《みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです》第3章 80.矢野たよりの決意

「スピード! スピードッーー!!」

育館に響き渡る、床とバッシュのれる音をかき消すほどの聲量で、鈴コーチの檄が飛ぶ。

「はあ……はあ……」

足が痛い、息が苦しい、中が軋む。それに加えて、胃がすぐそこまで上がってきているのが分かる。

「うぅ……目がちかちかする……シャイニングスター……」

「より……大丈夫? シャイニングスターってなに……?」

フラフラになっている私を気遣って、花ちゃんが聲をかけてきてくれた。しかし、私を心配してくれている花ちゃんの膝はプルプルと震え、目の焦點が合っていなかった。

「いや……花ちゃんこそ大丈夫?」

「無理無理~。今こうして立っている事が奇跡だよ~」

「私も似たようなものだけどね……」

「試合が近いからコーチ気合ってるね~……」

そうだ。三年生最後の大會。負ければ終わりのトーナメント戦。先輩達にとって高校での部活生活の集大となる試合だ。

三年生だけでなく、部員全員、気合がっている。ただ、それを遙かに凌駕するコーチの熱量。普段はどちらかと言えばクールなタイプだけど、ここ最近は目に見える程、燃えている。

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今年の三年生に特に強い思いれがあるのか、毎年こうなのかは、分からない。

え? 去年はどうだったのかって? 練習がきつかった事だけは覚えているけど、當時は自分のことでいっぱいで、鈴コーチの態度までは記憶にない。

「花ちゃん……去年もこんなに練習きつかったっけ?」

「う~ん……ぐび……ここまででは……無かった気がする~。ぐび。」

文字通り、ぐびぐびとスポーツドリンクを飲み干しながら答えてくれる。私はあまり水分を取りすぎると、橫腹が痛くなるのでどんなにが渇いていても、がぶ飲みはできない。

冬はまだマシだけど、夏はきつい……。本當にきつい。

「うん。でも、私、頑張る。花ちゃん達とバスケ出來るの、後しなんだもん。後悔したくないし、後悔させたくない」

「より……このこの~!」

い奴め~と言いながら、頭をわしゃわしゃとでてくる。

「ちょ、やめてよ花ちゃんー」

「よーし休憩終わりだ! 次、3メン、3往復5セット! さっさとけー!」

はいっ! と、全員がダッシュしながら返事をする。知らない人が見たら、軍隊のデモンストレーションかなにかに見えるかも知れない。でも、強豪校であればあるほど、規律を重んじる傾向がある。

チームスポーツであれば猶更だ。これって日本特有のものなんだろうか? だとしたら……いや、今は深く考えるのはやめておこう。

「外したらカウントリセットだからな!」

「げっ……」

「今、いやな顔した奴、覚えとけよ! 後で倍の量を走らせてやるからな!」

「あはは~。みんなかわいそ~」

「夕凪! お前もだぞ!」

「あははは~……えっ?」

3メンと言うのは、3人でパスをしながらコートの端から端まで走って移し、シュートを決める。そのまま折り返して戻ってきて、またシュート。

それを3往復。3往復でシュートは合計6本。6本決めるまでに1本でも外せば、カウントリセット。つまり単純にプラス3往復だ。

基本的には、フリーのランニングシュートを外す様なレベルの人は、うちの部にはいない。

ただそれは【通常の狀態】であればの話だ。

これまで散々ランニングメニューをこなして、みんなの足は限界間近、集中力が途切れる寸前の極限狀態では、普段簡単にできることができなくなる。

そしてそれは、試合では致命傷になりかねない。高校生の大會では、一日に2試合行われる事はざらだ。規模の大きな大會になると、一日3試合することだってある。

トーナメントでは、當たり前の事だけど、勝ち上がれば勝ち上がるほど、対戦相手は強くなっていくし、準決勝や決勝の試合中、中盤から後半にかけては、特にが言うことを聞かなくなる。

自分が走っているのか、跳んでいるのか、オフェンスをしているのかディフェンスかも、一瞬わからなくなることさえある。まあ、それは私が未なだけなんだけど。

もし、そんな時に、試合の勝敗を決する1本のシュートチャンスが自分に回ってきたら……私は決めきる事ができるだろうか?

