《代わり婚約者は生真面目社長に甘くされる》53 私とあなたで
――半年後。
「出來ました。お綺麗ですよ」
ヘアメイクさんの言葉と共に私はおそるおそる目を開いた。
一か月前にリハーサルメイクをしているとはいえ、人にしてもらうというのは慣れないものだ。
「わあ……」
ウェディングドレスに合うように施されたメイクは、一瞬私かと疑ってしまうぐらいしく仕上がっていた。本番だからずいぶん力をれてくれたみたいだ。
見慣れない自分の姿をいろんな角度から眺めていると、鏡越しにパーティードレスを著た葉月が話しかけてくる。
「パソコンの前で頭を抱えている同僚と同一人とは思えないわね……」
「もっと華やかな褒め言葉ないの?」
「旦那様の褒め殺しの前にあれやこれや言ってもつまらないでしょう?」
親切なのか親切ではないのか……。
母親は別室で著付けをしており、學生時代の友人たちは化粧後に會うことになっている。なので今は、ヘアメイクさんとそのアシスタント、葉月、私の四人だけだ。
「笑ってください。笑顔は最高のお化粧です」
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そう言われても私はぎこちなく口端を上げることしかできない。
とっても張しているのだ。これから一時間もすれば、私は挙式の主役となる。
本當は友人や親戚で済ましたかったが――本條の社長令嬢と社長の結婚式となればビジネス面も考えて仕事の関係者も呼ばなくてはならない。そんなわけで一番大きな式場を借りることとなった。
クラスメイトの前で発表することさえ恥ずかしかったのに、大人數の前で誓いのキスなんて!
今から考えても仕方のない事だけれど……。顔を覆いたくなるが、ヘアメイクさんに「お化粧が崩れますよ」とぴしゃりと言われてしまった。
「そういえば、旦那様には見せたの? ドレスと化粧」
「うん、ドレスは一緒に選んだの」
ウェディングドレスを指先で摘まむ。
かたちはフレンチスレープで、その上からふんわりとレースがかぶせられている。そして、肩を覆うように花の刺繍がれられたケープ風の袖。
傷を隠すように、だけど完全には隠さないように。そう思ってこれにしたのだ。
人に見せたくはないけれどこの傷ひっくるめて私なのだから、しだけでも晴れ舞臺に出したいという意見に悠馬さんは賛してくれた。
「リハーサルメイクもしだけ。でもベールを被ったりティアラをつけているのは初めて」
「楽しみでしょうね、相手も」
「私も楽しみ。どきどきしすぎて顔が見れないかもしれない」
「そのふにゃふにゃな顔、式までに戻しておきなよ」
えっ、どんな顔をしていたんだろう。
頬と眉に力を込めているとドアがノックされ、スーツ姿の里ちゃんが覗いてきた。彼は今日、規模の大きな式のためヘルプとして呼ばれていてーーつまるところ仕事だ。
申し訳ないと思っていたのだが『いい席で挙式見れますね!』とポジティブな思考をしてくれていた。それに、今回の彼は委託先のカメラマンの案。それも気になっているカメラマンなのでウキウキだ。……彼を依頼したのは緒にするとして。
「わあ! おきれいですね!」
「ありがとう。どうかしたの?」
「どうしても今會いたいって方がいらっしゃいまして。名字からするに、先輩のご親族だと思うのですが」
……本條の誰か?
母親ならわざわざこんな言い方しないだろうし……。
「いいよ、通してあげて」
「分かりました!」
里ちゃんが引っ込んだのを確認して、葉月が心配そうな表を作った。
「……例の、本家令嬢ではなくて?」
「多分そうだね」
「いいの? ただ祝福しにきただけとは思えないんだけれど」
私も思う。つばきのことだし。
ただ、つばきは人のハレの日を壊すような人間ではない。それは信じている。
ドアが開かれた。里ちゃんが何か言う前に、やっぱりとも言うべきつばきがツカツカと室にってきた。
「人払いをして」
それ新婦に言う?
「……ごめん、みんなし席を外して」
「あやめ」
「大丈夫だよ、葉月」
葉月は威嚇するようにつばきを睨めながら退室した。たまに獰猛なところあるなあ、あの子……。
二人きりになり、つばきは私の姿をざって見たあと口を開いた。
「馬子にも裝ね」
「ひっど!」
「せっかくおめでたい日なんだから派手なドレスにすればよかったのに。あなたは昔からシンプルすぎるのよ」
「でも、似合うでしょ?」
一拍置いてつばきはそっぽを向き「そうね」とだけ言った。
バッグの中からブランド名が刻印された小さな箱を取り出し、私に渡してくる。
「イヤリングよ。なにかかしこまった場所に行くときに使えると思うから」
「……ありがとう。でも、なんで今?」
ちょっとせっかちすぎやしないか。二次會だってあるし、その後だって會えるし……。
「あなたたちの式を見たらすぐ空港に行かないとならないから。スケジュール調整で譲歩を重ねた結果よ」
「え? つばき、どこに行くの?」
「オーストラリア」
ええと……。季節が日本とは逆で、カンガルーがいる島國。
「どうして? まさかまた家出?」
「違うわよ! ……あちらで勉強するの。これからのホテルについて、學ぶことにしたから」
ぽかんとしてしまった。
あれほどまでに家業を嫌がっていたつばきが……。
「かえでも本條ホテルグループを盛り立てたいとか言っているし、私も……し、そういう道に関わることにしたの」
「つ、つばき……合悪いの?」
「普段の行いがそんなに悪いかしら!?」
悪いよ。
「だから、しばらくは日本にはいない。これがしばらくの別れね」
わざわざ私の結婚式に合わせてくれたんだ……。なんて、口に出したら文句を言われそうなので黙っておく。
「そっか……。つばき、元気でね」
「あなたもね。さ、話はおしまい」
時間にして五分にも満たない會話を切り上げ、つばきは踵を返して出ていこうとした。
わずかに立ち止まり、つぶやく。
「……綺麗よ」
私が答える前につばきはいなくなった。
れ違いに葉月と里ちゃんが不安そうにってくる。私はプレゼントを見せる。
「祝ってくれただけ。不用だからね、あの子は」
「……そう? ならいいんだけど」
「ほん……香月先輩。ご友人さまたちもお見えになりました」
「うん、通してあげて」
時計を見る。挙式まであともうしだ。
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