《ただいま冷徹上司を調・教・中・!》始まりは意地と恥(8)

こちらから話すことなど何もない。

敢えて目を逸らしてこちらからは話を振らずにいると、梨央は私と視線を合わせることを諦めたようで口を開いた。

「平嶋課長との噂、驚いたわ」

そりゃそうだろう。

私だってこんなことになるとは想像もしていなかったのだから。

「いきなりホテルで一泊だなんてね」

記憶さえもない一泊だけれど。

「まさか吉澤さんと別れてすぐに平嶋課長とそんな関係になるなんて……」

そんな関係もこんな関係も、なんの関係もないというのが本當のところなのだが、梨央に教えてやるつもりはない。

勝手に勘違いしていればいいんだ。

「吉澤さんと私があんなことになっても、千尋は痛くもくもなかったっていうことなのね」

「……は?」

「平嶋課長とそんな関係なら、吉澤さんなんていらなかったでしょ?」

吉澤さんなんて……か。

確かに今となってはいらないと思えるが、あの時にそんなこと思っていたわけないじゃないか。

「だったら私達がいがみ合う必要もないってことじゃない?」

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「なに……言ってるの?」

「最初から言ってるじゃない。私は千尋が好きだから、千尋の好きなものに興味があっただけ。でも吉澤さんを試すことなんてなかったんじゃない。平嶋課長がいたんだもの」

「ふざけんじゃないわよっ!」

何かを考えるよりも先に、私は梨央を怒鳴りつけていた。

「私が和宏と平嶋課長を二かけてたっていうの?冗談じゃないわよ。私は梨央と違って一途なの。こんな姑息なことできないわよっ」

そもそも平嶋課長と私が本當にそんな関係ならば、和宏との関係を継続させているはずがないじゃないか。

平嶋課長と付き合っているなら、他の男が霞んで仕方がないだろうから。

「私はちゃんと和宏だけと付き合ってたの。そりゃ確かに全てにおいて普通だけど、その普通が安心できたし良いと思ってたのよ、あの時までは」

「今では間違いだと思ってるわけでしょ?だからすぐに平嶋課長と付き合ったってことなのよね?」

「それは……」

確かに和宏とのことは間違いだったと後悔はしているが、平嶋課長とは付き合っていない。

なんと答えればいいのか困ってしまう質問だ。

「でも、不思議で仕方がないの。あの平嶋課長が千尋を選ぶなんて。平嶋課長クラスになればどんなでも選べるでしょ。なのにその中から選んだが……千尋なんて」

なんて、で悪かったなコノヤロウ。

そりゃ自分でも特別な魅力があるとは思っていないが、そんな言われ方をされるほど悪くもないぞ。

噓を否定しないことをしは後ろめたくじたけれど、今の梨央の言葉でそんな気持ちは消え失せた。

絶対に否定なんてしてやらない。

「つまり平嶋課長が私を選んだことが気にらないのね」

「というよりも、千尋よりも他にグラマラスなはたくさんいるのにって話よ」

和宏のヤツ……私が必死で寄せてCカップにしていることをバラしやがったな。

二人とも……許さん。

なんでもかんでも自分が勝っていると思うな。

「なにが言いたいのかはわかる。平嶋課長が自分を選ばなかったことが不快なわけね」

何度も言うが、本當は選ばれてないけど。

「別に千尋を選んだことをどうこう言ってるわけじゃないじゃないわ。平嶋課長が誰を選ぼうが平嶋課長の自由よ。そんなことはわかってるの。ただ私はどうして千尋だったのかが知りたいだけよ」

薄笑いを浮かべながらも淡々とそう言ってのける梨央の目論みを、裏切られたばかりの私が気付かないはずがない。

つまり梨央はまた私から平嶋課長を拝借しようと思っているのだろう。

そしてそれは私相手ならば容易いと思っている。

「そういうことね……」

「え?」

「そんなに興味があるのなら、平嶋課長をでもしてみれば?彼は和宏と違って絶対に梨央になんかには落ちないけどね」

ビシッと指さしてを張ると、梨央は目を丸くして私を凝視した。

「この際だからハッキリと言っておくわ。私は梨央と関係を戻すつもりも、平嶋課長を譲る気もないから」

「そんなぁ。私は千尋のこと大好きなのに」

既に背を向けて出て行こうとしていた私の背中に、甘えた梨央の聲が刺さる。

途端に蟲唾が走った。

「なにをどう言われても無理だから。お疲れ様」

振り向きもせずにそう言い捨てて、私は休憩室を後にした。

カツカツとヒールを響かせながら私が思うことはただ一つ。

さて……どうやら私は本當に平嶋課長の彼にならなくてはいけないらしい。

どうすれば平嶋課長の特別枠にれるのか……。

それだけだった。

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