《同期の曹司様は浮気がお嫌い》3
「下田のことを調べたんだ。それで見張ってた。ここで波瑠と會うのが分かったから店を貸し切って念のため警備を付けた」
「うそ……」
そこまでしたのかと驚く。
ファイルのページをめくるたびに更に驚いた。下田くんの生い立ちや人間関係、家族のことや不倫がバレてからの行全てが詳細に書かれている。
これによると下田くんは金銭的に生活に余裕はないけれど、私に集るほど困っているわけでもなさそうだ。借金があるって言ってたけれど実際には奧さんの奨學金のみだ。奧さんの父親は有名企業に勤めている。
「どうして……ここまで?」
「調べてくれたのは泉さんだ」
「え?」
「俺がいないところで泉さんと會ったんでしょ? その時波瑠が怯えた様子になったのが気になって俺に教えてくれた。それで泉さんに下田を調べてもらった」
カフェで下田くんのメッセージを見た時だ。あの一瞬で泉さんは私の何かが変だと気づいたのか。なんて有能なのだ。
「あとは姉さんも」
「麗さん?」
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「波瑠が下田にお金を要求されてるんじゃないかって心配してた。酔ってた記憶だから確かじゃないってことだったんだけど」
マンションに泊まりに來た時の電話のことを、酔っていても麗さんは覚えていたのだ。
「波瑠のことを疑ってごめん。もっと早く気づいていたら不安にさせることはなかったのに」
「………」
今更そんなことを言うなんてずるい。話したいときには聞いてくれなかったのに。
優磨くんの熱を込めた視線に耐えられなくて話題を変えた。
「なんで下田くん、私を脅したんだろう。お金は必要なさそうなのに……」
「波瑠に會うためだよ」
「え?」
「下田はまだ波瑠が好きだから、お金を口実にして連絡を取るのが目的。たとえ憎悪でも波瑠の中にしでも下田への思いがあればよかったんだと思う。波瑠を苦しめるのは分かってても、そうしてしまう」
「何それ……歪んでる……」
「俺はわからなくもないよ。波瑠と離れるのはしんどいって思い知ったから」
「………」
優磨くんは寂しそうな目を向ける。
「波瑠が俺に何も言ってくれないことは悲しかったし寂しかった」
「言いづらくて……優磨くんに心配かけたくなかった」
「俺のことを思ってくれてなのはちゃんと理解したから。本音は頼ってほしかったよ」
その言葉に私も下を向く。
「ごめんなさい……」
「俺も、波瑠を傷つけることしてごめんなさい」
「………」
「俺、學生の時に付き合ってた子に浮気されたことあって……姉さんと慶太さんのこともあって、波瑠もそうじゃないかって……」
「………」
「勘違いして反省してる。もう一度やり直したい」
「………」
「波瑠?」
目が潤み始める。しかった言葉がやっともらえた。それなのに全然嬉しいと思えないのが辛い。
「今更だよ……あんなに拒絶したのに……」
「信じなくてごめん……波瑠の首にあったキスマークも、なんとなく狀況がわかったから……」
思わず首に手當ててしまう。もうとっくに痣は消えたけれど、今でも吸われた痛みは蘇る気がする。
「私……下田くんに無理矢理……押さえつけられて……」
「いいよ、嫌なことを言わなくて」
「抵抗したけど……力じゃ敵わなくて……」
「波瑠」
「でも本當にキスされた以上のことはなくて……」
「もう大丈夫だよ」
「私は優磨くんの嫌いな汚い浮気だから」
「違う! 俺が誤解してた!」
優磨くんは前のめりになり必死に訴える。
「汚くなんかない! これからはちゃんと波瑠を守らせてほしい! もう一度そばに居させて!」
「ごめんなさい……できない」
今の私には無理だ。優磨くんと元に戻るには心の傷を回復できない。
「優磨くんのそばにいると不安になる……」
「不安って?」
「また私の前から消えちゃうんじゃないかって……」
「そんなこともうしないよ!」
「一緒にご飯を食べるって約束も……朝起きてテーブルに殘ったままのご飯を見るのは悲しかった……」
「ごめん……後悔してる。あの時は怒りでいっぱいで帰れなかった。でも信じて! 俺はもう離れない!」
