《代わり婚約者は生真面目社長に甘くされる》38
前回と同じく間接照明ひとつだけにしてもらった。
やっぱり気になるものは気になるので。
「顔が見たい」
「近くになれば見れるじゃない、ほら」
「いいの? 近くで」
「……ちょっと恥ずかしいかも」
しだけお互いに余裕が出來たのか、砕けた會話をわす。
生え際から髪を梳かれる。気持ちよくてその手にほおずりをした。
「……教えてもらいたいんだ」
「なにを?」
「君の名前。本當の、君が持っている名前」
きを止める。
そのうち聞かれるとは思っていたけれど、いざ言われたら揺する。
「悠馬さんに、私の名前を呼ばれたら離れたくなくなっちゃう。あくまでも私はつばきの代わりだから」
「仮に、代わりでなくなったら?」
「?」
どういうことだろう。
「俺が、君と一緒になりたいと言ったら?」
「……それは夢みたいにいいことだけど、きっと駄目だよ。本家に私は逆らえないもん」
仮に悠馬さんがつばきとの婚約を拒否したら、私の方から別れを切り出すように本家は言ってくるだろう。
どうしてもつばきとくっつけたいのだから。
「じゃあ本家を懐すればどうにかなるか」
「あははっ、大膽。本條家は何をしてくるか分からないよ?」
「俺だって何をしでかすか君は知らないだろう?」
「なんで対抗意識を燃やしているの……?」
私はシーツのを指先で確かめる。
思えば、ここまでしておきながら離れがたいというのも今更な話だ。隠し通す必要も、あまりない。
「……本當に、私の名前を聞く?」
「聞きたい」
背筋を正して悠馬さんと向かい合う。
うっすらとした郭、明かりをけわずかに輝く瞳、間近でじる呼吸。それらに向けて、放つ。
「私は、本條あやめ。あやめっていうの」
「あやめさん」
「うん」
呼ばれてしまった、なのか。
呼んでくれた、なのか。
様々ながを通り過ぎていく。
「久しぶりです、これからもよろしく。あやめさん」
「うん、悠馬さん」
どちらともなく笑いだして、そして口づけた。
〇
……一回目より激しい気がした。
腰が砕けて立ち上がれないのだが……。
「ちょっと、こう、加減が出來なかった」
水を持って來ながら悠馬さんがすまなそうに言う。
「嬉しくて」
「嬉しかったならまあ、いいかな……?」
いいのだろうか……?
頭が十全に働いていないのでふわっふわな思考しか湧かない。
悠馬さん、表にはあまり出ないけどこう、強さにが出てくるタイプらしい。
それでも私のことを気にしながらしてくれたから嫌な思いも痛い思いもしていないけれど。腰は砕けたけど。
「明日はいいけど、月曜日の朝までけなかったらどうしよう……」
「そしたら會社まで送っていくよ」
「えっちして腰が痛いので送迎してもらいましたなんて恥ずかしすぎる……」
「に腰が負けましたならなんとか」
「すっごい真面目なトーンで言っているから、真面目な提案なんだね……」
下手にかないほうがいいだろうと思いそのままぐったりする。
悠馬さんが腰をさすってくれた。
「それに、車で送ってもらうところを探偵に撮られたらまた本家に文句言われちゃう」
「厄介だな」
正一郎おじさんに原因言ったらどんな顔するかな。口が裂けても言えないけど。
「あやめさんが本家から解放される日は來るの?」
「うーん……どうかな」
今回のことで言いなりにできると味を占めただろうし、これから先無茶ぶりをしてこないとも限らない。
これでも同じが流れているんだけどなあ。
「実家の業績が持ち直すなら、多分……」
口に出して、はっとする。
しまった。
「今のなし!」
「何が?」
あれ、聞こえていなかった? ならよかった。
悠馬さんを本家と分家のあれこれに付き合わすつもりはない。つばきと結婚したらどうなるかは不明にしても、今は巻き込みたくなかった。
「なんでもない」
「ふうん?」
立ち上がろうとするも、やっぱりけなかった。
「シャ、シャワーだけは浴びたいのに……」
「いいよ、行こうか」
なんてことない作で私を抱き上げる。
ひ弱だとは思っていないけど、こんなにあっさり持ち上げられるとびっくりしてしまう。
「うわ、お姫様抱っこなんてはじめて……重くない?」
「人の標準的な重さが分からないからなんとも」
「そこは羽のように軽いとか言うところだよ!」
ずっとこんな日が続けばいいのにと思う。
だけどそうはならないのが現実だ。頭のどこかで、悠馬さんとの同棲生活の終わりに怯えている自分がいる。
與えられたら與えられるだけ、しくなってしまう。
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