《【完結】苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族~》第3章 家族 兄妹 !?(4)専務の妹という立場
特に問題もないまま、仁との生活は進んでいく。
會社ではもっぱら、あれが八雲専務の妹だって噂になっているけど。
――そのせいか。
「ねえ!」
いつものように社食の隅っこでごはんを食べていたら、知らないが私の前に座った。
「あんた、八雲専務の妹なんでしょ?」
やけに挑発的な彼の顔を見ながら、ああまたか、なんて思った私に罪はない。
「専務に私のこと、アピールしといてよ。
総務に篠原しのはらってがいるって」
「は、はぁ……」
自分のことをと言えるその神経は、反対にうらやましくもある。
私にはどう頑張ったって無理だもん。
「私が社長夫人になったあかつきには、千里部長はあんたに譲ってあげるから!
地味なあんたにはありがたいことでしょ!? じゃあ、頼んだわよ!」
好き勝手喋って――篠原さんは去っていった。
「だいたい、まだ仁が社長になるだなんて決まってないんですけど」
私が仁の妹になったと知れてから、ああいう頼み事をしてくる人が後を絶たない。
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〝社長夫人に〟と言う彼たちに蟲唾が走る。
彼たちにとって、仁個人はどうでもいいのだ。
必要なのは次期社長って肩書きだけ。
そんな人には絶対、仁を渡したくない。
それにこんな嫌な話、仁の耳にれたいわけがない。
なので、この話はここで終わりなのだ。
「それにさー、千里部長にだって失禮だよ」
「ん?
なんか呼んだか?」
いつ現れたのか、千里部長が私の前に座った。
「出遅れたからローストビーフ丼終わっててさー。
仕方ない」
とか言いつつ、今日も彼は大きな口を開けてカツカレーを食べている。
部長で、それなりにお給料もらっているんだからもっといいところで食べれば?
とは思うが、彼は社食大好き人間なので仕方ない。
「それでなにが失禮なんだ、ん?」
スプーンふりふり訊くのはお行儀悪いですよ、千里部長。
「八雲専務に紹介してくれ、社長夫人になったあかつきには千里部長を譲ってやる、って何様だと思ってるんですかね、あの人たち」
「あー、またそれかー。
三ツ森も苦労するな」
千里部長の方も慣れてしまっていて、もう興味なさげに食事を再開している。
「三ツ森はいいのか、仁が誰かと結婚しても」
「いいもなにも、八雲専務には婚約者がいらっしゃいますし。
それに私は妹なので関係のない話です」
そもそも、私にはこの先誰とも結婚する意思がない。
なので仁が誰と結婚しようとかまわない……はず。
でも、なぜか落ち著かないのだ。
誰かの隣で笑っている仁を想像したら。
妹なんだからこの先も、仁は私に笑いかけてくれるに決まっている。
なのに嫌なのだ、あの笑顔を他の誰かに向けられるのが。
これって獨占?
ただの、ブラコン?
うん、きっとそうに違いない。
「ふぅん。
三ツ森がいいならいいけどな。
……ごちそうさん。
先行くな」
殘りのカレーを大きく口を開けて三口で食べ、千里部長は席を立った。
「私はかまいませんよ……」
そう言いつつも仁が結婚するとき、笑って祝福できるのか自信がなかった。
家に帰って食事を済ませ、ぼーっと観ていた映畫はいつの間にか終わっている。
し前、僕には必要ないが涼夏はあった方がいいだろ、と仁はオンデマンド契約をしてくれた。
しかも複數。
會社によってはないのがあるからな、なんて眼鏡を上げながら。
「今日は接待かー」
オイゲン一行は今週あたまに予定どおり來日。
視察などを経て契約締結、金曜日に帰國する。
その間、仁はずっと接待やなんかで遅くなるからごはんは絶対に作らないように、って言われた。
「完全に見抜かれてる」
私に何度も、絶対だぞ、絶対と言い聞かせた仁を思いだすとおかしくなってくる。
接待がっていても、なにか作っておこうと思っていた。
千里部長ですら、こういう大きな取り引きでの接待は、食べても食べた気がしないって言っていたから。
でもあそこまで言われたら作らない……なーんて思ったら大間違いだ。
――ピーピーピーピー。
「あ、炊けた」
ごはんはすでに、冷凍ご飯で済ませていた。
なのに炊いたのには理由がある。
「紫蘇混ぜてー、胡麻混ぜてー、だし醤油混ぜてー」
材を混ぜ込み、今度は手際よくおにぎりを作った。
さすが、三合分のおにぎりは圧巻だ。
「あとはー」
一番大きいフライパンを出してごま油を引く。
これも一緒に暮らしはじめてから仁が買ってくれたのだ。
「じっくりこんがり焼きますよー、と」
いま作っているのは、焼きおにぎり。
たくさん作って冷凍しておけば、小腹が空いたときにさっと食べられる。
あとは今日の仁の夜食用。
すでにだくさんの豚も作ってある。
もちろん、人參抜きで。
「ただいま」
十二時し前、仁が帰ってきた。
リビングに顔を出した彼は、意外そうな顔をした。
「まだ起きてるなんて思わなかった」
私を抱き締め、額にちゅっ。
もうあと一週間もすれば同居から二ヶ月がたつが、これに慣れたかといえば……慣れない。
いまだに、心臓がドキドキしてしまう。
「おかえりなさい。
お腹空いてないですか、夜食ありますよ」
はぁっと仁の口から小さくため息が落ちるのは想定の範囲だ。
「だからあれほど……」
「別にわざわざ作ったわけじゃありません。
焼きおにぎりは冷凍保存するついでだし、豚は私が食べた殘りだし」
「……食う」
テーブルに著いた仁に、溫め直して夜食を出す。
「いただきます」
仁が私の作ったごはんを食べているのを見るのが好きだ。
本當に味しそうに食べてくれるから。
「ほんとは腹が減ってたんだ」
「夜食がなかったらどうするつもりだったんですか」
「気にせずに寢る」
だろうなと思う、仁なら。
コンビニで買ってくる、なんて考えるはずがない。
「助かった。
これでもうし、頑張れそうだ」
手をあわせて仁が椅子から立ち上がる。
「え、いまからまだ、仕事するつもりですか!?」
こんなに遅くに帰ってきて疲れているはずなのに、まだ寢られないなんて。
「今日出た課題をクリアしないといけないからな。
……ごちそうさま、うまかった。
涼夏は気にせずに早く寢ろよ、おやすみ」
いつものようにおやすみのキスをして仁はリビングを出ていった。
いまが仁の正念場だってわかっている。
だったら私は、私のできることで仁をフォローするのみ。
片付けをする前に、ボールに球子を割って牛と砂糖を混ぜる。
明日の朝はフレンチトーストにしよう。
しでも仁の、元気が出るように。
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