「泉さんや麗さんに言われて初めて私の狀況に目を向けたのに?」
「それは……」
優磨くんは気まずそうに下を向く。
「LINEもずっと読んでくれなかった。信じてほしかったのは私だよ……」
「ごめん……」
「困ってる狀況を話そうとしたら優磨くんは拒んだ」
「そうだね……冷靜になれなかった。波瑠が浮気したんだって決めつけるしかできなくて……」
「今こうやって本當のこと知ってもらえてほっとした。でも私は弱いから、いつまでも怖くなる。優磨くんと離れるのしんどいって、私だってわかったから。だからもう深い関係になるのが怖い」
最後に「ごめんなさい」と呟いた。
「波瑠はいつも俺に謝るね。そうさせてごめん……」
優磨くんの目も潤んでいる気がする。
「これからは波瑠の言葉を信じるし、俺も信じてもらえるように努力する」
「………」
何も言葉を返せず頭を左右に振った。拒絶された苦しみを忘れられない。
私は橫に置いたカバンを手に取り立ち上がった。
「今日來てくれて、助けてくれてありがとうございました」
いつも私を助けてくれることには本當に謝している。
テーブルを離れようとしたとき、優磨くんも立ち上がり「待って!」と私の腕を摑んだ。その瞬間優磨くんに拒絶された記憶が蘇った。
『他の男に抱かれた汚いでらないで』
優磨くんにれてはいけないのだと、思わずパッと手を振り払ってしまった。
「あ……」
振り払ってから後悔する。
「ごめんなさい私……」
「いいんだ。そうさせたの俺だから……」
優磨くんも涙を堪えているようにを噛んだ。
「拒絶されるのってこんなにショックなんだ。俺はそれを波瑠にしたんだね……」
「ごめんなさい……」
「謝らないで……俺は波瑠ともう一度やり直したい」
それでも、私は優磨くんの元に戻りたいと思えない。
「私……優磨くんに相応しくないの」
「そんなことない!」
「拒絶された記憶は消えない……」
「波瑠……」
「もう會わないようにしよう」
「嫌だ……」
「私たちうまくいかないよ。不安を抱えたままそばに居たくない」
優磨くんの頬に涙が伝う。
涙を拭いてあげたい。抱き締めて頭をでてあげたい。でももうれられない。私は優磨くんの嫌いなウソつきで、言葉を信じられない汚いだから。
「あ、仕事はこのまま続けてもいいかな?」
「え?」
「慶太さんのお店。もし私があそこに勤め続けることが嫌なら辭めるんだけど……」
優磨くんはブンブンと勢いよく首を橫に振る。
「続けていい! 波瑠が続けたいならずっと!」
目を真っ赤にして必死に言葉を出しているようだ。
「ありがとう。仕事とっても楽しいから嬉しい」
本心からの言葉だ。一杯笑顔を向けた。それを見て更に優磨くんの目から涙が落ちる。
「ちゃんとご飯食べるんだよ。これからも変わらずだしなみは整えてね。髪がボサボサだと優磨くんの魅力が臺無しだから。あと、泉さんにあんまり心配かけちゃだめだからね」
私の言葉一つ一つに優磨くんは頷く。
「今日の優磨くんに驚いたけど、すっごくカッコよかったよ」
「波瑠……」
「さようなら優磨くん。あのお見合い寫真の方と幸せになってね。元から決まってるお相手なら優磨くんを裏切らないし、ずっとそばにいて支えてくれるから」
背を向けて歩き出す。優磨くんの手が私に向かってびたけれど引っ込むのを橫目で見た。
店の口に行くとバックヤードから泉さんが出てきた。
「波瑠様、ご自宅までお送りしますか?」
「大丈夫です。今回のこと、ありがとうございました」
心を込めてお禮を言う。この人がいなかったら私はこれからずっと下田くんに苦しめられるところだった。泉さんは優磨くんの人である私も大事に接してくれた。
「優磨さんのこと、ありがとうございました」
「いえ……もう會うこともないのですけど、優磨くんは大丈夫だと思います」
今までのようにカッコいい優磨くんでいてくれるはず。お父様の決めた婚約者がそばにいるのだから。
不思議そうな顔をする泉さんにもう一度お禮を言って店を後にした。
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