《【完結】苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族~》第2章 キス、プレゼント、ランド!?(4)あの日の真実
急ピッチでいろんなことがいていく。
実働三日でPOPから全部作り直し、印刷は休日の間に稿、月曜日の朝一で刷ってもらうように手配はすでに済んでいる。
仁もあの後、降りてきてずっと部長室に千里部長と籠もりっぱなしだ。
「晝にしよう!」
千里部長の號令で、キリのいい人からお晝に出ていく。
私も出ていこうとしたけれど。
「三ツ森は俺たちと一緒」
強引に手が、肩を摑んで私を止める。
振り返ると千里部長と仁が立っていた。
「さ、行くぞー。
今日は仁の奢りだから、高いもん食うぞー」
人攫いよろしく、仁と仲良く千里部長にずるずると引きずられて連れられていく。
千里部長はその言葉どおり、私たちを近くの鉄板焼きの店に連れていった。
「……あの。
ここって、お高いんじゃ……」
目の前にある広い鉄板の向こうには、硝子を挾んで立派なお庭が広がっている。
落とし気味の照明、曇りひとつなく磨かれた、グラスにシルバー。
高級な雰囲気に、ついつい気にしてしまう。
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「三ツ森は気にしなくていいの。
なあ」
「ああ」
短く返事をしたっきり、仁は黙ってメニューに目を落としている。
「ほら、なに食う?
サーロイン?
フィレ?
思い切ってシェフのおまかせもいいよな。
って、仁。
黙ってメニュー見てねーで、三ツ森にちゃんとお勧めして?」
「ああ」
千里部長、たぶんそれ、無理だと思う。
仁、メニューに集中しちゃっているもん。
結局、個人の好みに関係なく、千里部長のこれが食いたい! で全員シェフのおまかせコースに決まった。
「あの、本當にいいんですか」
だって、そのコースは私の一週間分くらいの食費だったから。
「いいの、いいの。
仁の奢りだっていっただろ。
なあ」
「ああ」
いくら仁がお金持ちでも、気になっちゃうよ。
そんな私とは違い、千里部長は軽く話を変えてくる。
「んでどうよ、こいつとの生活は」
「はぁ……」
どうもそれが訊きたいがために、千里部長は私をランチに一緒に連れてきたようだ。
「えっと……。
まあ、それなりに……」
わかったのは、アンドロイドじゃないけど宇宙人で、やっぱり人外だってことだけだけど。
「こいつ、いろいろわかりにくいから大変だと思うけど、よろしく頼む」
「はぁ……まぁ……」
千里部長が私へとあたまを下げる。
よろしく頼まれても困るけど、それだけ彼は仁を心配しているのはわかった。
先付けが出てきて、食べはじめる。
「わかりにくいといえば、前にインターンの子が辭めたことがあっただろ」
「はい」
あれが、私が仁を敵認識するきっかけだった。
「こいつ、本當はあの後、あやまりに來たんだぜ」
「……え?」
出てきたサラダを口に運ぼうとして、止まる。
「……彪あきら」
止めるように仁が、千里部長を名前で呼んだ。
「いいだろ、別に。
……仕事のことであたまがいっぱいになるとこいつ、他のことが見えなくなるだろ?
それであとから気づいて悪いことをした、ってあやまりに來たんだ」
「……噓」
ならあのとき、仁を一方的に責めた私は間違っていたってこと?
