《ただいま冷徹上司を調・教・中・!》贅沢なのにもどかしい関係(10)

「うげ……」

この第一聲は當然だと思う。

見たくもない顔を、不意打ちで見せられたのだから。

「千尋、大丈夫か?」

焦ったようにそう問うヤツの顔を見て、一気に合が悪くなってきた。

何でここにお前がいるんだっ。

そうんでしまいそうになるほどに、この男の無神経さに腹が立った。

「ご用件は何でしょう」

ドアをしっかり握って、決して解放しないように注意しながら、目の前の主、和宏に聞くだけ聞いてみた。

「千尋が熱で仕事を休んでるって聞いたからさ。心配になって見に來たんだ。一人じゃ何もできないだろうと思って」

いかにもいい人ぶって看病を理由にここまで來たらしいが、一つだけ突っ込ませてくれ。

お前、手ぶらじゃねえか!と。

「ご心配なく。では」

自然に拒絶しドアを閉めようとすると、和宏は慌ててドアを摑み閉まるのを阻止する。

「待ってよ。千尋の顔が見たくて來たんだからさ。もうしいいいだろ?中でお茶でも……」

「アンタがいうセリフじゃないっ。いいからもう帰ってっ」

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近所さんの手前、大聲を出すわけにはいかないが、私は必死で和宏に訴える。

「もういい加減に悟って。理解して。頭使って。無理だから。本當にもう無理だからっ」

「千尋っ。とりあえずもう一回落ち著いて話そう?大丈夫だから」

どういえばこの男は納得するんだろう。

私には答えなんか見つからない。

無意識に涙がこぼれそうになったとき。

「千尋っ!」

やっぱり私の救世主は來てくれた。

「凱莉さんっ」

私はドアを大きく広げて、大好きな人のに飛び込んだ。

ぎゅっとしがみつくと、凱莉さんの香りと溫もりが私を包んでくれる。

それだけでとても安心できた。

の中でそっと顔を上げると、凱莉さんは大丈夫だとでもいうように、にっこりと微笑んでくれた。

「吉澤……。またお前か」

凱莉さんは私を背中に回しながら溜め息じりにそう言った。

「こんなところまで押しかけてくるなんて。いったいお前は何考えてるんだ?」

何も考えてないんですっ。

「ここはもう、お前の來る場所じゃないはずだろう?」

あの平嶋課長にそう凄まれ、和宏はぐっと息をのんだ。

「平嶋課長こそ、こんなところで何してるんですか?千尋は熱があるんですよ?」

「そんなこと、お前に言われなくたって知ってるよ。それに、俺がここにいるのは至極當然のことだが?」

このバカはなにを言ってるんだ?とでも言いたげな顔で、凱莉さんは和宏をあしらった。

「俺だって千尋が心配で來たんです」

「今さら吉澤の見舞いなんて必要ないだろう」

「見舞いもそうですけど、俺が千尋の顔を見たかったんです」

「ただの自己満足ならもう帰れ。迷だ」

無表で聲に何のもなく、ただ淡々と言葉を紡ぐ凱莉さんは、さすが冷徹と言われるだけあって絶妙な冷たさがあった。

しかし和宏も言われてばかりではいられないと、凱莉さんに懸命な反撃をする。

「そうは言いますけど、千尋のことを諦めなくてもいいと言ったのは平嶋課長じゃないですか。あれは噓だったんですかっ?」

詰め寄るようにそう言った和宏に向かって、凱莉さんは思わぬ言葉を口にした。

「あれは間違いだ。取り消す」

悪びれもせず、あまりに堂々とそう言ったので、和宏だけでなく私も固まってしまった。

どーん!

効果音を付けるとしたら、こんなじだろうか。

気持ちよくあっさりと自分の言葉を翻した凱莉さんは、ある意味男らしいと言えるんじゃないだろうか。

「な……。平嶋課長ともあろう人が、一度言ったことを取り消すんですかっ?」

「しかたがないだろう?不愉快なんだから」

「男らしくないですっ」

お前が言うなっ。

から何度も拒絶されても食い下がるなんて、自分の方が男らしくなくてみっともない。

「仕事じゃあるまいし、別にいいだろ」

「信用問題です」

私の信用を簡単に壊しておいてよく言うよ。

「別に吉澤に信頼してほしいわけじゃないからな。この場合は千尋と俺の問題で、ハッキリ言ってお前には微塵も関係ない。もう今後一切千尋にかかわるな」

私があの會議室で聞きたかった言葉を、今は當然のように言ってくれる。

そこにどれだけ凱莉さんの本心が込められているのかはわからないけれど。

私のは嬉しさとで締め付けられ、思わず凱莉さんの背中にしがみついた。

「俺は千尋と……」

「それもだ」

和宏の言葉を遮り、凱莉さんは背中に手を回して私の背中をポンポンと落ち著かせてくれた。

「俺以外の男が千尋を名前で呼ぶのは面白くない。今後は名字で呼んでくれ。というかもう呼ぶな」

なんとも驚くような可らしいことを言ってくれるのだろう。

もう眩暈がするほどに參ってしまった。

「橫暴だ……」

「何とでも言え。お前にどう思われようが、痛くもくもない」

凱莉さんは和宏に一歩近づいて、腰を曲げて彼の視線に合わせた。

「千尋が吉澤に心変わりすることは絶対にない。なぜなら俺がいるからだ」

その時の凱莉さんがどんな顔をしたのかは、彼の背を見つめていた私には想像もできない。

なくとも、瞬時に和宏の顔が変わり、後退りをさせるだけの迫力はあったということだろう。

「ごめん、ちひ……」

「は?」

謝りかけた和宏の言葉を一言で制すると、和宏は慌てて「久瀬さんっ」と言い直した。

「もう久瀬さんには付きまとわないから。嫌な思いをさせて……すみませんでしたっ」

私の返事など必要としていないようで、和宏改め吉澤さんは、凱莉さんに禮儀正しく一禮し、そそくさと帰って行った。

彼が去ると、その場はまるで嵐が去った後のように靜寂に包まれた。

腰に手を當て頭をかいている凱莉さんに掛けようと思っていた言葉は、彼の大きな溜め息に消えた。

「あのな……」

ゆっくりと振り向いた凱莉さんは、とても不機嫌そうな顔をしていた。

「言いたいことはたくさんある。が、ここじゃなんだから部屋に上げてくれるか?飲みとゼリー、たくさん買ってきたから」

そう言われて凱莉さんのカバンのに、大きなスーパーの袋を見付けた。

きっと今から凱莉さんに怒られるんだろうけど、私の頬は素直に緩んでしまい、「笑い事じゃないぞ」そうピシャリと言われてしまった。

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