《みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです》83.高橋桜の決意3

「あ、桜ちゃん! 早かったね!」

「いえ……はぁはぁ……そんなに急いで來たわけではないんですけどね……ふぅ」

「めっちゃ息、切れてるけど!?」

息が切れているのは、トレーニングを兼ねて、しスピードを上げていたからです、と白々しい言い訳をしながら、弓月の橫へ腰を落とす。

弓月と私の間には、若干の距離をあけておく。これは卑怯で臆病な私の、保険のようなものだ。

「いつもこんな時間まで練習をしているのですか?」

「うーん、その日にもよるかな? 夜だけに! あはは!」

「……バスケを続けると言っていたのは、本気だったのですね」

「え、スルー!? バスケは続けるってのは、もちろん本気だよ!」

ぷくーっと膨れるような表を作りながら、軽く肩を叩かれる。

たったそれだけの事で、ドギマギしてしまう。軽く、本當に軽く、れただけ。それだけのことなのに。

「そうですね。ごめんなさい」

「いやいや、謝ることはないんだけど! それより桜ちゃん、今は何を悩んでいるの?」

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「そうですね……まあ、々ですよ」

本當は弓月に相談したい気持ちはある。話を聞いてもらうだけでも、気持ちが楽になるだろうし、今の私の悩みについて、すでに部活を引退した弓月なら、より的確なアドバイスをもらえそうな気もする。

だけど、自分が抱いている悩み事が、最低であり、人としてどうなの? と、思われても仕方がない容だと自覚している以上、誰かに話すことは出來ない。

もし、こんな事を話して、嫌われでもしたら……嫌だから。

「えー! ここまで來て話してくれないの!?」

「いえ……別に悩み相談に來たわけではないですから」

「そうなの?」

ただ、貴方に會いたくて……と、まで出かかったセリフをギリギリのところで飲み込む。あまり、積極的になりすぎるのも良くない。

相手の気持ちが正確にわからない以上、攻めすぎるのは危険だ。それはバスケも日常生活も同じ。思わぬカウンターをもらってしまったら、今の私は、立ち上がれないだろう。試合前に、そんな事になっては目も當てられない。

「ふーん……話してくれないんだぁ……」

そう言うと、弓月はそっぽを向いたしまった。この瞬間、なぜ弓月がそんな態度をとっているのか、私は気にしてさえいなかった。

「その時が來れば、話しますよ」

「……」

「……?」

弓月は向こうを向いたまま口を閉ざしている。

「……あ、あの?」

「……」

「弓月……?」

あれ? ど、どうしよう。弓月、もしかして怒っている? 全然こちらを見てくれない。

相談をしなかったから? 悩みを打ち明けなかったから?

それって、私のウジウジとした悩み事を聞くのが嫌じゃないってこと? 普通、聞いていて楽しいものでもないし、厄介ごとに首を突っ込みたくないものじゃないの? え、なんでどうしよう……?

私がどうすれば良いか変わらず、キョロキョロと目線をかしていると、ゆっくりと弓月がこちらを向く。いつもの底抜けに明るい表では無い。

「桜ちゃん」

「は、はい……」

まるで怯えた子犬の様に俯きながら、恐る恐る返事をする。

「私、桜ちゃんを支えたいって本気で思ってる」

真剣で、それでいて優しいが宿っている弓月の目が、私をまっすぐと見つめている。その目を見ただけですぐに分かった。弓月は怒っているわけではない。真摯に、ただ真摯に私と向き合ってくれているだけだ。

それなのに私は、拒絶されたらどうしようとか、嫌われたらどうしようと、そんなことばかり考えていた。相手を信用できていないのは、やっぱり私の方だった。

私は最低だ。自分を信じる事ができず、一緒に頑張ってきた部活の仲間を信頼する事ができず、目の前にいる大好きな人にさえ、心を開けていなかった。

どうしてこんな風に育ってしまったのだろう。

「ごめんなさい……私、最低で……あっ……」

言い終わる前に、弓月の冷たくなった両腕が私を抱きしめる。ぎゅっと強く。

自分から距離を詰めるのが怖いからと、開けておいたスペースも、弓月はあっという間に無かったものにしてくれる。

驚きのあまり、言葉が出てこない。その代わりに、私の両目からポロポロと大粒の涙が流れ落ちる。々なり混じって、今、自分がどんな顔をしているのか想像もつかない。だけど、ひどい顔をしている事だけは、予想に難くない。

「う……うぅ……ぐす……弓月……」

「桜ちゃん、私の前では強がらなくていいんだよ」

「弓月……好き……大好きです……ぐす……好き」

「うん」

弓月は頷きながら、私の頭をでてくれる。そして私は堰を切ったように、涙と弱音と不安を吐き出し盡くした。子供みたいに泣いた。

全てを吐き出した分だけ、押しつぶされそうな重圧が軽くなった気がした。

「桜ちゃん、落ち著いた?」

「はい……取りしてすみませんでした。もう大丈夫です」

「桜ちゃん、あのね。前にも言ったかもだけどね、私には桜ちゃん達みたいなレベルの高いチームの悩みや葛藤を、100パーセント理解してあげる事はできないと思うんだ。もし、私が桜ちゃんの立場だったら、やっぱり簡単に『分かるよ』なんて言ってしくないと思う」

「私は……そんな事は思いませんよ」

「桜ちゃんは優しいからね。それでね、私が桜ちゃんに言ってあげれることって、何かあるのかなって、考えたんだけどね。結局、これしか思いつかなかった」

私が優しい? そんなことは絶対にない。優しいのは、弓月だ。

そんな弓月から貰える言葉。聞きたいが半分、聞くのが怖いが半分。苦言を呈されるのか、見捨てられるか……それとも勵ましの言葉をもらえるのか。

土壇場になって耳を塞いでしまいたい衝に駆られる。だけど、それは心を閉ざすのと同義。それじゃあ今までと何も変わらない。

「……なんでしょう」

「桜ちゃん、私にかっこいいところを見せて。コートの上でキラキラ輝く桜ちゃんを、もう一度私に見せて。だって、桜ちゃんは私の憧れなんだから」

枯れ果てたと思っていた涙が、再び頬を伝う。冷え切っていた所為か、零れ落ちた涙が、凄く熱くじた。

私のぐちゃぐちゃになった心の荷を、一手に引きける。だから、ごちゃごちゃ言わずに、全力でぶつかってこい! そう言ってくれている様に聞こえた。

「弓月……それで……本當に、それでいいんでしょうか?」

「いいんだよ」

「……ありがとうございます。私、頑張ります。これまでやってきたことを全て出し切ると誓います」

「うん! それでこそ桜ちゃんだ!」

「弓月、本當にありがとう」

「いいって事よ! あ、あと桜ちゃん、ひとつ言い忘れてた」

「はい?」

「もし、最後の大會で、かっこいいところを私に見せてくれたら……」

「見せてくれたら……?」

「キスしてあげる」

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