「じゃあなんで八雲専務は黙っていたんですか」
一言、あやまりたいんだと言ってくれれば私の態度も変わっていた。
でも、仁はなにも。
私の問いに仁からの答えはない。
代わりに千里部長が口を開いた。
「三ツ森に叱られて、自分はそれだけのことをしてしまったんだって猛省してたんだ。
でもそれが顔に出ないうえに、そっちに集中してそれ以外がおろそかになり、さらに三ツ森を怒らせた、と」
「彪、もういい」
雄弁に語る千里部長を、仁が今度こそ止める。
「なんだよ、一緒に暮らすなら誤解は解いておいた方がいいだろ」
「いいんだ、全部僕が悪いんだ」
「……よくないです」
フォークを置いた私に、ふたりの視線が集中した。
「今日、聞かなかったら、ずっと八雲専務のことを誤解したままでした。
私の方こそすみませんでした、なにも訊かずに決めつけて、一方的に責めて」
心の底から謝罪の気持ちであたまを下げる。
しして頭上から、はぁっと小さくため息が降ってきた。
「だから。
そもそも僕が彼にぶつかって、謝罪もせずに行ってしまったことがいけなかったんだ。
それで彼を怯えさせ、辭めさせてしまったんだから僕が悪い」
仁の顔にははっきりと「後悔している」と書いてある。
この人は集中が過ぎて周りが見えなくなり、それ以外がおろそかになるだけで、きっと悪気はない。
しかも自分でそれがわかっていて言い訳もしないから、他人に誤解を與えやすい。
なんて……不用な人なんだろう。
「私は八雲専務を誤解していました。
今日はそれが知れてよかったです」
「い、いや……」
くいっと、仁が眼鏡を上げる。
なんだか、これから先は仁と上手くやっていけそうな気がした。
今日、ランチにってこんな話を聞かせてくれた千里部長には謝だ。
「ほら、メインのが出てきたぞ。
阿蘇赤牛ってどんな味なんだろうな。
俺、食ったことがないんだけど」
テーブルの上にステーキののった皿が並べられ、うきうきと千里部長がフォークを取る。
「うん、うまいわ、やっぱ。
さらに仁の奢りとなると」
千里部長はこれ以上ないほどご満悅だ。
「あんなこと言ってますが、いいんですか」
「いいんだ。
彪にはその分、働いて返してもらう。
涼夏はもともと、ランチにおうと思っていたから気にしなくていい」
さらっと言って仁はを口に運んでいるけど、いいのかな、本當に。
「さいこー!」
このときは天國にいた千里部長だけど。
一時間後には仁を、鬼! 悪魔! と罵っていた。
帰りも、仁が連れて帰ってくれた。
「ただいま、涼夏」
ぎゅーっと私を抱き締めて、額にちゅっ。
會社では絶対に見ない、甘い顔で。
「お、おかえりなさい……」
いつもこんな顔で笑っていれば誤解されることもないと思うけど、……あの、集中している仁には無理、だ。
「簡単なものですけど、作りますからちょっと待っていてくださいね」
もう九時近いし、手の込んだものを作るのは面倒。
今日も丼になっちゃうけど、いいかな。
「僕はいい、これを食べる。
涼夏もよかったら……」
今日も仁の手には、試作品のお菓子の袋が握られていた。
そこにあって手早く食べられるもの、で選択肢がそれになるのはわかる。
私もたまに、やるし。
でも毎日だと栄養が偏るってわかんないのかな。
「……仁。
作りますから、おとなしく座っていてくれますか?」
ダイニングの椅子を指すと、おとなしくそこに行ってまた座った。
「……手間のかかるお兄ちゃんだよ」
苦笑いしつつ調理をはじめる。
今日は冷凍うどんを買ってあったので、サラダうどんにした。
野菜も取れるし、もう暑いし。
「いただきます」
文句を言わずに仁は食べている。
「今日は仁の仕事はないのに、わざわざ送り迎えしてくれて、ランチまでごちそうしてくれてありがとうございました」
きっとそれだけのためだけに仁は今日、出勤した。
妹思いの、いい兄だ。
「いや、その、……兄として、當然のことをしたまでだ」
いつものようにくいっと、仁が眼鏡を上げる。
「はい、でも嬉しかったので」
「……そうか」
それっきり仁は黙ってしまったけど、この間のような淋しさはない。
ちゃんとふたりで、向かいあってごはんを食べている。
引っ越し初日は早く次の引っ越し先を探そうなんて思っていたけれど、もうしばらくはこのままでもいいかもしれない。
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