「はい……」

「それと、優磨さんに謝罪を」

「え？」

「麗さんに強引に連れてこられたからで、私が波瑠様を連れてきたわけじゃないとお伝えいただけると助かります」

「はい。わかりました」

思わず笑みがれる。泉さんはお父様の書だけど優磨くんに怒られるのも恐れているのか。

「麗は優磨を大事に思ってるからこそ波瑠ちゃんを連れてきたの！」

車で怒る麗さんに泉さんは溜め息をつく。

「泉さんは優磨くんにも麗さんにも気を遣って大変ですね……」

麗さんに聞かれないように小聲になる。

「いずれ私は優磨さんの書になりますから」

ああそうか、優磨くんが將來社長になれば泉さんはそのまま書ということになるのだろう。

「封筒、よろしくお願いします」

「はい。ありがとうございました」

車を見送って正面玄関から會社にった。

付のが私に向かって頭を下げる。

「あの、城藤さんに書類を屆けに來たのですが……」

「何課の城藤でしょうか？」

「えっと……何課……？」

「弊社には城藤が複數名おりますので……」

それもそうだ、ここは『城藤不産』なのだから。城藤は他にもいるはずということを失念していた。ここには優磨くんのお父様もいるかもしれないのに。所屬を聞いていなかったことが悔やまれる。

「城藤優磨さんです……」

「かしこまりました。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「安西と申します」

「かしこまりました。お待ちくださいませ」

付のは話を取ると線をかけ始める。

「一階付です。城藤部長宛に安西様が下でお待ちです……はい……」

優磨くんって部長だったの？　それってすごくない？

全く知らない優磨くんの肩書に驚く。彼は仕事のことは私に何も言わないのだ。

「……かしこまりました。失禮いたします」

話を置いたは再び私に顔を向けた。

「エレベーターで２５階に上がり、目の前のドアを開けていただくと部の者がご案致します」

「はい。ありがとうございます」

私は付を通り過ぎエレベーターに乗った。

２５階に行くと、言われた通り目の前の曇りガラスのドアを開けた。

「失禮します……」

「はい」

すぐ近くのがデスクから立ち上がり私のそばに寄る。

「安西と申します。城藤優磨さんにお屆けがあるのですが……」

は驚いた顔をして「こちらにどうぞ」と奧の応接室に通される。

今は定時を過ぎているはずなのにフロアには社員が殘っていて、男問わず訪ねてきた私に視線を向ける。

「こちらでお待ちください」とガラスで仕切られた部屋に座るよう促された。

が退室してもガラスの向こうの社員は私を盜み見る。それがとても居心地が悪い。

數分待っていると先ほどのがお茶を持ってきた。

「ありがとうございます」

テーブルにお茶を置くときもは至近距離で私の顔を見る。

「失禮いたしました」

が出て行くと私は張がピークだ。封筒を屆けるだけなのにどうしてこんなに辛いの……。

更に數分待つとフロアのドアが開き、優磨くんが數名の社員と共にってきた。その顔は普段見ることのない機嫌の悪そうな顔をしている。ガラスで仕切られた応接室に私がいることに気付いていないようだ。

フロアの聲は私には聞こえないけれど、どうやら優磨くんはそばにいる社員と言い爭っているようだ。

タイミングの悪い時に來てしまったかもしれない……。

怖い顔をしている優磨くんに先ほどのが近寄り聲をかけると、優磨くんは私の方に視線を向けた。そして驚いたように目を見開く。それを見て手を振りそうになったのを堪える。

優磨くんは社員をフロアに殘して早足で私のいる部屋に近づいてきて、ドアを開けてった途端に勢いよく閉める。

「何で波瑠が！？」

「えっと……」

どうしよう、麗さんに連れてこられたって言っていいのかな……？

その時スマートフォンにLINEのメッセージがきたことを知らせる著信音が鳴る。見ると麗さんから『優磨驚いた？』と可らしいスタンプ付きでメッセージがきた。

私は困している優磨くんに思わずそのメッセージを見せた。

「はぁ……」

優磨くんは狀況を理解したのか溜め息をつく。

「あのね……泉さんは悪くないの……」

でも麗さんが悪いとも言い切れずにいると優磨くんは「わかってる。姉さんが勝手なことをしたんだろ」と目を伏せる。

「波瑠を姉さんに近づけたくなかったのに……」

優磨くんは本當に困ったように顔を歪めた。

「これ……」

ずっと抱えたままだった封筒を渡すと「ありがとう」と打って変わって微笑んでくれる。

「波瑠に會えて嬉しい」

「毎日會ってるのに？」

「ここでは気が抜けないからね」

その言葉にガラスの向こうのフロアを見るとほとんどの社員が私たちを興味深そうに見ていた。それに気づいた優磨くんはガラスに近づきブラインドを閉める。

「ごめんなさい……私、來ない方がよかったよね……」

「いいんだ。會えてほっとしてる」

優磨くんはフロアの向こうが見えないのをいいことに私を抱きしめた。

「ちょっと！　優磨くん？」

「しだけ。波瑠で息抜き」

いつも以上に疲れていそうな優磨くんを労わるように私も腰に手を回した。

「お疲れ様。いつもありがとう」

「うん……波瑠が俺の原力だよ」

私の肩に頭をつける優磨くんの背中をでた。

職場ではきっと私の知らない苦労があるのだろう。それを見せないこの人がしでも落ち著けるのなら、いつだって肩を貸す。

「泉さんはもう行っちゃった？　波瑠はどうやって帰るの？」

「えっと……電車かな」

「それはだめ」

優磨くんは心配そうな顔をする。

「もう遅い時間だし一緒に帰ろう」

そこまで遅い時間でもないのに心配そうにする優磨くんに戸う。

「大丈夫。今から帰っても遅くはならないよ」

「波瑠に満員電車に乗ってほしくないの。もうし待っててくれたら帰れるから」

「わかった」

過保護にされて悪い気はしない。優磨くんの負擔にならないかは心配だけど。

「會社の前にカフェがあるからそこで待ってて。閉店までには行くから」

「はい」

微笑むと優磨くんは私にキスをする。ガラス一枚挾んだ向こうに他の社員がいるのに優磨くんの大膽さに驚く。

「下まで送る」

を離すと部屋のドアを開けた。

社員が見つめる中フロアを抜けてエレベーターに乗る。扉が閉まるまで私はフロアの社員さんに頭を下げた。

「張した？」

優磨くんの質問に正直に頷く。みんなが私たちを監視しているようだった。

「ごめん。もうしだから待ってて」

優磨くんに見送られて會社の前のカフェにる。

カフェラテを飲んで待っていると優磨くんの會社から出てきた數人の社員がカフェにってくる。そうして私の席の後ろのテーブルに座った。

「ねえ、さっき城藤部長宛にが來たらしいよ」

「マジ？　彼かな？」

「そうっぽいって営業の子が言ってた」

城藤部長って……優磨くんのこと？

私の話題だと理解した瞬間再び張する。

「えー殘念！　部長彼いるの？　羨ましいんだけど」

「もし結婚になったら玉の輿じゃん」

「どんな手使って近づいたんだろ？」

「やっぱどっかの社長令嬢でしょ。曹司の相手には令嬢じゃなきゃ社長が納得しないよ」

「でも意外と地味系だって言ってたよ」

「えー……そうなの？　大人しそうなのがタイプなのかな？」

「今まで気合れてアピールしてきたのに無駄だったわけね」

優磨くんはやっぱりモテるのだと知ってグラスを持つ手が小刻みに震える。

落ち著いて、私が話題の人だってあの人たちにはバレてないんだから。