《同期の曹司様は浮気がお嫌い》

「ごめん……波瑠のことを大事に思ってるんだ……でもまさか妊娠するなんて……」

消えりそうなほど小さい聲で呟く。その態度に私だってビールを持っていたらかけてしまいたいと思っただろう。

「申し訳ないけど、もう波瑠の人じゃいられない」

下田くんの口からはっきりと言葉が出た。

「當たり前だよ……それって私のセリフ……」

言葉を振り絞ると足に力がらなくなり、よろけて壁に手をついた。

「大丈夫?」

優磨くんが私の肩に手を添えて顔を覗き込む。心配そうなその言葉に返事をすることは今の私にはできそうにない。

「下田、お前最低だな」

今まで黙っていた優磨くんが下田くんに言い放つ。

「はあ? つーか優磨に関係あんの? ビールかけやがって、最低なのはお前だろ」

「浮気して妊娠させるクソ野郎に言われたくないね」

綺麗な顔の優磨くんは下田くんを睨みつける。整った顔だからこそ迫力がある。下田くんの顔も怒りで歪む。

「財閥のお坊ちゃんに俺の何がわかるんだよ!」

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「クソ野郎の気持ちはわかんないね。あ、スーツは弁償するよ。俺んち金持ちだからそんなスーツなんていくらでも買ってあげるよ」

この言葉に下田くんは完全にキレた。

「お前っ! いい気になるなよ!」

下田くんは私の肩から優磨くんの手を払いのけるとぐらをつかんだ。

「やめて!」

私は睨み合う二人を止めようと必死に聲を出した。けれど下田くんは優磨くんから離れようとせず、優磨くんも視線を下田くんから逸らさない。

「優磨に関係ねーだろ! 俺と波瑠の問題に口を出してくんじゃねーよ!」

「俺がどう思ってたか下田は気づいてるだろ? 安西さんを大事にしてないことに怒るなって言えるの?」

下田くんの目が泳ぐ。

「手を放せよ。それとも、城藤財閥の俺を毆る? 會社にバレたらまずいんじゃない?」

優磨くんの低い聲に下田くんはたじろいだ。財閥の曹司を毆る勇気が下田くんにはないのだと顔を見ればわかる。

「クソ野郎な上に度もないのか。俺が下田を毆りたくなる前にさっさと消えろよ」

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顔を歪めたまま優磨くんのから手を放した下田くんは壁に寄りかかる私に目を向ける。

「波瑠ごめん……落ち著いたら説明するから……ちゃんと、二人きりで」

そう言うと下田くんは最後まで優磨くんを睨みつけながら店まで歩いて戻って行った。

説明するって? 今以上の何を説明できるって言うの?

「うぅ……」

涙が止まらなくなり足の力が抜けた私はずるずると床に崩れ落ちる。

「安西さん……」

優磨くんが心配そうに私の前に屈む。

「ふっ……あ……」

4年も下田くんと付き合った。彼の明るくて前向きなところに社してから惹かれていた。なのにこんな形で裏切られるなんて……。

ボロボロと泣く私の頭に優磨くんの手が載る。そのまま何回かでると私の橫に來て壁を背にして座った。靜かに泣く私に、何も言わずそばにいてくれた。

遠くで人の聲がして我に返る。祝賀會が終わったようで社員が店の外に出てきた音が聞こえる。このままここにいると変に思われる。

「行けそう?」

優磨くんが心配そうに私を見ている。

「ああうん……大丈夫。ありがとう……優磨くんがいてくれてよかった……」

「どういたしまして」

整った綺麗な顔で笑いかける優磨くんに安心する。

社前の研修で初めて城藤グループの関係者に會った時は張したけれど、優磨くんは家の環境を気にさせないほどフランクで庶民的だった。だから私は他の同期と同じように接してきた。でも今日の彼は今まで見たことないほど怖くて驚いた。

