代わり婚約者は生真面目社長に甘くされる》49 代わりではない私と

ゆるゆると頭をでられていることに気づき、私は目覚める。

薄く覚醒していたので目を開けることは苦ではなかった。

「悠馬さん?」

「あ、ごめん。起こした?」

「ううん、起きたい気分だったから」

し寢ぼけたまま、私は返事をする。

時計を見ると午後三時前。ずいぶん寢たような気がするのに、まだ夕方というのも早い時間だ。

悠馬さんはしばらく固まったまま何かを考えたあと、「よし」とを起こした。

「あやめさん、今から出かけようか」

「え? どこに?」

「ローズ・フルール」

聞き覚えのある名前。

悠馬さんに「今まで行った場所で一番良かったのは?」と問いかけたときに出たホテルの名前だと遅れて気付く。

どうして今?

「日沒までにはまだ間に合う」

「え、え?」

「デートしよう、あやめさん」

デートというからにはそれなりの格好をしていかないと……と思っていたら時間がかかってしまった。

悠馬さんから貰ったネックレスは絶対に忘れないとして、こんなじで良いだろうか。姿見の前で唸るが、これ以上変化しようもないのでこれが一番最高だと思うことにした。

「おかしくない?」

そう聞けば、

「いつもかわいいけど、今はもっとかわいい」

「……もう! 悠馬さんもかっこいいよ」

互いにぎくしゃくと褒め言葉の応酬をわして吹き出す。

本心からの言葉だけれど口に出すのはまだこそばゆい。

軽い足取りで私たちは車に乗る。平日のこの時間に出かけることはないから新鮮な気分だった。

カーラジオからは流行りの歌が流れている。ずっと遠くにいた君にようやく追いつけた、という曲だ。長い長い旅だったとボーカルが歌う。

――短くて長い道のりだった。

この二か月を、忘れることはないだろう。んなでぐちゃぐちゃになった日々を越えたのだから。

「もっと早く打ち明けていたら良かったかな」

獨り言にしたかったのか、悠馬さんに向けてなのか、自分でも分からない。

「不安で堪らなかった。いつかはあなたに失され、嫌われる終わりが來るんだって。自分の手で終わらせるのは恐ろしくて、だからずっと隠していたの。臆病者ね」

「あやめさんは臆病者ではないよ。大事なものを守ろうとしたんだから、誇るべきだ。ただ、これからはそこに自分もれてほしいけどね」

「……善処します」

自分を犠牲にした方が被害がないという考え、改めて行かなくてはならないだろう。

「それに、早く打ち明けられていても……俺も困ったかもな。なによりあやめさんだと最初のほうに確信していたら逃げていたかもしれない」

「どうして?」

「怪我をさせてしまった罪悪があるんだ。傷つけた張本人だって知られたらきっと嫌われると思ったから……」

そんなに私の傷を気にしていたなんて。

きっと、初めて出會ったあの日から。

「だから、場の一件は揺した。そこまでのものとは想像つかなくて。俺はーーどういう罪滅ぼしをすればいいのか、と」

「そこまで?」

大げさすぎるよと笑う私とは対照的に、悠馬さんは大まじめな表だ。

「あの時たしかに俺は救われたんだ。だけど俺はその禮も謝罪も出來ないままで、まるでここまで逃げてきたような気分だった」

「悠馬さん、私はね、間違えたとは思っていないよ。聲を掛けたことも、テディベアをあげたことも、腕を引っ張って……落したことも」

ぼんやりとした記憶の中でも、私は泣いているその子に嫌悪も何も抱いていなかった。

焦りだけがあったのだ。悲しませてしまったことに。

「もちろん傷を負って良かったことはないけれど、悠馬さんが覚えていてくれたから私はあなたの前で『あやめ』になれたの」

「あやめさんは……強いな」

「そんなことない。嫌われたくなかったのは私もだから」

「お互いに、か」

「お互いに、だよ」

ずっと私たちのはすれ違っていたのだろう。

それを時間をかけて育てた関わりがほぐしてくれた。

早すぎても遅すぎてもいけなかったのかもしれない。

「……あやめさんと會えてよかった。話をすることが出來て、隣にいるということが今も信じられない」

ため息をつくように吐き出した悠馬さんの言葉は、重さと共に安堵が混じっていた。

「ふふ、頬でも抓ってみる? 私のは痛いよ?」

「夢ならまだ覚めないでほしいからやめておく」

「やっぱり抓ったほうがいいんじゃない? 現実だもの」

「やるならお手らかに」

運転中だから実際にはやらないけど。

のない話をするうちに、車はローズ・フルールへとたどり著いた。

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