。

ウインドブレーカーを羽織ってはいるけど、冷たい風がを刺激し、ブルっと全を震わせる。

タッタッタッタっと一定のリズムで足を運ぶ。

いつものコースをいつものペースで。

流れていく風景は見飽きてしまっている。

たまに気分転換で走るコースを変えたりする事もあるけれど、結局はいつものコースへかえってくる。

人間は慣れ親しんだものから離れる事を嫌う。

それでいて同じ事をずっと続ける事も嫌う。

人間は、わがままなのだ。

ランニングをする時に、音楽を聴く人は多い。私もし前まではそうしていた。

でも、今はやめた。

理由は簡単。走っている時間、考え事をしているからだ。ここ最近は特に。

何を考えているか、なんて言わなくても分かるよね?

がドキドキするのは、走っているからだけではない。

以前は走っている時間は何も考えなくても良い時間だったのに、一三先輩を好きになってから……好きだと気付いてから、真逆になってしまった。

そんな事を考えているに、ふと気がつくと、見覚えのある風景が目に飛び込んできた。

「あれ……なんで私こんな所に……」

居ても立っても居られない、とはよく言ったものだ。

私の足は、自然と矢野先輩の家に向かっていたみたいだ。

別に何をしようと言うわけでもない。宣戦布告をしにきたわけでもない。

じゃあ、何故? と、聞かれたら、自分でもよく分からない。

でも、折角きたのだからと、右手の拳を矢野先輩の家に突き出し、心の中で呟く。

[矢野先輩。私、負けませんから]と。

ただの思い付き。特に意味はない。だけど、私の中で明らかに何かが変わった。

他人からすれば、何をやってるんだあいつは、と言われるだろう。

寒いやつだと馬鹿にされるかもしれない。

それでも、自分の気持ちが固まったのが分かる。私にだけは分かる。

獨りよがりの自己満足を抱えて、踵を返すようにその場から立ち去る。

やっぱり私は頭で考えるより行した方が何かと上手くいくタイプみたいだ。

「あれ? 二葉こんなとこで何してんの?」

「うわぁぁ!!」

急に聲をかけられ、何か後ろめたい気持ちがあったのか、変な聲が出てしまった。

聲をかけてきたのは當然、矢野先輩だった。

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