《ただいま冷徹上司を調・教・中・!》っていったいなんなんだ?(7)
いつも私達に申し訳ないと言って帰る紗月さんだけれど、そこはさすが平嶋課長が信頼している人だ。
私達のカバーなんて全く必要のないくらいの完璧な仕事ぶりなので、一度も手間がかかったことがない。
仕事が一段落して時計を確認すると、時刻はもう十九時を指していて、帰り支度をしている社員が増えてきた。
けれどこの時間になっても、平嶋課長はまだ社に戻って來ていない。
平嶋課長が新規で擔當することになった総合病院の事務窓口は私なので、課長不在中に帰るのは抵抗がある。
けれど平嶋課長は常々、『殘業はすればするほど効率が悪い。自分の仕事は時間で終わらせて無駄な殘業はするな』と言っている。
実際に平嶋課長は課を統括しているのにも関わらず、驚くほど仕事が早く社一の數字を叩き出す。
そういえば今日は大きな商談だとかで、診療時間後の時間指定だったはずだ。
平嶋課長なら、こんな時は待つよりも帰れと言うに違いない。
私はパソコンの電源を落とし、「今日はお先に」と瑠ちゃんに聲を掛ける。
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「お疲れ様でした。本當なら千尋さんの新たな門出を祝ってご飯にでも行きたいところですけど、もうしかかりそうです」
を尖らせて伝票をチラつかせた瑠ちゃんの肩に手を置き、「頑張ってね」と囁いた。
みんなに「お疲れ様でした」とにこやかに挨拶して、自分のマグカップを持ちフロアを出た。
そのままエレベーターホールの橫にある給湯室にると、カバンを置きマグカップを洗った。
ペーパーで丁寧に拭き上げ、課によって仕切られた食棚にカップをしまう。
さて、気分もいいし、今日はチューハイと生ハムでも買って帰るか。
鼻歌でも出そうなほど機嫌よくカバンを手にして給湯室を出て行こうと振り向くと。
私が振り返るのを待っていたかのように、そこに立っていた人と目が合った。
この瞬間、今日一日の私の努力は、全て水の泡になってしまったようだ。
全に溜まっていた空気を全て吐き出したのではないか、というほどの大きな溜め息が私の口かられる。
せっかく終わったと思っていたのに、一気に全てが面倒くさくなってしまった。
「話があるんだけど今いい?」
怯えるわけでも凄むわけでもなく、いつもと変わらず軽く聲を掛けてきたのは梨央だった。
「悪いけど時間ないの」
そのまま梨央の橫を通り過ぎようとすると、「ちょっと待ってよ」と腕を摑まれ止められてしまった。
どいつもこいつも何なんだ。
私なんて無視して、二人で仲良くやってくれればそれでいいのに。
二人揃って私の存在をないがしろにして裏切ったくせに、今さらどの面下げて話があるなんて言えるのだろう。
私は思わず顔をしかめたまま、梨央の腕を振り払った。
數歩下がって彼から距離を取り、思いきり気だるく溜め息をついてやる。
「あからさまに嫌な顔するわね」
梨央が苦笑しながらそう言うけれど、私はその顔も聲も見たくも聞きたくもない。
こんな狀況で、ニッコリ笑ってお話なんて、できるはずがないじゃないか。
「私ね、特別記憶力がいいわけじゃないけど、昨日のことくらい覚えてるの。だから梨央とは口も聞きたくない」
確かに梨央は男から見れば魅力的ななのだろう。
メリハリのあるボディーラインに小さい顔。
メイクのせいもあるだろうが、目鼻立ちもしっかりしていて淡い茶の巻髪も艷やかだ。
確かに私とは出ているフェロモンの質が違うのは認めよう。
けれど、人の彼氏を寢取るのと容姿とは全くもって関係のないことのはず。
しかも私と和宏の関係を、最初から最後まで知っていたのだから。
そこまで親しい間柄だったのにも関わらず、彼は平気で和宏と二人、私を裏切ったのだ。
「千尋の彼からメッセージもらったの。千尋から突然別れるって言われた。俺達の関係がバレた、って」
「だったら話が早いね。そういうことだから、今後は私に気兼ねしないで堂々と付き合ってもらって構わないわよ」
今まで私が気付かなかっただけで、二人はお互い惹かれあっていて、何度もあんなことがあったのかもしれないし。
二人にとっては私の存在が邪魔で、早く別れて正式に付き合いたかったのかもしれない。
だからといって、こんなやりかたは心も納得も理解もできないけれど。
決して思いやりや優しい気持ちからではないが、別れたのだから堂々と付き合えと言ったつもりだったのに。
梨央は目を丸くしたかと思うと突然吹き出して笑い始めた。
「な……なにが可笑しいの?」
私のほうが混して眉をしかめると、梨央はクックッとを鳴らして笑いながら「ごめん」と目に浮かんだ涙を指で拭った。
もちろんそれは私に対する罪悪などではなく、たんなる笑い涙だ。
「千尋って、たまに本気で面白いこと言うわよね」
「どういう意味よ」
「私、絶対に付き合わないわよ?千尋の彼となんか」
いや、もう彼氏ではなく元彼なんだが。
「言っとくけど、別に千尋に遠慮して付き合わないとかじゃないから安心してね?本當に付き合う気がないだけだから」
「付き合う気がないのなら、どうしてあんなこと……」
そもそもセックスは、好きという気持ちが前提でり立つものじゃないのか?
「なんて言うか……クセ?私、基本的に難攻不落な男や彼持ちの男じゃないとしないのよ。でも安心して?とはイコールじゃないわ。好きでもなんでもないし、今後付き合うつもりも予定もないから」
そう言ってのけた梨央に対して湧いたは怒りなどではなく、もはや驚きしかなかった。
自分の友人で、しかも浮気相手の彼という立場だった私に向かって、あっけらかんとしてこんなことを言えるなんて。
梨央というはいったい、どんな神力の持ち主なのだろうか。
「なんのもないのに、人の彼氏を寢とったの……?」
自分の聲が震えているのがわかる。
やっと驚きよりも怒りが勝ってきたようだ。
「なんのもなかったわけじゃないわ。ちゃんとはあった。二年以上も千尋の彼氏だった吉澤さんのことだもの。他の男とは何か違う気がして、ずっと興味はあったしってた」
それは私の彼氏だからという前提があってこその興味じゃないか。
二年半も私の男だったから興味があった……と。
ただそれだけ。
そんな興味なら……。
そんななら……。
いっそなんのも持たない衝的な浮気の方がよかった。
こんな裏切りを、こんな浮気をされるほうが最も辛い……。
「誤解のないように言っておくけど。私は千尋が嫌いで吉澤さんをったんじゃないからね。むしろその逆で、千尋のことが大好きだから、その彼氏の吉澤さんに興味があっただけよ。千尋の彼氏じゃなくなったなら、興味の欠片もないわ」
この人は何を言ってるの?
私を好きだから彼氏を寢取ったって……?
あれ、なんで俺こんなに女子から見られるの?
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