《ただいま冷徹上司を調・教・中・!》誰も知らない彼の(3)
ぱっと手を離して再び歩き出す。
通常ならばその選択が正しいと思う。
けれど、今日の私は一味違うというかなんというか。
しばらく平嶋課長に腕に添えられたてを眺め、上目遣いに課長を見上げた。
「せっかくだし、このまま歩きましょうか?」
「は?」
「みんな見てますし、なんだか違和なくないですか?」
「いや、あるだろう?」
そうかなぁ、ととぼけた顔をして見せて、私は平嶋課長の腕を軽く引っ張ると歩き出した。
平嶋課長も「仕方ないな」と小さく溜め息をつく。
なんだかんだと言って、平嶋課長は私の我儘を全面的にけれてくれた。
駅に著いて切符を購しているとき、電車を待っているとき、電車を降りて改札口をぬけたとき。
そっと後ろを振り向くと、ぶすっとふくれっ面の梨央がちゃんといた。
そうだそうだ、ちゃんと著いてこい。
視線に思いを込めて梨央と視線を合わせるとギリッと睨み返された。
強引に平嶋課長の家にれてもらおうとするなんて、普通に考えたら恐ろしいだと自分でも思う。
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今回梨央に平嶋課長の家にったところを見せつけたら、もう平嶋課長を強引に協力させるような真似はやめようと思っていた。
だから今日だけは、平嶋課長には我慢していただこう。
「ここだ」
駅を出て大通りを渡り一本裏道にるとすぐに平嶋課長の住むマンションはあった。
駅から徒歩5分といったところか。
役職者で営業績もトップとなれば、なかなかの経済狀況なのか、住んでいる場所もかなり良い。
8階建てで戸數も48戸と、そんなに多數ではないぶん戸と戸の間隔が広い。
かなりの広さがあると見た。
分譲なのか賃貸なのか、そこまで確認できるほど面の皮は厚く出來ていないが、私が見てもそれなりの値段はするだろうということはわかる。
建を見て、というよりも、ここまで來てしまったということに張が走る。
すでに離してしまっていた平嶋課長の腕にもう一度しがみつくのは恥ずかしい。
なのでジャケットの裾を軽く握った。
「やめとくか?」
意地悪な笑みでそう言った平嶋課長は、もう私が課長のテリトリーにることを覚悟してくれているようだった。
「ここまで來て、やめたりしません」
ふっと短く息を吐き、しむくれた顔で平嶋課長の橫に並ぶ。
その仕草が面白かったのか、平嶋課長は私から顔を逸らして吹き出した。
平嶋課長でも吹き出して笑うんだ……。
「ほら」
そう言うと平嶋課長はなにを思ったのか、自分の腕を軽く持ち上げた。
「え?」
その仕草の意味を探っていると、「手」と平嶋課長は腕を組むように導してきた。
「改まると照れますね」
「それは言うな」
私達はお互いに苦笑いし合うと、腕を組んでオートロックのエントランスの中へとっていった。
エレベーターのモーター音と私の心臓音が響いているこの室で、私の頭の中はものすごいスピードでいろいろなことを処理し始める。
私がしてしまったことは間違いではなかっただろうか。
平嶋課長にとっては迷でしかないこの狀況を、私は今後どうやって返していけばいいのだろう。
エレベーターが開くと、平嶋課長は私を軽く促して玄関へと歩いていく。
廊下から下に視線を向けると、暗くてもう梨央がいるかどうかもわからなかった。
鍵を取り出して玄関を大きく開くと、平嶋課長は私に向かって聲をかけた。
「ようこそ」
平嶋課長よりも先にれてもらうと、急にどうしていいか分からなくなってしまう。
「すみませんでした」
ついて出た言葉は、お邪魔しますよりも謝罪の言葉だった。
「私、間違ってました」
「いきなりどうした?」
玄関を閉めた平嶋課長は、突然の私の謝罪を呆気に取られた表で見ている。
「こんなこと、平嶋課長に頼むべきじゃなかったんです。平嶋課長みたいな完璧な彼がいると見せしめれば、彼は悔しがるだろうって……それだけを思ってこんなことしてしまいました」
その先のことを、私は一切考えていなかった。
「ついてくる彼を挑発するように平嶋課長と腕を組んで、著いてくるなら勝手にどうぞと余裕の顔して見せてたけど、私とんでもないことをしてしまいました」
このあと、梨央がどうするかなんて、私はなにも……。
「平嶋課長の家までバラしちゃいました。彼が押しかけてきたり、ストーキングし始めたり、いろいろ面倒なことがあるかもしれないのに、自分の面子のことばかりで、平嶋課長に対する配慮なんて微塵もなかった」
平嶋課長は私に対してたくさんの配慮をしてくれたというのに、私はなにもできてなかった。
「本當に申し訳ありませんっ」
合わせる顔もない私は、深々と頭を下げて一杯の謝罪をした。
「そんなことはわかってる。それを踏まえた上で了承した。俺が決めたと言っただろ?」
らかい聲で平嶋課長は私の肩にそっとれ、頭をあげさせた。
「幸いここはオートロックだし、管理人だって常駐してる。防犯が萬全だからこのマンションを選んだんだぞ。問題ないよ。玄関だってカメラは付いてるんだから確認すればいいだけだろ?」
口元をしだけ上げて、平嶋課長は私を安心させるかのように笑った。
こんな淺はかな行をしてしまった私なのに、平嶋課長はなんて優しい言葉をかけてくれるのだろう。
今までは仕事のときの冷たい平嶋課長しか見てこなかった。
もちろん、平嶋課長自も誰にもプライベートを曬さずそう接してきたのだから當たり前なのだけれども。
見事なビンタをされてにフラれた平嶋課長だが、きっとの方に非があったに違いない。
だってこんなに完璧な人なのだから。
「平嶋課長、本當にありがとうございます。もうしだけここにいさせてください。十分くらいたったら帰りますから」
謝とでが震える中、私は平嶋課長にもう一度頭を下げて最後のお願いをした。
「じゃ、コーヒー1杯でも飲んでいけ」
平嶋課長はさりげなくそう言うと、革靴をいで突き當たりのドアへと向かった。
「え……いいんですか?」
玄関までだと念を押されていたので、いくらなんでも図々しく上がり込むつもりはなかったのだが。
「いくら冷徹と言われていても、本當に玄関に放置はしない」
「平嶋課長……」
知ってたんですね、冷徹イケメンって呼ばれてること……。
「コーヒー飲んだら駅まで送るから」
「ありがとうございます……」
明日から絶対に『冷徹』なんて言いませんっ。
「お邪魔します……」
ヒールをちゃんと揃えて平嶋課長の後を追いかけようとして。
「すみません……。手洗、貸して頂けますか?」
恥ずかしながら張でトイレに行きたくなってきた。
「ああ。右側のドアだ」
「はい」
左右にあるドアの右の取手に手をかけた途端。
「違うっ!俺から向かって右だっ!」
焦ったように大聲で訂正した平嶋課長の言葉より、私が戸を引く方が早かった。
そこで私は、決して見てはいけないものを目にしてしまった……。
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