【出來る!】と、自信を持って言うために、こんなにボロボロになりながらも、毎日きつい練習に耐えているんだ。

とにかく、どんなに技や戦に著けたところで、それを実現できるのは、コートに立っている5人のだけだ。

一試合を通して走りきるだけの力がなければお話にならない。また、それを支える心の強さも、勝利の條件としては必須。

心技とはよく言ったもので、昔の人は上手い言葉を考えるものだ。

みんなギリギリのところで頑張っている。例え誰かがシュートを外して、積み上げたカウントがリセットされ、走る量が増えたとしても、誰もその子を責めたりしない。

コート外での待ち時間も、コートの仲間に大聲で檄を飛ばす。

もうコートを何往復したか分からないけど、力は限界に近い。列に並び、自分の順番を待っているほんの一瞬だけが、を休めれる唯一の時間だ。そのつかの間の休息に、自分の列の両隣を確認する。

3人一組で行う3メン。その組み合わせは、回數を重ねる毎に、順々にずれていく。次はだれと走ることになるのだろう……

「おう! たより! まだまだ余裕か?」

「キャプテン……余裕なんてないですよ……」

「だらしないですね。私は余力を殘していますよ」

「桜先輩……」

そう言って、すまし顔を貫いている桜先輩の膝が笑っている事を私は見逃さなかった。先輩たちもいっぱいいっぱいなのだろうけど、それを決して表には出さない。先輩であるが故か、それとも格の問題か。

それはそうと、桜先輩とは、前回の試合後にキャプテンとめていたあたりから、し微妙な雰囲気になっている。直接の原因がお互いにあるわけではないんだけど、なんとなく……。

「矢野」

「は、はい!」

「ずっと言おうと思ってたんだけど……その……この前はごめん」

「さ、桜先輩……」

「ははは! こいつ、ずっと気にしていたんだよ。案外かわいい所があるだろ?」

「真琴、うるさい」

良かった。ずっと心のどこかに引っかかっていた棘のようなが、すっと抜け落ちたような安堵。先輩にとっても、あのやり取りを些細なことと捨て置いていたわけではなかった。ずっとこちらを気遣ってくれていた事が伝わってきた。それ以上を私は全く求めていない。それだけで十分すぎるくらいに嬉しかった。

「桜先輩……大好きです!」

「えっ?! なっ……そ、それはどうも……」

桜先輩の反応は私が予想していたものとはし違っていた。いつも冷靜で知的な桜先輩の顔がみるみるうちに赤らみ、どこか遠い目をしている。

もしかして桜先輩、私の事を……の子同士のの花園……なんて、そんな訳ないか。漫畫でもあるまいし。

冗談はさておき、まさかここでキャプテンと桜先輩と私の組み合わせになるとは想定外だ。

キャプテンは底なしの力でまだまだ元気そうだし、疲れているとはいえ、桜先輩のスピードもかなりのものだ。

私もどちらかと言うと足には自信のあるほうだけど、キャプテンと副キャプテンについていけるかどうか……

なんて弱気な事を言ってる場合じゃない。私だって、このバスケ部のスタメンなんだ!

先輩たちについていくだけじゃダメなんだ。寧ろ、先輩たちを引っ張っていくくらいの気概がないと、この先の厳しい戦いを勝ち抜くことなんてできっこない。

もう誰かに負けるのは嫌だ。絶対に負けない!

「さあ。キャプテン、桜先輩、行きますよ!!」

黙って頷く桜先輩。「おう!」と男気溢れる返事を返してくれるキャプテン。

このすべき先輩たちとバスケを出來る時間を何よりも尊くじる。絶対に、絶対に全國に行ってやる!

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