《代わり婚約者は生真面目社長に甘くされる》31
再び帰宅し、シャワーだけ浴びたあとに冷蔵庫にあった出來合いのもので夕飯を準備する。悠馬さんはお皿に盛っただけでも褒めてくれるから優しい。
ぼうっとしていると玄関の鍵が開く音がしたので出迎えに行く。
「おかえりなさい」
「ただいま。先に食べていても良かったのに」
「ううん、一緒がいいと思って」
席に著き、冷たいお茶を二人分淹れる。
話を切り出すタイミングを伺うも、そうなるといつまでも時間が流れていくので勢いに任せる。
「その、あんまり気持ちのいい話ではないんだけどね……」
「うん、聞くよ。なに?」
「本家から悠馬さんとあまり仲良くするなって言われてしまって」
悠馬さんはぽかんとした。
「婚約者なのに?」
「正式には『私』は婚約者ではないので……」
「そうなんだろうけど。とうとう制限をかけて來たってことか」
私は目を丸くする。
「とうとう――ってことは、予想していたの?」
「ある程度は。悪い手をいくつか使っているみたいだし、そのぐらいのことを言いだしてきてもおかしくないと思っていた」
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「まあね……」
まず代わりを出している點で言い逃れが出來ないし。
「別に表向きは仲良くしていませんって言えばいいんじゃないかな」
「それなんだけど、探偵を雇って監視つけているようなの」
「ふっ」
悠馬さんが箸をおいて手で顔を覆い、震え出した。
どうやら笑いをかみ殺しているようだった。どこに笑う要素があったのだろうか。
「あるんだな……そういうこと……。それは予想外だったというか――いやいや、あの家は慎重なんだか大膽なんだか分からない……」
「ゆ、悠馬さん?」
「ごめん、結婚相手の親さんに辺調査された友人の話を思い出して。その時は他人事だったけれど、実際にされると怒っていいやら笑っていいやら分からなくなるな」
「私も全然、そんなこと考えていなかったからびっくりしちゃった……」
「無視をしよう、と言いたいところだけれどそうもいかない事があるみたいだね。それは――俺に言うことができる?」
こんな狀況だというのに悠馬さんは私の気持ちを優先してくれている。それがうれしくて、そして申し訳なかった。
「――うん。本家の……つばきのお父さんに、私は逆らえないの。だから彼の言葉は、おざなりにはできない。反抗したら私の立場はあまり良くないことになる」
「なるほど」
悠馬さんは何かを考えているようだった。
しばらくして思考がまとまったのか、彼は口を開く。
「分かった。どうにかしよう」
「どうにかって?」
「まだちゃんと固まっていないけど、こちらからも仕掛けたい」
「え……。本家の弱みを握るってこと?」
握ったら握ったで大変なことになりそうだけど……。
叩けば埃のように出るにしても。つばき走の件とか。
「そこまではいかない。ただ、舐められっぱなしは頭にくるからさ、こちらも都合のいい駒ではないということを知らしめないと」
口調こそ穏やかではあったけれど、その裏に潛むは冷めたものだった。
「探偵も常時張り付いているとは思わないけれど、警戒はしておこう。朝一緒に通勤しないとか」
「うん……」
「寂しいけどね」
ふわりとほほ笑まれたものだから私は顔が熱くなる。
不意打ちでしないでほしい。
「旅行も控えたほうがいいかな。ちょっと調べていたんだけど」
「え、もう!?」
だって、朝話したばかりなのに……。
そこまで楽しみにしていただなんて。
「楽しいことがあると仕事頑張れるから。落ち著いたら行こう」
沈み気味だった気分がし救われた。
夕飯を終え、ふたりでテレビを見る。本當に今日はタイミングがいいというかなんというか、湯の特集だった。テレビに映るのは湯と言えるのだろうか。
「……そういえば、さっき『言われた』って言っていたけれど――直接? 電話?」
「ああ……直接だよ」
「そうか。目の前でそんなこと言われたのは怖かったね」
「大丈夫だよ~。私だってもう大人なんだから」
けらけらと笑うと、悠馬さんは無言のまま片腕で頭を抱いてきた。
彼の肩へ寄せられた形になる。
「え、どうしたの?」
「大丈夫じゃないだろう? ただでさえ君は抱え込まされているのに」
「……んー」
言葉が出てこない。誤魔化すような話題も思いつかない。
正一郎おじさんにをかすな、と言われた。でもそんなこと無理だ。私は人間なんだ。好きなことは好きって言う自由まで奪われたくない。
でもそんなことを喚いたところで力の差は歴然としている。り人形みたいに稽に踴り続けることしか私にはできないのだろうか。
すべて終わった後、私はどうなってしまうのだろう。
「メンタル強いからこんなのへっちゃらだよ。お局さんに怒られた時の方がまだ……」
ダメだ、また彼の前で泣いてしまう。
これ以上悠馬さんを心配させるわけにはいけない。私はどれだけ彼を振り回してきたのだろう。
弱いって思われたくない。
「守るよ。必ず」
すぐ上から降る言葉に、縋るように私は頷いた。
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