《ただいま冷徹上司を調・教・中・!》誰も知らない彼の(11)

和宏から連絡が來るようになってからもう三日もたつが、メッセージの返信も著信にも折り返していない。

けれど彼は諦めるどころか意地にでもなったかのように、私の無視に負けじと連絡を続けている。

そんな和宏の心に打たれたなんてことは微塵もく、そろそろ本気で鬱陶しい。

無視するにも限界があるし、毎回履歴に和宏の名前が表示されるのも腹が立つ。

平嶋課長の名前はこの三日、一度も表示されていないというのに、なんで今さら和宏の名前を殘しておかねばならないのか。

仕事の疲れをお風呂で洗い流し、まったりとしていた貴重な時間に、私のスマホが著信を知らせる。

スマホを手に取り畫面を確認して。

「うんざりだ……」

私は心底力してそう吐き捨てた。

このままでは埒が明かない。

私は意を決して電話を取ることにした。

通話アイコンをスライドさせてスマホを耳に當ててみる。

「……はい」

今まで和宏に聞かせたこともないほど低い聲で応答した。

けれど彼はなど一切じていないのだろう。

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『もしもしっ!?千尋!?よかった、やっと出てくれた』

喜びに満ちた聲で浮かれている和宏に、「出たくて出たんじゃありません」とピシャリと言った。

「あの、いい加減にしてもらえませんかね。非常に迷なんですけど」

『千尋ともう一度ちゃんと話がしたかったんだ。俺の気持ちを伝えなきゃと思って』

自分の気持ちさえ伝えられれば、人の迷なんてどうでもいいのか、この男は。

私は一、この男のどこがよくて二年半も付き合ってたんだろう。

無駄にした時間を思うと、激しく後悔した。

よりも無難を選んでしまった自分への罰が、今ここで帰ってきてしまったのだろうか。

「以前にも言ったと思うけど……」

軽い頭痛をじて、私は溜め息と一緒に目を閉じた。

「私はもうあなたと関わりたくないの」

言いたいことはたくさんあるけれど、これが全てを抄訳した最善の言葉だ。

これさえ理解してくれれば、もう何もまないから。

『それは、新しい男ができたから?』

全く的はずれな和宏の発想に、けなくなってくる。

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『俺と別れてすぐに他の男を作るなんてな。もしかして俺は遊ばれてたのか?』

ふざけるな!とびたくなる気持ちを必死に押し殺し、私は震えるを開いた。

「和宏じゃあるまいし、私は人を裏切るような真似は絶対にしない。和宏と別れたから、彼に惹かれたの」

『千尋は男をルックスで選ぶようなじゃなかっただろ?』

「なにいってるの?」

私が平嶋課長を選んだのは、彼の顔がいいからだとでも言うのか。

平嶋課長の顔は確かに恐ろしい程に整っている。

けれど私はそんな平嶋課長が最初は苦手だった。

平嶋課長の本當の姿を知って、私は初めて彼の魅力に気が付いたのだ。

「私は容姿で彼を好きになったんじゃないわ!面に惹かれたの!彼ならどんな容姿であっても好きになってた!」

そう勢い任せに聲を張り上げて。

…………あれ?

私は自分の時間を自分で止めてしまった。

電話口で何やら騒いでいる和宏との通話を、一方的に遮斷するかのようにスマホの電源を落とす。

ノロノロと立ち上がり、洗面所へと移して、洗面臺の鏡に映った自分の顔をマジマジと見つめた。

「あなた今、何言ったの?」

そう問いかけた鏡の中の私は、明らかに戸いの表を浮かべていた。

いやいやいやいや、冗談じゃないぞ、私。

平嶋課長のことは、し前まで苦手だったはずでしょう?

あれだけのルックスを持っている男が、難の相を持ってないわけがない。

惚れたら痛い目見るってわかってるじゃないか。

いくら不適合者であったとしても。

それでもあの見た目だけでどれだけのを虜にできるか。

考えただけでも恐ろしい。

ビジネスライクの関係以上に踏み込むのはよくない。

ましてや好きになるなんて絶対にダメだ。

今の距離が最前に決まってる。

頭では十分に把握出來ているのにも関わらず、鼓はどんどん早くなっていく。

その速さが自分の本當の気持ちを表しているということを悟って、もう遅いんだと力した。

「ただの冷徹男だったらよかったのに……」

平嶋課長の素敵なところをたくさん知って。

平嶋課長のいい所が溢れるように思い浮かぶ。

「もう手遅れなんだろうなぁ……」

自覚してしまえば、頭に浮かぶ平嶋課長の笑顔は無駄にキラキラしていて神々しいほどだ。

一番警戒してたはずなのに、こんなにもあっさりと落ちることになるなんて。

「私も簡単なだな」

持ちも固く慎重で、冷靜に見極めることができると思っていた。

なのにこうもあっさりと平嶋課長に惚れちゃうとは……。

これからの関係が大きく変わってしまうのではないか、と心配が過ぎるのは仕方のないことだ。

明日から平嶋課長とどう接したらいいんだろう。

洗面所にしゃがみ込んで頭を抱え……。

「いや、問題ないじゃない?」

ガバッと顔を上げた。

もともと人として接すると二人で決めたはずだ。

だったら思いっきりラブラブモードになったとしても、なにひとつ不自然なことではない。

「やっぱりこの関係はオイシイな」

立ち上がり微笑むが、鏡に映りこんだ自分の笑顔はとても悪い顔をしていた……。

次の日からの私はというと。

オイシイ関係を逆手に取ることもできず、平嶋課長を見る度にオタオタする始末だ。

朝から平嶋課長を見るとドキドキし、會社の電話も平嶋課長から掛かってくるかも知れないと思うと、に手がびるのも自然と早くなる。

聲を聞けば顔面が緩み、ついつい可らしい口調になってしまう。

って。

好きな人がいるって。

すっばらしー!

気を抜けば立ち上がってび出してしまいそうなくらいだ。

毎日が楽しくて嬉しくて輝いていて、和宏からのプチストーキングも気にならないほどに浮かれていた。

『本當に申し訳ないけど、明日のデート、行けなくなった』

平嶋課長から、こんな電話をもらうまでは。

『例の総合病院が、大掛かりな院をするんだ。日曜日に応援に駆り出されたんだよ。それに伴って土曜日班との引き継ぎのために午後から出勤になったんだ。俺は朝からいろいろと準備をしなくちゃならない』

平嶋課長が電話でそう言ったのは、金曜日の夜だった。

大きな総合病院の新館が完し、大移が始まったのは私も知っている。

診察のない土日を利用して移するため、営業がお手伝いをすることはなくない。

今までだって平嶋課長が手伝いに出ることは何度もあった。

なのに、だ。

何なのだろう、この燻るは。

「そうなんですね。私のことは気にしないでください。お仕事が第一なんですから」

明るい聲を作ってそう言ったが、心はモヤモヤしていた。

毎週デートするって言ったのに。

そんな思いが私の心に影を落としていく。

仕事だってわかってる。

仕事と私との約束、どっちが大切なの?なんて本気で思っているわけじゃない。

平嶋課長がどれだけ仕事を頑張っているか、大切にしているか、私が一番知っているはず。

『なのに』

そんなことを思う自分が何より一番嫌になる。

『ごめんな?久瀬が観たがってた映畫は次回に行こう』

自分が悪いわけでもないのに、平嶋課長は私に何度も謝った。

「本當に気にしないでください。お仕事頑張ってくださいね!」

なんとか取り繕えているうちに通話を終えると、私はそのままスマホの電源を切る。

もうこの後、誰の聲も聞きたくなかった。

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