「立てる?」

「うん……」

立ち上がった優磨くんが手を差し出してくれたから私は素直にその手を摑んで立ち上がる。

店の社員に合流すると、優磨くんと二人で抜け出していたように見えたのか何人かに複雑な顔をされた。

私は何事もなかったかのように笑っている下田くんに怒りすら湧かなくなっていた。

◇◇◇◇◇

夜中に下田くんから電話があったけれど、出ることができずに折り返すこともしていない。私は完全に混していた。

翌朝出社すると気まずそうな顔をする下田くんに朝の挨拶をした。口をパクパクとかして何か言いたそうにする彼に対して私は顔のパーツ一切がかない。まるでがなくなってしまったかのようだ。

「波瑠……話したい。時間くれない?」

「何も聞きたくない。昨日別れてほしいって言ったのは下田くんだよ。だからそれでいい……」

「別れてほしいんじゃない。とにかく話したいんだ!」

「もういいって……私はを引くから……」

引き留めようとする下田くんの橫を抜けて離れる。今冷靜に話ができる心境じゃない。

人事部から社全員に一斉メールで下田くんの結婚の報告が送られてきた。何かの間違いではなく本當に下田くんは私ではなく違うと結婚してしまったようだ。私たちの4年間はあっさりと終った。

店舗オープンのビラ配りの手伝いをするために商業ビルに行くと、先に著いていた下田くんは店頭で試飲用のコーヒーを提供していた。

私が店に近づくと気づいた下田くんは紙コップを載せたトレーをテーブルに置いて慌てて近づいてきた。

「悪いな、來てもらって……」

「仕事だし」

抑揚のない聲音で答えた私は下田くんの橫を抜けてテーブルの下に置かれた段ボールからビラの束を取った。

「波瑠……俺は本當に結婚するつもりはなくて……」

「こんなところでやめて」

ここは會社の店の前で、商業施設の中だ。暗い話なんてできないし、したくもない。

「マジで妊娠は予想外で……俺は波瑠が今でも……」

「やめてって!」

下田くんの言い訳を強引に遮る。

「あのさ、俺らのことって優磨以外誰が知ってる?」

「さあ、誰も知らないんじゃない?」

私たちが付き合っていたことは會社では言わないようにしていた。同期である優磨くんにも言ったことはないけれどなぜか知っていた。

「そっか……じゃあこのまま言わないで」

「え?」

「俺たちが付き合ってたことは誰にも言わないで。その……困るから……」

下田くんの言葉に私は靜かに怒りが湧く。私との関係がバレると下田くんには迷なのだ。浮気していたのは下田くんの方なのに、これでは私が悪いことをしたようだ。

優磨くんの顔が浮かぶ。彼の言うとおり今の下田くんは『クソ野郎』だ。

「言わないよ。そっちももう関わらないで」

下田くんと付き合ったことは無かった事にしょう。結婚を意識したことはなかったけれど、この人と結婚するのが私じゃなくて良かったとさえ思う。

「俺はまだ話が終わってない……」

「浩二!」

突然聲が割ってる。聲のした方に顔を向けるとが私と下田くんを見て怒った顔をして近づいてくる。

「なっ……絵里……」

「やっぱりその! 浩二のね!」

下田くんの下の名前を呼びながら私たちの目の前に立ったその人は、下田くんの頬を思いっきり叩いた。

「この浮気男!」

大きな聲とを叩く音に周りのお客さんが私たちを見て立ち止まる。

「あんたねこのクソ!」

今度は私へと怒りをぶつけ始める面識のないこののカバンにはマタニティマークのキーホルダーがついている。それを見て私は理解した。この人は下田くんの奧さんだ。

「人の男盜ってんじゃねーよ!」

奧さんが両手で私の肩を押したからバランスを崩し、倒れてもちをついた。それでも怒りの治まらない奧さんはテーブルの上の紙コップを手に取ると私に投げつけてきた。軽いカップは私に直接當たることはなかったけれど、足元に落ちたカップから飛び出たコーヒーがスカートの裾に茶いシミを作った。

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